ハデスの書

バリバリバリバリ……!!!


私は手足を固定されて身動きの取れない状態のままで私の体にとめどなく電流が流し込まれる。


「いいいいいいいぃ!!?」


デジェウスは電線棒を私の手足を固定した器具に引っ付け、電流を流し込んでいる。


ヂョロロロロロ…。


私は激しい電気責めで液体がありえないほどの量がしたに漏れ出す。


漏れた先は光を放ち、スゥッと消えていく。

これは一体何?


私は電気責めが一時停止されるとゼエハアと一気に疲労が襲って荒い息を吐いていた。


するとアトランテォスがウィーンガシャンと機械音が鳴り出し、そこら中に光が包みだした。


「今度は何…!?」


私は驚くような元気も出ずただ落とした声でこう洩らした。


「ふふふアトランテォスが本格的に始動したのだ、お前のおかげでな!」


「そ、そんな!?」


サキュラSIDEーーー


「くっくっく神となるにはアトランテォスと同化せねばなるまい…その為に海溝潤実を生贄にしてデジェウス様は海溝潤実を自分の身代わりにしたのよ!」


デジェウスの手下は私達を嚇かす。


「早く助け出さないと海溝潤実の体がアトランテォスの一部になっちまうぞお?」


私達は一気に血の気が引いた。


「出まかせを言うな!!」


ガスッ!!


ドッシュは棒で嚇かしてきたインスマスの顔をかち割る。

インスマスは鼻血をダラダラと流し倒れている。


「どうして倒してしまうの?潤実の居場所を吐かせられたのに!」


私はハッとしてドッシュに毒づく。


「心配するな、居場所を吐かせなくても俺は鼻が効く!」


そう言いドッシュは黒猫に変身する。

そうだったこの子は元々黒猫のインスマスでトラテツの子分的な存在、きっと鼻が効いて潤実を見つけるのは造作もない事だろう。


地に鼻を擦り付けながら進むドッシュについていく私。


ーーー


しばらくするとある広場にやってきた。


「ここに潤実が?」

「おう、ここに間違いない!」


ドッシュがそう言うので私は目前の扉を開いた。


するとそこはとある更衣室で女の子達が服を着替えている途中だった。


「にゃ!?にゃにゃにゃにゃにゃああああぁん!!!」


それを見たドッシュは興奮したのか更衣室で走り回り女子の体操着などに突っ込み更衣室中を飛び回る。


「キャアァ!!!」


女の子達は悲鳴を上げてドッシュに異能をぶつけだす。


ドッシュはブルマを顔に引っ付けたままその場を逃げだす。


「貴女はあの黒猫の飼い主ね!!」


女の子達は標的を私に変える。


「わ、私は…ぎゃあっ!!」


私はドッシュ同様女の子達から異能を矢継ぎ早に浴びせられた。


デジェウスSIDEーーー


「ハァ、ハァ…」


海溝潤実なる少女は呼吸を荒くして悶えている。

可哀想に、このアトランテォスに乗り込んだばかりにスパイとして捕らえられたのだ。


それを助け代わりにわしはこの少女を「生贄」としてこの「船」に捧げる事にしたのだ。


海溝潤実は今「船」と同化している…この少女は異能を儂に放って抵抗しおったがその異能は外界の街を焼き尽くすに留まりこの少女の意志は消沈し儂の思うがままとなった。


儂はこの少女の絶望に覆われた表情に興奮しますますいたぶり尽くしたくなり生贄として捧げる前に徹底的に弄んであげている。


電撃棒を挿入して電流を流し込み潤実は喋る事も出来ず悶えている。


こうしている間に液体が溢れて船に栄養を与える。

すると船は光を放ち力を制御出来なくなったのか船の砲台から勝手に弾が飛び出し地上の一部分に着弾する。


「ふはは!我慢しないと船は聞かん坊になってあらゆる大地を破壊しつくしてしまうぞ!!」


儂は電流を体内に流し込まれて大汗に塗れてただ耐えるだけの潤実を嘲る。

爽快じゃ爽快じゃ♪


海溝潤実SIDEーーー


ビリビリビリビリと私に電流が流し込まれて私は痙攣を何度も催してしまう。


デジェウスが言うには私の漏らしたものが船に活力を与える事になってしまい船は勝手に弾を飛ばしてしまうと言うじゃないの!


しっかりしなさいうるみん貴女はこれまでも滅茶苦茶な目に遭ってきたじゃないの何今更弱気になってるのよ。


電気棒はわざとのように食い込まれて抜けなくなっているけど恥じらいを捨てればこんなの簡単に抜けられるはずよ!


私は電気棒を抜いてしまおうと気張る。

その時また私は刺激を覚えガクガクと痙攣してしまう。


「ハハハ今面白い顔をしてたぞ何の踊りだ!?」


デジェウスは痙攣していた私を嘲る。

痙攣じゃねえよアンタがワザと電気を流し込んでたんだろ!


