トビラ

秋河 壱

トビラ

先生、私もう耐えられません。


「……山久、なかなか証拠が見つからないんだ。もう少し一緒に頑張ろう」


一緒に……いつも先生はこうやって放課後の教室で私の話を真剣に聞いて信じてくれますね。嬉しいです。親や兄弟がいない私にとって話し相手は田中先生と幼馴染のユウ君くらいで。


「友達がいるだろう?」


話したじゃないですか。いぢめグループは私に仲のいい友達ができるとすぐに標的にするんです。それに、みんな耐えられなくて一ヶ月経つといなくなって。

あのね、私、友達ができたら仲良くなった印にお揃いのキーホルダーをプレゼントするの、でもすぐいなくなっちゃう……もう三人ですよ……

今も一緒にいてくれるのは、ユウ君だけ。


「いぢめグループ、青山と岸本、野原だと言っていたが、最近は彼女たちにどんな事をされた? 話せるところまででいいから教えてくれ」


最近は、体操服がトイレの洗面台でびしょ濡れでおいてあったり、教科書が破けてたり、机の中に画鋲がばら撒かれてたり、階段の三段目から突き飛ばされたり、小さい事だとシャーペンの芯が全部折られてました……あと……


「階段?! 怪我はなかったか?」


あ、下から三段目だったんで足をくじいたくらいで済みました。

一番上からだったらと思うとゾッとします。


「なんで山久はいぢめを受けるようになったのか身に覚えはあるか? 先生は山久のように美人で成績も優秀な生徒がいぢめられるなんて納得がいかないんだがな」


先生、ありがとうございます。

いぢめのキッカケの映像は良く頭の中をぐるぐる巡ります。それがどんどん私の頭に刷り込まれている気がして怖いくらいです。

いぢめが始まる前日、私は青山さんと岸本さん、野原さん三人と少しだけお話をしました。

仲が良かったわけじゃなくて、図書館でたまたま会って、彼女たちは雑誌を、私は小説を読んでました。

『世界の中心で愛を叫ぶ』です。映画にもなってて、読みたいってずっと思っていたので夢中だったから目の前に三人がいるのに最初は気がつかなかったんです。

先生ご存知ですか? 淡い純愛の話です。人をあんなに強く愛せるなんて幸せですよね。

……あ、それで、少し休憩しようと本を閉じたらクスクス笑いながら三人が私を見て笑っていました。

必死に読んでいる姿が可笑しかったのかもしれませんね。

私はその場から逃げようと思ったんですけど、一緒に雑誌に載ってるサイコパス診断をしようって誘われたんです。


「サイコパス診断?」


はい。最近流行ってて、友達同士でやり合って、自分や友達が危険思考をもっているのか、一般的思考なのかを診断するんです。別にだからって何がある訳でもないんですけど……

その時は十問近く問題を出されました。その診断に私、全部サイコパスになるように答えました。実は質問と答えを全部知っててワザと……恥ずかしいのですが、正直に言うと三人の気を引きたくてやった事でした。

でも……


「逆効果、いや効果はあったんだな。しかし、結果は山久の希望してたものではなかった」


はい。その後の三人の私を軽蔑したような顔は忘れられません。そして、一言『気持ち悪い』って、とても悲しかった。

それからです、いぢめが始まったのは……

もう半年ですよ。明日には私は殺されてるかもしれない! 怖いんです!

今日の朝なんて、郵便受けにカッターの刃がたくさん入ってて新聞が入らないくらいだったんです!

私を殺すって言うメッセージかもしれない!


「落ち着け、山久。怖い思いをしたな。大丈夫だから、先生がなんとかするから、な?」


……すいません。もう怖くて、居ても立っても居られなくて、家に帰るのだって怖いんです。


「わかった。山久、先生が今日家庭訪問しよう。そこでまたたくさん話をして解決策を探そう! 大丈夫。絶対に山久は幸せになれるよ」


……ありがとうございます。


「ほらっじゃあカバンを持って、気をつけて帰りなさい。先生は少し仕事があるから、山久の家に着くのは夕方六時くらいになる」


はい。先生、よろしくお願いします。


「帰り道は大通りとか人目につくところを出来るだけ通って帰れよ」


あ、はい。帰りはユウ君と一緒なので大丈夫です。失礼します。




------



「こらっ! コンビニの前でタバコを吸うな」


「あー、田中っち仕事帰りおっつー!」

「おっつー」「おつー」


「まったく、青山、岸本、野原。警察に捕まっても俺は迎えにいかないからな。早くタバコをしまえ」


「先生なのにまさかのタバコスルー? マジウケる! ラッキー」


「お前らなー、素行があまり良くないぞ。いぢめもしてるんじゃないか?」


「はぁー? してないしぃ……って、あ! もしかして五組の前田のこと言ってる? ちがうってアレはアイツが私らの化粧ポーチ開けてんの見つけたからちょっとキツめに注意しただけだしぃ」


「……前田? そうか。あ、そうそう! お前らのクラスに山久って子がいるだろ? どんな子だ?」


「うっわっ、田中っちヤバイって45にもなって高校生に手ェ出しちゃロリコン過ぎでしょ。きしょーい」


「アホ。違う、それに俺はまだ43だ」


「あー、でも山久純子、アイツ、まじでヤバイから近づかない方がいんじゃね?」


「だって、アイツさーガチのサイコパスだし」


「あ、いやいやそれなら実は……」


「うぁってか、ヤバッ! あれ警察じゃん! 逃げよーっと! あ、田中っちこの雑誌あげるからサイコパス診断してみなよーじゃね!」

「またねー」「バーイ」


「コラっ教師に向かってなんだ! 『サヨウナラ』と言いなさい!」


「……まったく、嵐のような奴らだな。雑誌あげるって、荷物になるじゃないか。ん? これが山久が言ってた雑誌の最新号か。」


【8月の完全新作サイコパス診断】


「この印がついてるページか? なになに、家に子供がいます。その子供は親から絶対に開けてはいけないと言われている扉があります。その扉はなんの扉でしょう……うーん、押入れ? あー、違うのか!」


