十九の惑星を恐怖に陥れた組織「クラック・ナッツとロケット団」を追い詰める。 ←イマココ

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 ・アキとハルが宇宙を駆け巡り、二十一の惑星を救い、「スター・ストライダー」「天翔ける少女」「コメットさん」などの名をほしいままにする

 ・フェリックス・ネットワーク総裁を名乗る、黒猫を従えた大男フューの「惑星アロバブ破滅計画」を粉砕する。

 ・十九の惑星を恐怖に陥れた組織「クラック・ナッツとロケット団」を追い詰める。 ←イマココ


「あなたがクラック・ナッツね!」


 アキはずかずかと部屋に踏み込んでいった。ほんとバカだよね、罠あるかもしんないだろう? まあ言ってもアキからは「あるとは限らないわよ!」とかバカっぽい返事が返ってくるだろうけど……そう思いながら僕は黙って部屋の捜査スキャンを完了する。罠は発見されませんでした、と。


 部屋の中央にしつらえられた階段の上に黒い大きなひじかけ椅子がこちらに背を向けている。椅子に誰かが座っている。おそらく……クラック・ナッツ。


「こっち向きなさいよ! この惑星ポリマエを混乱に陥れた落とし前は、つけてもらうわよ!」


 ズカズカと階段をのぼっていくアキ。いくら肉体的に自信があるとはいえ、ああも無防備になれるもんかね? 僕は油断なくアキの背中を守る。


 その時、黒い椅子がくるりと回って、座っている人間が顔を見せた。白い服を着た若い女だ。


「ええーーーーーーー!」


 一瞬の間を置いて、突然アキが絶叫した。


「なんだよ?」


 僕の声にも応えない。見るとアキのあごがあんぐりと落ちて、でっかい口を開けている。


「ちょ、ちょっと待って。なんでなつがここにいるの?」


 なつ? 麦祭なつ……アキの親友とかいう? 料理の天才の? 変なカップケーキの作り主?


「わからないの……?」


 ゆらり……となつが立ち上がった。白い服だと思ったのはエプロンだ。この場に不釣り合いなエプロン姿に、どこか不穏な空気が漂う。思わず僕の口から言葉が漏れた。


「なつ……お前がナッツか……全宇宙を危機に陥れている悪の帝王クラック・ナッツ……」


「ええっ! そんなまさか……クラック・ナッツの正体は、なつ、あなただったの?」


 アキが仰天して大声を出す。


「……それが、違うのよーーーーーー!」


 今度は突然なつの方が大声あげて泣き出した。


 ----------


「だってだって、ファルコン・ヘヴィーの大事件が終わったら、そこの美少年とアキちゃん、宇宙に飛び出しちゃったでしょ。いいな、私も行きたかったなってつぶやいたら、私の料理のファンって人たちが集まって『俺たち、絶対なっちゃんをアキちゃんのところに送り届けるぞ』って言って、ロケットまで作ってくれちゃったのよ。それで『なつのロケット団』って名前までついちゃって」


「どういうファンだよ」


「いや……ありうるわ」


 アキがうんうんと頷く。


「なっちゃんの料理はほとんど社会現象だったもの。新作のたびに新聞に取り上げられて……」


「だからどういう料理だよ」


「なっちゃんの料理はファルコン・ヘヴィーじゃちょっとすごいのよ。経済界の大立者とか、惑星最大のマフィアのボスとか、みんななっちゃんの料理の前では飼い慣らした猫みたいになっちゃうの。あんまり美味しくてほっぺたが落ちちゃって救急車で運ばれた人もいた」


「……超人類に覚醒しちゃったヤツもいるしな」


「だから言ったでしょ、なっちゃんのカップケーキはホントに特別なんだって」


 なつは泣きながら続ける。


「あちこちで料理作りながら旅を続けてたんだけど、いつも大騒ぎになっちゃって、いつのまにか『クラック・ナッツとロケット団』なんて怖そうなあだ名で呼ばれるようになっちゃって。入惑星審査も断られちゃうから、こっそり入るしかなくて」


「言い訳したってムダだ」


 僕はきっぱり言った。


「カルリオ星系の経済をズタズタにしたのは、間違いなくクラック・ナッツとロケット団の仕業だってことだからな」


「そうなの?」


 アキが尋ねると、なつはブンブン首を振った。


「だから、違うのよー! あれは、ちょっと茶目っ気を出してコイン型のチョコを作ったら、なんか大騒ぎになっちゃって……」


「チョコ?」


 僕がきょとんとしているとアキがぽんと手を打った。


「あー、あー、前にファルコン・ヘヴィーでもちょっとした騒ぎになったやつ。偽造貨幣だって噂になって」


「偽造貨幣」


「なつが作ったコイン型チョコを自販機に入れたら普通に買えちゃったのよね」


「自販機」


「別に偽造するつもりなんかなかったのよ……ただコイン型だからできるだけ似せようと思っただけで、ちゃんと食べられるし」


「食べられる」


「これがまた美味しいのよ……」


 アキはうっとり顔で言った。味を思い出したらしい。よだれが出ている。


「カルリオでもそれを作ったっていうのか?」


 なつはコクンと頷いた。


「そしたらやっぱり自販機も両替機も偽造通貨判定機も無事に通っちゃって」


「偽造通貨判定」


「でも食べたら美味しいからって高値がついちゃって、コインだけど高値で闇取引、みたいな感じになっちゃって、なんか気づいたら大騒ぎに……」


 秘かになつの身体状況をスキャンして嘘がないかチェックしてみたけれど、意識的な嘘はない……少なくとも、本気で言っている。


「だが、アスローン星系で起こった暴動騒ぎは言い逃れできないだろう? 少なくとも八つの都市で一斉蜂起があり、住民側にも支配者側にもクラック・ナッツの支援があったと……」


