夢の備忘録

みやずす

第1話

私は生まれつきのドラキュラだ。


もちろん比喩ではあるのだけど、でも陽の光を浴びると死んでしまうのは本当。


病名は色素性乾皮症といって、紫外線を浴びるとひどく火傷してしまう病気なんだけど、治す手段は今のところ全くなし。担当医さんもお手上げ状態の奇病。前例も少ないから検討もつかないんだって。


生まれつきのものに文句を言っても仕方がないのはわかっているけど、それでも毎日のように遊んでは汗だくで帰ってくる妹を見ると、昼間に外で紫外線防具を付けずに遊んだりしたかったなとどうしても思ってしまう。


私はこんな体でまともに学校にも行けないから、高校は諦めた。もちろん小、中学校もまともに行けてないのだけれども。


「はぁ、もう私も本来なら高校デビューか……」


力なく声を出しながらベッドに倒れこむ。枕元のデジタルカレンダーは桜の咲く頃を示していた。


専用の遮光板で塞がれた窓からは何も見えない。紫外線を発するからと蛍光灯も取り払われてLED電球がひとつ、ぶら下がってエアコンの風で小さく揺れている。


かすかに揺れる自分の影を見てぼうっとしていると、ふと、「美琴ー、夕ご飯よー」と下の方から母の声が聞こえる。私の部屋が2階の一番奥にあるからか、少しでもうるさくしていたら聞こえなくなってしまいそうな音量だ。まあそんなにうるさくすることなんてないのだけれども。


私は母の作る料理が好きだ。そこまで上手な訳でも下手な訳でもないのに、妙な安心感のある味がする気がする。


早く行かないと、ご飯が冷めてしまう。


「はーい」


そう答えて私は自分の部屋のドアを開ける。と、微かに香辛料の香りが漂ってくる。この匂いはカレーだろうか。



∆∆∆


私の予想通り、夕食はカレーだった。食卓にはカレーの他に、みずみずしいサラダがそれぞれ4つの皿に綺麗に盛り付けられている。

うちは4人家族だ。母と父、妹と私。近所の家族と比べても仲はいい方だと思ってる。喧嘩だって滅多な事ではしないし、基本はみんなが笑顔だ。たまに怒られたりはするけど。


私は目の前に並べられた夕食を見て、大きく息を吸い込む。うん、できたてのカレーはやはり香りが格別だ。よく1日置いた方が美味しくなるなんて言うけど、私はそれをあまり信じていない。できたてというのは料理において最高のスパイスなのだ。

現に今、こうして手を合わせて「いただきます」と言った私は早く食べたくてうずうずしている。多分私はこの家族の誰よりも早くスプーンをとっただろう。



∆∆∆


「うっ……うえぇ……」


自室のベッドで寝転がる私。どうやら食べ過ぎてしまったようだ。

再び起き上がる気力もなくどうしようか考えていると、こん、こん、とノックが2つ。


「はーい、どうぞ……うっ……」


力なく答えるとかちゃり、とドアが開き妹が入ってくる。


妹の名前は凛。ええと、私の4つ下だから中学校に入ったばかりか。

外で活発に遊んではいつも泥だらけで帰ってくる、根っからのお日様っ子だ。

肉付きもよく、髪は乱雑なショートカットで、まだ春だと言うのにもう軽く日焼けしてしまっている。私の色白ですぐに折れてしまいそうな体とは全くの別物だ。


「美琴、いつものやつやるよ」


そういって日焼け止めを私に見せる。


「この日焼け止めが目に入らぬかー、はっはっは」


「やめてよ、恥ずかしい」


「どうせ誰も見てないじゃん」


「それはそうだけど」


私は紫外線に極端に弱いため、室内にこもっていても1日に2回は日焼け止めを全身に塗らなくてはいけない。それをいつも凛にやってもらっているのだ。


「いつも悪いね、こんなことやりたくないでしょ」


服を脱ぐと、凛が日焼け止めを塗り始める。


「ぐへへ、いい体ですぜお嬢さん」


「や、め、ろ」


「冗談冗談」


「若干冗談に聞こえなかった」


「ごめん、6割は本心」


「過半数じゃん」


なんて会話をしながら約10分、凛は最後に私の右足を軽くぱん、とたたくと「はい終わり」と言った。


「いつもありがとうね」


「その感謝の心を忘れないように」


「やっぱ前言撤回。はやく出てけ」


凛は「はいはい」と笑いながらドアの方へ歩き出す。とドアの前でふと何かを思いついたように立ち止まる。「あっそういえば」


「どうしたの」


私は聞いてみる。


「そういえば私、昨日夢見たんだ」


「へぇ、どんな夢」


「美琴の病気が治る夢」


「それはいい夢だね」


「よくないよ。私だけの鳥かごの中の姫君が巣立ってしまうなんて」


「私は誰かの所有物になった覚えはない、要件はそれだけか」


凛は「うん、それだけー」といってドアの向こうへ消えていった。


再びベッドに寝転がる。ぽすっ、という音がして枕が私の頭を受け止める。

時間は8時を回ろうとしていた。


これからなにをしよう。寝るにはまだ早いな。


そう思っていると、気づけば美琴は寝息をたてていた。

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