------


先生、わざわざありがとうございます。


「いや、大丈夫だぞ。楽しく話して解決していこう!」


……はい。


「帰りは大丈夫だったか? 怖い思いはしなかったか?」


大丈夫でした! ユウ君も一緒だったので。

あれ? 先生その雑誌、もしかして……


「あぁ、実は帰りにあの三人組にばったり会ってな。その……もしかしてだぞ? もしかして、いぢめは別の人間によるものって事はないか?」


別の人?


「ああ、例えば、女子同士のいぢめというよりも、山久は美人だから男のストーカーとか」


やだ。そんな事……


「すまん! 怖がらせてしまったな! 泣くなよ? ごめんな?」


……いえ、大丈夫。……嘘です、本当はとても怖いです。首筋の鳥肌が止まりません。

先生、私、どうしたら……


「大丈夫、大丈夫だ。ごめんな、先生心配なあまり怖がらせることばっかり言ってしまった。あ! そうだ! 別の話をしよう。山久、幼馴染のユウ君とはいつから一緒なんだ?」


……ユウ君は、幼稚園の時から一緒で、小中も同じでした。特別話をしてたわけじゃないんですけど、高校も一緒になった縁で気にかけてくれています。


「そうか。ユウ君は何組だ? すまん下の名前まで覚えられなくてな」


ふふ。五組ですよ。私のクラスからは少し遠いからあんまり会えないんですけど、不思議と私のして欲しいことを分かってくれたり、教科書を破かれた時も何も言わずにずっと貸してくれました。


「いい奴だな。」


そうなの! とっても優しいいい子なの。


「……山久、ユウ君の苗字はなんて言うんだ?」


えっと、まえ……だ……


------


「うっいてて、くそっ……ん?」


「先生ぇこんばんはぁ。後頭部は大丈夫ですか? 結構強く殴っちゃったからぁ」


「……おまえ、五組の前田だな? おまえが俺を縛ったのか?」


「そうだよぉ。だって逃げるでしょぉぉ?」


「その、バッドを置きなさい。それとも、それで私を殺すつもりなのか?」


「……別に殺さないけどねぇ」


「や、山久はどこだ? お前彼女に何をした! ッうぐぅっ」


「殺さないけどさぁ、躾として今みたいに頭を打つことがあるからぁ、発言には気をつけてねぇぇ」


「……うゔっ、山久は?」


「彼女にはさぁ、僕だけいれば良いのにさぁ、何でかなぁ。なんでかなぁー! ……邪魔だよねぇ? クラスの奴も先生も、純ちゃんに近づいて来ようとして、本音はさぁ、いなくなってほしいなぁ」


「お、お前が山久の周りでやってたのか……アイツらじゃなかった……くそぅ、青山、岸本、野原、疑ってすまなかった……」


「あー、大丈夫、大丈夫ぅ。アイツらはこれから自業自得で勝手に死ぬから別に謝らなくて大丈夫だよ」


「な……に? なぜ死ぬんだ?」


「僕が彼女たちのグロスに毒を混ぜたんだぁ」


「なぜ? なぜそんな事を? 彼女たちがお前に何をしたんだ?」


「うーん、正確には僕っていうかぁ、純ちゃんに『気持ち悪い』って言ったからぁ」


「……そんなことで? うっぐぅっっ!」


「そんな事ってなんだ!! かわいそうに、純ちゃんの心は傷ついてた! その報いだよっ」


「……頭がグラグラして、腫れているようだ……縄を、解いてくれ」


「ダメだよぉ。逃げちゃうでしょぉぉが、んあ? なんでオッサンが女子の読む雑誌なんて持ってんのよ?見せてぇ。あ、ドッグイヤーしてある……ふーん。家に子供がいます。その子供は親から絶対に開けてはいけないと言われている扉があります。その扉はなんの扉でしょう? ……うーん、冷蔵庫! 盗み食い禁止的な。あ、ちげぇや。玄関かぁ。あ、ねぇ先生ぇ、この雑誌ってさ、本当に完全新作の問題ばっかりが載るんだよ。知ってた?」


「……だから、なん……だ」


……先生?


「……山久っ! 来ちゃいけないっ! 逃げろ!」


先生、大丈夫ですよ。ユウ君も反省してるので頭の怪我の事は許してあげて下さいね。

こーらっユウ君、躾はまだ先よ。


「な……に、何を言ってるんだ? 山久」


先生は私の話をいつも熱心に聞いてくださいました。本当に嬉しかった。だから私、先生と家族になります。家族が増えるって、とっても素敵な事じゃないですか? 私の中にどんどん愛がたまっていくようです。あ、そうそう家族はユウ君と私の他に三人です。ずっとずっと仲良しでいましょうね。

あ、先生にコレ、プレゼントです。仲良しの印のキーホルダー。大切に持っていて下さいね。家族みんなお揃いですよ。



あ、そうだ。先生はこれからこの家で幸せに暮らしていくんですけど、絶対に開けちゃいけない扉があるんです……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トビラ 秋河 壱 @Akikawa-Iti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