第5話

他人の夢を見れると知ってからというもの、睡眠時間が極端にふえた気がする。

暇さえあれば(暇しかないのだけれど)眠って誰の夢ともわからない夢を覗きにいっている。


さて、今日はどんな夢が見れるかな。


まぶたをゆっくりと閉じ、眠りにつく。



∆∆∆


「姫様、ぜひ私と結婚を! 後悔はさせません!」


「いえいえ、ここは私めと! ありったけの財産でお迎えしましょう」


王室と思わしき広い部屋には豪華なシャンデリアや輝かしい無数の宝石が埋め込まれた柱などが建てられている。

その中央に位置する玉座に無数の王子が詰め寄ってくる。その文句はもはや怪しいキャッチセールスにすら聞こえる。


内心で『うわぁ……カオスだなぁ……』と思いながら玉座の方を見てみると、玉座の横に補佐官らしき人が1人、そして玉座に深く腰掛けているのは、姫になるには、というより結婚するには明らかに早すぎる女の子が座っている。


「なるほど、小さい女の子の夢か」


そう考えると平和だなぁと思ってしまう。きっといつかお姫様になれると信じてるのだろう。私も毎日お姫様になれるように練習したこともあったっけ。懐かしいなあ。


相変わらず王子の群に口説かれている小さな姫はふと玉座から立ち上がる。

その姿は正直いってあまり似合っていなかった。ドレスに満遍なく散りばめられた宝石や、細めの黄金のベルトの腕時計など、もちろんその少女も、確かに単品でみればなるほど可愛いと言えるだろう。しかし、少女の年齢が原因でそれらの装飾品をまた違うものに変質させていた。要するに、衣装が年齢にあっていないのだ。


それでも彼女は満足そうな顔をして、高らかに言った。


「おっほっほ、私は女王。私と結婚したいのね?」


私は顔が引きつるのを感じた。なんなの、この『おっほっほ』って。しかも名前を名乗らずに役職を名乗ってどうする。会社で「私は上司です」と言われるようなものだ。そんなのは知っているし、聞きたいのはそこじゃない。


しかしまあ、幼い子供の夢ということを考えたらこんなものなのだろう。きっとそうだ。

そう考えることで私はつっこみたいのを全力で我慢した。もっともつっこんでも誰にも聞こえないのだけれど。


王子たちは一斉に「したい!」と叫んでいた。王子も王子だ。ここはアイドルのライブ会場でもあるまい。

小さな姫は続ける。


「では『蓬莱の玉の枝』を取ってきたものと結婚するわ。世界のどこかにあるから、私と結婚したくばよーく探してきなさい」


えっ、こんな小さい子供が竹取物語を知ってるの。知らないものは夢に出ようがないから知っているのだろうけど、それにしてもすごい。英才教育とかを受けてるのかな。


王子たちは「はーい!」と年齢の割には間抜けな返事とともに蜘蛛の子を散らすように去っていった。


それから数分後、王子のうちのひとりが帰ってきた。


「姫、通販サイトで見つけました!」


おいおいどんな雑な宝探しだと思うが、王子はそれだけではとまらなかった。


「レビューで星の評価が一番高い、『あなたへのおすすめ』より購入いたしました!』


ぶっ。もうだめだ、こらえきれない。腹筋のいいトレーニングになりそうな夢だ。


そんな私の反応とは反対に、小さな姫は不満げな顔をした。そりゃそうだ。

しかし、不満な箇所は全く見当違いのようだった。


「これは……『MADE IN CHINA』……中国製じゃない! 中国製を私に渡すなんて失礼だわ! せめてタイやシンガポールならまだわかるわ、でも中国製なんて!」


私は悟った。もうダメだこの人たち。さっきから姫の横にいるだけの補佐官らしい人は一度も喋らない。


「それに『あなたへのおすすめ』に中国製品がでるのは私への敬意が足りないせいよ! 今すぐ首を切っておしまい!」


ええ、敬意が足りないと中国製品がおすすめされるんだ。通販おそるべし。


姫の横にいた補佐官がやっと動き出す。と思うと、王子の前に行き、手刀で彼の首をとん、と叩いた。


すると次の瞬間、王子の首が落ち、そこから金色に光る枝が出てくる。

姫は玉座から乗り出して言う。


「こ、これは蓬莱の玉の枝! この人と結婚するわ!」


うぉい、驚きのあまり変な声が出てしまう。

他の王子はいつのまにか王室に全員集まっており、「おめでとう、おめでとう!」と祝っている。


おめでとう、おめでとう!


おめでとう……ぉ……ぅ……。



∆∆∆


某日、某家。


5歳になる小さな女の子が食卓の向こうでぼうっとしている父に向かって尋ねる。


「おとーさんどうしたの? お仕事の時間だよ?」


国語教師の『おとーさん』は気もそぞろなまま答える。


「あぁ、ちょっと……今日の授業のおさらいをしてて寝落ちしたら変な夢を見てね……」

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