第2話
「信じられません……完治しました。もう紫外線を浴びても問題ないでしょう」
真っ白な部屋に真っ白な器具。それに真っ白なカーテンに真っ白な医師。
きっとここはどこかの病院だろう。
「おめでとう、美琴」
「よく頑張った、美琴」
家族が泣きながら私に声をかけてくる。いや、正確には、私が見ているもうひとりの『美琴』が声をかけられている。
私は察した。ああ、夢を見ているのか。と。久々に見た夢がこんな内容なのはきっと凛があんなことを言ったからだろう。夢だと確信した瞬間、病気はやはり治っていないという気持ちとこれからもこの生活を続けられるという安心感が半分づつになって心に混ざっていった。
私は両親と妹に固く抱きしめられている『美琴』をみる。私にもいつかこんな日がくるのだろうか。
私の家族と『美琴』たちは病院を出ると空をみる。雲ひとつない快晴だ。
「もう本当に紫外線防具をつけなくてもいいんだな。全く、夢みたいだ」
そう父が言う。それを見ていた私は「いや夢ですから」と思うが、言わぬが花、知らぬが仏だ。
ふと、道路を見渡すと、とある奇妙なことに気がついた。
道の端に置いてある、青いゴミ箱が2メートルほど宙に浮いているのだ。もちろん夢だからそういうこともあるのだろうが、そのことを全く気にかけない家族というのはやはり私からみると違和感を感じた。
私の家族と『美琴』は公園に行き、いつの間にか持っていた弁当を各自広げて食べる。
みんな笑って、私も顔に太陽の影を作らせながら満面の笑みを浮かべている。なんの屈託もない、純真な笑顔。
その光景を見ていると、なぜだか私は心臓がきゅっ、とするのを感じた。
ああ、あんな私の表情、見た事ない––。
そう思うと同時に、私はその場に居づらくなってしまう。私がいていい場所じゃない気がする。
気づくと私は公園を飛び出していた。
∆∆∆
目が覚める。遮光板のついた窓の奥からスズメのさえずりが聞こえる。
「なんだ……もう朝か……」
寝ぼけ眼で時計を見るとそれは5時を指していた。昨日は早く寝すぎてしまったからこんなものか。
凛がこの部屋に私に日焼け止めを塗りにくるのが朝7時と夕食後の2回。
さて、凛が来るまでの約2時間、何をして過ごそうか。
ぐるりと部屋を見渡す。
本の向きが様々な方向になっている本棚に埃のかぶった勉強机、無数に積まれたゲームソフトやDVDの類、シーツの半分剥がれたベッド……。
「……部屋、片付けようかな」
∆∆∆
片付けをしたことのある人なら大体わかってくれるだろうか。片付けようとした時ほど部屋は片付かないものなのだ。
「あっ、これずっと探してた漫画だ!」
ちょっとだけ、ちょっとだけ読んであとはすぐに片付ける。絶対に。
鼻歌まじりにベッドへ漫画を持ち込む。
「面白いなぁ……」
ページをめくる手がだんだんととまらなくなってくる。
ベッドでごろごろしながら読む漫画は格別なのだ。もはや「人をダメにする呪い」のような恐ろしい魔力すらある。
話は恋愛もので、理系の男と文系の女が行き違いの恋をするという内容なのだが、これがとにかく面白い。特に女が告白のつもりで「つ、月が綺麗ですね」と言ったのに対して男が「ああ、満月だから-12.66等級の明るさだからな」と返して女が告白を諦めかけるところなんて最高だ。過去に凛にこの事を熱弁したら「ちょっとツボが変だね」と引かれてしまった。確か笑ってはいたけど、目は笑ってなかった。この面白さがわからないなんて、凛は人生の3.14割損してる。あ、このネタもつまらないって言われたんだった。
ふと、次のページが発行者やら出版社やらが載っている欄になっていることに気づいた。いつの間にか1巻を読み終えてしまったようだ。
「あと1巻だけ……! それが終わったら絶対掃除するんだから……!」
……。
……。
……。
がちゃり。
「美琴ー、いつものやつ……えっ」
凛は漫画の山に埋もれてニヤニヤしながら漫画を堪能している姉を発見したようだ。ちょうど面白いシーンだったのでおそらくかなり変な顔をしていたのだろう。
ああ、絶句ってこういうことをいうんだな、と私は思った。
がちゃり。ドアが閉まる。
今日の日焼け止めはお母さんに塗ってもらった。
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