第4話

そういえば父はどんな夢を見ているのだろう。そう考えてから眠ってしまったからだろうか、若い頃の父と母と思われる人が旅館に泊まっている夢を見た。


時計の針はすでに真上を指しており、小さな畳の部屋の中で豆電球が儚げに光っている。


「あなた……」


そういったのは今とは全然違う印象を持った母だった。おお、声も若い。それに髪型も後ろで1つに縛り上げていてメイクも控えめな感じだ。


「順子……」


父の方も若い。髪をオールバックにしてヒゲを蓄えている。昔の肖像画とかに出てきそうな顔だ。伊藤博文とか、夏目漱石みたいな。岩倉使節団のメンバーの写真からぽんと抜け出してきたような印象だ。服装もまさにそんな感じだ。


父は母の背中に手を当てる。とても仲の良さそうな2人だ。

そう微笑ましく見ていると……父の手は段々と下に降りていき、母の腰の下にまで到達した。母もそれを嫌がる様子はない。どころか、顔をなぜか赤らめている。


それから若い両親は1つしか敷かれていない布団へと移動する。

お互いに無言のまま、父は母の服を……。


私は今、目の前でなにが行われようとしているか、やっと理解した。と同時に顔が真っ赤になるのを感じた。


「えっ、ちょっ、と……、え?」


私がいくらたじろいでも両親にその声は聞こえないようで、目の前ではもうすでに母があられもない姿となっていた。


混乱に混乱を重ねた私は思い切り叫ぶ。


「ちょ、待って、ストーップ!」



∆∆∆


「ちょ、待って、ストーップ!……はあ……はぁ……」


叫んで飛び起きたのは私のベッドの上。いくら夢だとわかっていても、さすがに両親の「儀式」を見るのは複雑な気持ちだった。まだ呼吸が整わない。


窓の方を向く。相変わらず遮光板に遮られて光は見えないが、ちゅん、ちゅんとすずめが鳴いている。時計もすっかり朝を指していた。


ふと、自分の体が汗だくなのに気づく。誰だって両親の「それ」をみたら汗くらいかくだろう。


凛に日焼け止めを塗ってもらう時間まではまだ少し時間がある。風呂へ入ろう。



∆∆∆


結果から言うと、風呂には入れなかった。誰かが入っているのだ。おかしいな、この時間に風呂に入る人なんてこの家族にはいないのに。


諦めて脱衣所を出ようと扉を開けた瞬間、風呂場の扉ががらりと開く。


「あっ……」


扉の向こうには父がいた。今まさに風呂を出ようと開けたのだろう。

私がいることが予想外だったらしく、父は自分の体を隠す前にさっと左手に持っているものを隠す。それが何だかわからないけれど、柄物の布っぽいものだった。


私は無言で脱衣所を出る。あんなに気まずいところにいつまでもいたくないというのが一般論だろう。


しょうがない、自室にもどろう。


そのとき、ふっと疑問が浮かぶ。

私がなぜ夢の中で両親の若い頃を想像できたのか? なぜ私が行った覚えもない旅館が背景だったのか? そして、『両親はいるのになぜ私や凛はいないのか』。


私や凛がいないのは当然生まれていないからだろう。でなければ誰かに預けているということも考えれるが、両親の見た目の若さからしてその可能性は低い。

そして最後のことがわかればあとは簡単だった。

私はまた顔が真っ赤になっていくのを自覚した。


そうだ、あれは父の夢なのだ。私は他人の夢を覗くことができるのかもしれない。

そうするとわかりたくないものまでわかってしまう。


父の持っていた柄のついている布、あれは下着だ。

いくら私がその方向に関して無知といおうとも、ある程度察することならできてしまう。父はあんな夢を見たから男性としての生理現象が起こってしまったのだろう。そしてそれを洗い流すために風呂場へと向かう……。


「あっ……あぁっ……」


頭がくらくらする。父のしたこと、いや、夢を見たことによって『してしまったこと』を察してしまったのだ。


本来誰がどんな夢を見ようとそれは自由だし本人の勝手だ。しかしそれを私が覗けてしまうというのならそれは私が悪いのだ。

そう、私が悪い、そのはずなのに……。



その日から、私は父と母の目を直視できない。

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