第3話

 宝くじを財布に納め、ビルの一階に急ぎ足で行くと、待ち合わせをする多くの男女が思い思いの方向を向き、さながら雑然とした空間にしか見えなかった。

 山里洋治やまりようじはすでに人待ち顔で立っていた。そんな雑踏の中ではあったが、嗅覚が昔の匂いを探りあてたのか、以外にすんなりと見つけることができた。

 山里は弓削と同じで今年四十八歳。山里は弓削の大学時代の友人で、しばらく関西方面に転勤をしていたのだが、この四月の移動でやっと東京に戻ることが叶った。きょうは旧交を暖める意味で弓削と一杯飲む約束で待ち合わせをしたのだ。

「いよう、しばらく」

 山里が先に声をかけた。

「元気そうじゃないか」

 弓削は懐かしさのあまり嬉しそうな声を響かせる。

「まあな、どうなんだ、仕事のほう」

 山里は笑みを浮かべながら訊ねる。

「まあ、そんな話はあとでゆっくりしよう。とりあえずどこか落ち着いて話のできる店に入ろうじゃないか」

 弓削は久しぶりに東京の空気に触れてどことなく浮ついている山里にいった。

 ふたりがビルを出て歩き出した頃、夕暮れのとばりと混ざり合ったすみれ色の空が何かを予感させるように辺りを支配していた。

 雑踏に紛れながら少し歩いて駅前にあるビルの中に入ると、エレベーターで十一階まで上がった。エレベーターを降りるとすぐ目の前が店の入り口になっていた。

 店の暖簾をくぐって中に入ると、店の名前を染め抜いた黒のTシャツに前掛姿の店員が威勢のいい声で挨拶を投げてきた。靴を脱いだあと、手入れされた木造りの回廊風の廊下を店員の後について歩いた。

 案内された席は坪庭に面していた。坪庭には細い竹と低木のツツジ、それに背のそれほど高くない石灯籠が配してある。それだけを見ているととてもビルの十一階にいるとは思えなかった。

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