私は心の中でデジェウスを罵る。

素では言えるわけない…電流棒を気合いで抜いたところでまた挿れられるんだろうがその間にサキュラが助けに来てくれて…何期待してるんだ…。


きっと簡単に捕まっていつもみたいになってる私を見て呆れ返ってるんだろうな…私ってほんと馬鹿…。


私は悔しさでウルウルとする。


『絶望する必要はありません!』


その時私の脳裏に女性の声がした。


私の目の前がモヤに包まれる…え?体の中に電流を長時間流されるとこうなるの??その割に意識ははっきりしてるけど…デジェウスの罵倒語も段々聞こえなくなる。


その代わり少し肌地の多い白いドレスを着て盾と槍を手に持った藍色のポニーテールを決めた綺麗な女の人がいた。


「蓮香さん…」


ゼウむすの蓮香ちゃんが来てくれた!


『違います、私はアテナ、ゼウスの娘です!』


蓮香ではなくアテナだった。

あのケンジ様と一緒にゼウスの像を守っていた巫女だ。


「蓮…いえアテナ様…私は神になんてなりたくない…」


私は街を二度吹き飛ばしてしまったのに悔い、デジェウスに神に仕立て上げられた事にアテナ様の前で嗚咽する。


『心配しなくても貴女が神としての素養があるか無いかは貴女自身がよくわかっているはずです!』


アテナ様は少し声にドスを効かせて言い放った。

アテナ様にまで見限られたのか?

私は本当に最低だ…。


『貴女には抵抗する力があると言う事です、今貴女に押し込まれた放電棒を貴女の力で解放させなさい!デジェウスに勝ちたいのならば!!』


厳しくも、頼もしい声で私に喝破を送るアテナ様。

勝ちたい!!


私はクトゥルフの力を振り絞り押し込まれた放電棒をメイルストロームを放ちながら解放してみせた。


「くくく放電棒が滝と一緒に出おったわ♪さてもう一度差し込んでやる、今度はもっと強いの挿れてやるぞ!」


デジェウスはそう揶揄うが私は勇気を振り絞って抵抗の声を腹の底から出した。


「わ、私は貴方の思い通りになんかならない!!」


私の言葉にデジェウスは手を止めたが少なくとも殺気が見え隠れしているのが見えた。


「お前を生贄にする前に楽しんでおこうと思ったが早く餌食になりたいならお望み通りにしてやろう!!」


デジェウスはそう放つと何処からかシュルシュルと白い蛇のような細長いチューブ状の物体が数本私めがけて畝りを交えて蛇のように舞い踊って飛んできた。


それは先が針のように尖っていて、先端の光がその役割を物語っているかのよう。


まさかと思い血の気がよだった。

私は体の数カ所をその針で差し込まれた。


「痛つっっっ!!!」


私にチクリと言うか、ザクリと言った例えようのない痛みが刺された先から走り、それはだんだんと熱いと言った感触に襲われていく。


白く細長いそのチューブ状の物体は赤く染まっていく。


私の血を吸っているかのよう、私は本当にこの船の餌食にされようとしている!?


私は手足は拘束されたままで逃げる事も出来ない!

サキュラ…早く助けに来て!!


サキュラに助けを求めたその時、私からはアトランテォスの船内の全てを薄らながら見えてきた。


私船の一部になってる…もういいや…あれは調理室…あれは図書館ね…あ、インスマス達が喧騒としてだれかを追いに行ってる…?


ひょっとしてしてサキュラ…?


なんだか奇妙な事に、私は船内を浮遊しているような感じで船全域を見渡す。


インスマス達の慌ただしい様子にサキュラの行方が気になったのでサキュラを探す事にした。


どうか追っ手に捕まらないで…!

捕まったらきっと私のように…!

それだけはあってはならない、私はもうこんな状態だから…サキュラは…ね!



私はどこかにサキュラが隠れているだろう場所に目を映すがここにもいない…あそこにもいない…。


見つけたところで今の私にサキュラに触れる事は出来ないけど見守って何かの形で助ける事が出来れば…!


私は幽体離脱した状態だがクトゥルフの力、クトゥルフブレイクリーを使えば何か奇跡は起こせると期待していた。


その時女の子達の群れが一箇所に集まり、寄ってたかって罵声を浴びせたりリンチを加えている。


いじめかしら、みっともない!

私はいじめられている子が気になり、その子を助けようと身を乗り出した。


…!!あの子はサキュラ!??


女の子…とは言えないような形相で抵抗も出来ないサキュラを責め立てる少女達。


「あの黒猫はてめえが差し向けたのかー!!」


女の子は無数の拳に青い闘気を纏わせてサキュラを攻撃する。


「ぐあぁっ!!」


サキュラはぶっ飛ばされるがもう一人の女の子が支える。


「まだ終わりじゃねえよ、ほらっ!!」


女の子が前に突き出すとまた別の女の子が異能インスマスでサキュラの体を上に跳ね上げる。


サキュラはそうしている間にも女の子全員を空から罵るような目で睨みつける。


「なんだその生意気な目はー!!」


気に入らないと女の子が空高くジャンプしサキュラに飛び蹴りを放つ。


サキュラは向こう側の壁にぶつかり、力なく倒れる。


「ギャハハ良いぞー!!」


女子達が拍手しながら笑い、サキュラを蹴り飛ばした女子は着地してグーにした手を天上に上げてニヤリとする。


そして全員がもうすでにボロボロのサキュラに歩み寄り、一斉に唾を吐きかける。


そんな中サキュラは尚も立ち向かうように言葉を投げる。


「あ…あんた達なんかどいつも…コイツもロクな人生送れないわ…ざまあみなさい…」


「何をー!!」


もうやめて!サキュラは戦えないのよ!貴女達みたいに攻撃の異能なんて使えない!


