第8話

彼以外、この世界には誰もいない。

街はほとんど廃墟と化し、文明は廃れてしまっている。


半壊したビルの隙間から砂の匂いのする風がやや攻撃的に吹く。その風に誘われてアスファルトを突き破った雑草たちがざわつく。


「今日は風がうるさいな……」


目元が見えないほど深々とカーキ色のフードを被った少年が呟く。年はいくつくらいだろう、顔が見えないのでわかりにくいが私より少し年上だと思う。

身長はおそらく平均的で、低くも高くもないといったところか。肉付きもしっかりしていて、まあまあたくましいほどと言えるだろう。


にやりと笑うと彼はマントを翻し、今まで来た方向に戻ってしまった。

すべてのモーションが演技臭く、私は思わず引いてしまう。そして悟った。ああ、これが中二病というものかと。だとすると来た方向に戻ったのもマントを翻してみたかっただけなのだろうか。男という生き物はよくわからない。


しかし思えば背景も世紀末らしい廃墟で、「汚物は消毒だ」などと言いながら筋肉隆々の男が出てきても何ら不思議はないような感じだ。


彼の後ろ姿には長い銃が2つ、クロスするように背中に張り付いていた。あんなに長い銃は重くて取り回しも効かないだろうに。しかも2つとも同じ銃、私も漫画で見たことのある種類のものだった。確か1発ずつ手動で弾丸をこめなくてはいけないやつだったような……。


いいや、人の夢にケチをつけるなんて私は何様だ。私だって変な夢ばかり見ていたではないか。どんな夢を見たかは思い出すだけで恥死するようなものなので割愛させていただくが。


しかしこの男、さっきから歩いてばかりで目的地すらないように思える。どこにつくのか見届けたいものだが、おそらくただ歩いているだけだろう。なぜわかるかって? これが夢だから。彼はこの『雰囲気』を楽しみたいだけなのだ。でなかったらすでにモンスターやチンピラなどとの戦闘が始まっている。


もうすっかり人の夢を覗くのにも慣れてしまったな。

ただ歩くだけの彼を横目にふと思う。


夢は意味不明なものがほとんど。でも、その中には夢を見ている人の性格や好み、願望などが凝縮されている。そこが面白いのだ。

夢分析などは信じていないけれど、私はそう思っている。



∆∆∆


「結局ただ歩いて終わり、か……」


時計は朝7時を指している。

ずっと家にいるからこそ体内時計をずらさないように心がけているため、毎日ほとんど同じ時間に目覚まし時計を使わずとも起きれるようになっていた。


エアコンの風で揺れるLED電球を見ながら考える。

夢の中の彼は、一体なにがしたかったのだろうと。

もちろんそこに意味がないことは知っている。だが、あの夢を覗いていた私はなぜかとても不安になったのだ。彼は本当に歩いているだけだったのだろうか。あの夢に終着点はなかったのだろうか。


私は自分のことでもないのに不安が膨らんで消えなくなる。一体どういうことだ。


そうだ。違う、今思い返すとあの笑顔は単なる中二病じゃない。

もっと狂気を含んだ––。



その翌日、私は朝のニュースで殺人事件の現行犯逮捕があったことを知った。


容疑者はカーキ色のフードを被り、狂気に満ちた笑顔をカメラに向けていた。

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