第7話
私は魔法使い! デッキブラシで空を飛べるの!
他にもね、黒い猫を連れていたり……あとは、あとは……と、とにかく私は魔法使いなの!
デッキブラシで空を飛ぶとなるとあれか、某ジ○リの作品だ。あの映画を見たばかりの子供がこの夢を見ているのだろうと想像するのはさほど難しくなかった。たしかにあのシーンは見応えもあるし映画としてのクオリティはトップクラスだと思う。
しかし時代としては少し古い気もする。親の趣味なのだろうか。
大きい赤いリボンを頭につけ、黒いワンピースをまとった少女は町中を飛び回っていた。
レンガ造りの建物が立ち並ぶ洋風な街路の上を建物の高さすれすれのところで飛んでいる。空は眩しいくらいに輝いていて、地面には彼女の影がくっきりと映っている。少女の姿に気づくと、街の人たちはみんな笑顔で彼女に手を振る。彼女も大きく手を振り返す。その顔は無邪気で幼さがよく出ていた。
可愛い、と私は思った。すると次の瞬間、少女はこちらを向いてにっこりとし、小さく手を振った。
どきっとした。私は彼女には見えていないはずなのに。それでも彼女はこちらをまだ向いている。
あたりを見回すが、空中なので当然誰もいない。もしかして、私が見えているのかな。そして私に手を振ったのかな。
気になりはするが、少女はまた正面を向いてしまう。結局彼女に私が見えていたかは謎のままだ。
デッキブラシで空に浮かぶ魔法使いさんは少々落ち着きがないようだ。さっきからバランスをくずして「おっとっと」と言ったり、よそ見をしていて何度も壁にぶつかりそうになったり。その度に持ち直すが、見ていて心配になってくる。まるで保護者になったような気持ちだ。心の中で「頑張れ」と応援してあげる。
やがて少女は高度を下げ、ぽん、と石畳の上に静かに着地する。
「ただいま」
と少女は歩きながら大きな声を出す。「宅配してきたよ!」
パン屋のカウンターには彼女の両親と思われる人が座っている。それにしてもこの夢、再現度が非常に高い。登場人物さえ置き換えてしまえば某宮崎さんに著作権がどうのこうのと言われてもおかしくないくらいだ。
少女はパン屋の中に入っていったが、私はそこで見送ることにする。いくら向こうに見えていないからって他人の家族のプライベートタイムに居座るのは無粋というものだろう。
どんな会話をしているのだろう、と後ろ髪を引かれながらもパン屋の前から去る。
夢の世界がぼやけていく。今日の夢はここまでか。どうせならもう少し探索したかった気もするが。
パン屋の看板を見る。細かいところまで本家そっくりだ。思わずふっと笑みがこぼれる。
空を見上げる。雲ひとつない快晴。太陽がこれでもかと光を送り込んでくる。
レンガ造りの街路に涼しい風が通り抜ける。
どうか、あの小さな魔法使いさんが壁にぶつかりませんように。
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