「それも違うのよー!」


 またなつは泣き出した。よく泣く女だ。


「なんか、国家創立記念のお菓子を作って欲しいっていうから、ケーキを八つ作って届けたの」


「ケーキ」


「そしたら奪い合いになったみたいで」


「ケーキの奪い合い」


「みんなもともと政治に不満があったみたいで、暴動に延焼しちゃったのよ。それでちょっと、私のケーキでケンカはやめてください、仲良くしてね、って双方に差し入れのお弁当を送ったら」


「お弁当」


「またその奪い合いで支配者側も内紛、住民側も内紛になって、騒ぎが大きくなっちゃって、なんか怖くなって逃げ出したっていうか」


 嘘はない。


「……わかってきたぞ。ファルコン・ヘヴィーにはまともな女子高生がいないんだな」


「失礼ね! 私もなつもピチピチの女子高生よ!」


「まともじゃないだろ」


 その時、バン、とドアが開いてどやどや人が入ってきた。


「なっちゃん! アキちゃんが来てるんだって?」


「おおー! よかったよかった。やっと会えたなー」


「いやー長かった長かった。苦労した甲斐があったっちゅうもんだな」


「よし、今夜はお祝いだ、ぱーっといこう、ぱーっと!」


「いいわね! お酒を持ってこさせましょう」


 これがどうやら噂の「なつのロケット団」だ。何気なく彼らの顔認識を精査して僕は呆れた。あっちにいる男は「算盤そろばん」リビィと呼ばれる銀河でも有数の数学の天才だ。その周りに集まってるのもエンジニアリングの天才がうじゃうじゃいる。それから武器商人の親玉と噂されているが一度も証拠を捕まれたことのない資産家ルルイエ・カラカラ。一方あちらにいるマダム・モリはファッション界の大物。海賊の大物もいれば、銀河パトロールの実力者もいる。なんだこれは。銀河中のセレブリティが派閥を飛び越え、ごった煮状態で手を取り合ってなつとアキの再会を喜んでいる。これが全部麦祭なつのシンパだとすると、ファンサポーターズ・クラブどころの話じゃないぞ。全宇宙を危機に陥れている悪の帝王クラック・ナッツ、という評判もあながち間違いじゃないような……。


 なつのロケット団はいつの間にか大テーブルを広げて宴会を始めている。アキもすっかりノリノリでおっさんおばさんに混じって盛り上がっている。バカだな、罠があるかも……いや、ないなこれは。


「さー、お祝いに料理作ってきたよー! ドーン!」


 さっきまでとは打って変わって生き生きと、麦祭なつが料理を運んできた。揚げ物の大皿だ。


「おおおおおお!」「から揚げ! から揚げ!」「えびフライ! えびフライ!」「コロッケ!」「串カツ!」


 その場にいる全員が立ち上がりスタンディングオベーションを送る。だから何なんだよこの雰囲気は。


ところが、彼女の料理を僕が見た瞬間、ありえないことが起きた。


「お、美味しそう……!?」


 本来、人造生命体ビメイダーにとって食事はあまり意味がない。動力は体内にあるから栄養摂取の必要がそもそもないのだ。味覚というのは栄養摂取の本能と結びついているから、人造生命体ビメイダーに味覚センサーはあっても味覚の嗜好は存在しない。普通に生活している人造生命体ビメイダーは、文化圏に合わせた味覚マッピングの初期値をインストールされて、経験によってそれを成長させていく。僕の場合はそんな必要さえなかったので、味覚マッピングをインストールしていなかった。果実が「酸っぱい」ことがわかっても、それが(自分にとって)美味しいかどうかは、判断することができなかったのだ。それなのに、今このから揚げを見た瞬間に陽電子頭脳にわき起こる感情は、「美味しそう」……僕は四十九ミリ秒ほど感覚を遮断し、全システムの再チェックを行った。何か悪いマルウェアにでも浸食されているのではないかと思ったのだ。だがまったく異常は見つからず、それなのにこれは、「美味しそう」……だ。


 抗しきれず、つまんで食べてみると紛れもなく『美味しい』。


「うわっ」


 ありえない味覚に思わず変な声が出た。アキとなつが不思議そうに言った。


「どうしたの?」


「美味しくない?」


「おかしいぞ! このから揚げ、見た目が美味しそうなだけじゃなく、美味しい!」


 場の全員がどっと笑った。


「なあんだ」


「当り前じゃないか、なっちゃんのから揚げが美味しいのは」


「いやー、意外とこのにーちゃん笑わせるねー」


「ハルはねー、見た目クールだけど、けっこう優しいし面白いんだよー」


「アキ! ちょっと待て僕が言ってるのはそういうことじゃなくて」


「おまけに照れ屋でさー。歌が上手だからまた歌ってよって言っても歌ってくれないんだよ。」


「おおっ、歌え歌え」


「や、やだよ」


「ハルのデイジー・ベル好きなのにー」


「えー、聞きたーい」


「歌え! 歌え!」「歌え!」「歌え!」「チャ・チャ・チャ!」「う・た・え!」


 だから、なんなんだよこの連中は! それからこの惑星ポリマエの混乱をどう決着つけるんだよ!

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