第11話
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「先生、この問題なんですけど……」
蛍光灯が今にも切れそうな薄暗い生徒指導室で熱心に勉強のことをきいてくる男子生徒。僕は正直言って生徒指導室がいいことに使われるなんて思ったことすらなかった。どちらかというと怒られるためだけに存在しているような部屋であり、そこに呼ばれる人はもちろん、自ら行きたがる人なんて皆無だろうと思っていた。
「ああ、これはセンター試験対策を重点的に考えているなら簡単だよ。『いかにもそれっぽい』とか『一般論っぽい』ものはまず除外してみるといいよ。すると……」
僕は田舎の寂れた高校の国語教師をしている。頭は良くも悪くもなく、部活も委員会もほどほどの『それといった特徴のない学校』だ。
グラウンドの広さも平均的、立地条件も恐らく良くも悪くもない。まさに日本中の高校を足してその数で割ったような学校である。
そんなうちの学校は当然生徒の質も平均的で、勉強ばかりしているわけでもなく、また極度にサボるわけでもなかった。
しかしそんな中、稀に勉強熱心な生徒が紛れ込んでしまう。数年に一度あるかないかくらいの頻度で。つまりはそれが彼、遠野だった。
彼は高校最後の年ということでセンター試験の対策に励んでいる。もう十分すぎるくらいには学力があるのだが、それでも彼は上を目指したいらしい。それで僕に聞きにきたということだ。
遠野のワークを横から覗いてみる。丁度古文の『竹取物語』の『蓬莱の玉の枝』のところを解いているところだった。
そういえばうちの娘が姫になって「蓬莱の玉の枝をとって来なさい」とか「この玉の枝は中国製じゃない!」とか言っていた夢を見たことがあったな。あの夢は本当に酷かった。今思い返してもなぜあんな夢をみたのか、自分の精神を疑問に思うくらいだ。
またしてもそういえば、あの夢から僕は1回も夢を見てないな。ずっとあの夢が『最後に見た夢』として脳内に記録され続けるのも個人的によろしくない。あの夢をみるまでは結構見れていたのに、なぜか今ではぱったりと見れなくなってしまった。でもどうして……。
「先生!」
どきっとした。遠野の顔は心配半分、答えが返ってこないことへの怒り半分といったところか。
「ああ、ごめんごめん、少しぼうっとしてしまっていた。で、えっと、なんだっけ?」
「ここのところです。『貝なし』で『甲斐なし』の語源となったという意味で……」
彼の目は他の生徒よりも生き生きしているように見えた。
……どうでもいいかもしれないが、また少し夢を見たいな。
薄暗い蛍光灯の下で、僕はふとそう思った。
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