第4話

「ほお、なかなか落ち着いてていい店じゃないか」

 山里は庭に顔を向けたままでいった。

「前に二回ほど利用したことがあるよ。静かだしゆっくり話をするにはいいかなと思って……」

 弓削は胸のポケットに手を差し入れると、煙草の函を取り出して火を点けた。

「お前まだそんな躰によくないもんやってんのか?」

「やめようと思ってんだけど、なかなかやめられなくてナ。まあこれでもずいぶん本数を減らしてんだよ」

 そうしているうちに生ビールが搬ばれ、久しぶりの再会にジョッキを合わせた。

弓削はジョッキを傾けたとき、なぜか先ほどの女の顔が目に浮かんできた。

「お前はいいよな、ずっと東京にいられたんだから」

「仕方ないさ、俺なんかしがない健康食品会社の営業マンだ。一応部長という肩書きをもらってはいるが、そんなもんは会社の都合で配ってるようなもんだ。それに較べてお前は一流商社のサラリーマンなんだから。サラリーマンが出世するにはドサ廻りするしかないだろ。地方に行って他所の飯を数多く喰って本社に戻る。どう考えてもそれが順当だろ」

 弓削は注文した料理を口に搬んだ。

「確かにそうかもしれんが、本人の俺にしてみたら大変だったんだぜ」

「まあ、それもいまになったらすべてが過去のことさ。やっと本社に戻れたんだから、これからは腰を据えてゆっくりと仕事をしたらいいさ」

「そうもいかないだろ。上役が次々に難題を持ちかけてくるんだから」

「そういうお前の部下だって、どっかで飲みながら同じことを零してんじゃないのか?」

「あっはは、そういわれればそうかもしれん」

「まあ、何だかんだとぼやいても、あと十二、三年でお払い箱になるんだ。自分の躰を気づかったほうが得だぞ」

 弓削は火の点いた煙草の先で、灰皿の折れ曲がった吸い殻を突っついた。

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