私は叫んだが女子達には私が見えず聞こえもしない、触れる事も出来ないで無抵抗なサキュラを一方的にいじめ抜いた。


サキュラSIDEーーー


女の一人は電流で私を感電させ、ビクビクと体を痙攣させられているのを見て興じ、また炎のインスマスで火あぶりにされ悶え苦しむ私を見て興じていた。


私の心も体もそろそろ限界に近づくにつれ、私の気持ちは次第に歪んでいった。


なんで私がこんなにいじめられないといけないの?

笑われて、見下されて、ストレスの鬱憤にされる…こんな事なら潤実なんて助けに行かなければ良かった!


「ご、ごめんなさい…」


私は女子達に頭を下げるしかなくなった。

いじめからは解放されたい、もうこんな目にあうのは沢山だ。


「私は海溝潤実を助ける為にここに来ました…でも今は後悔している…」


皆は怖くてビクビクとした私の姿に悦に浸るように見下す。


あんな子を助ける為にこんな羽目になるなんて…はじめからあの子だけ地獄を見れば良かったのよ!


「だがあの小娘はもうアトランテォスの生贄になってるぜ?残念だなあ♪」


皆は笑う。


「そうね…今の私にはどうでもいい…海溝潤実なんて子私の中には既にいなかったのよ…」


私は絶望と後悔に打ちひしがれていた。

心の中に思った事は言葉に出した事と思ってくれて構わないわ。


海溝潤実SIDEーーー


私は頭の中が暗闇で淀み暑さも寒さも、なにもかもが感じなくなってしまっていた…。


みんな私がいけなかったんだ…いつも助けられて…迷惑かけてたらこうなるのは当然なんだよね…私はいつも自分の事しか考えてなくて…良い子のふりしても性格は最悪のままで…だから嫌われて…。


奈照さんにも見離され…彩華さんにも最後まで嫌われたままで…きっと私が弱くて悪いからこうなったんだ…。


サキュラは何があっても私を見捨てない…そう信じてたのは甘えだった。


私は強くならなきゃ…嫌われても前みたいに泣いたりしちゃいけない…。


子供のままでいちゃいけない…見た目は子供でもしっかりしたサキュラみたいにならないと…!


そうだ、悲しい時こそ歌おう…サキュラ…貴女との思い出を刻む為に私は歌うね…。


歌ったところで貴女とよりを戻せる事は無い…でも私は今まで貴女と共に過ごした事を忘れない…。


そんな時私の前にまたアテナ様が姿を現した。


『私もかつては嫌われていました、歌いなさい…そして胸に刻みなさい…この悲しみを!この思い出を!!』


欠点も落ち度も無いのに嫌われてた子だっている!

私は泣いてちゃいけない!歌うんだ!この苦しみを胸に刻み込んで!!


涙の水面に映る私ー海溝潤実イメージソングー


歌詞:東堂花穂(敬省略)

*甘茶の音楽工房素材曲に歌詞付け。


ポチャン 水面はMIRROR

ポチャン 映し出すHEART

ポチャン 見つめれば裏の裏

ポチャン 正義さえ悪となる


規則的な水の音

変わらない水の音

壊したくなかったのに

ポチャン 引きずり込まれるように



水面が揺らいだ 降り注ぐ雨音

水面を叩いた 私だけの雨

歪み切ったMIRROR きっともう何も映さないけど

ポチャン それでいいって思えたんだ♪


ーーー


これは私が曲を聴いて気に入った音楽素材の曲をファンの方に歌詞付けしていただいて私が歌うようになった曲の一つだ。


私はこれから強くなるという意志を込めて…そして思い出を忘れないという気持ちを込めてこの歌を歌う。


するとどうだろう…サキュラをいじめていた女子達はうっとりとして眠りに落ちた。


そしてサキュラはぼそっと一言。


「この歌声は…心が洗われるかのよう…誰が歌っているの?」


私の歌声…ひょっとして船中に聴こえてるの?

アテナは耳打ちする。


『サキュラさんが貴女の姿を確認するまではこのまま歌い続けるのです、私はこの姿を具現化しサキュラさんにも見えるように致します』


アテナは念仏のような言葉を唱える。


アテナ様はサキュラに見えるように姿を具現化させる。


「アテナ…様!?」


サキュラはアテナの姿を確認するや、やや表情が固まる。


私を皆と一緒に責めててアテナ様に聞かれたのを躊躇しているのかな?


ちょっとショックだったけど大丈夫、私はこうして歌ってる!


「お久しぶりですサキュラ様、貴女がたの健闘を影ながら見守っておりました!」


一方のアテナは何事も無かったかのように振舞ってサキュラに述べる。


「サキュラさん…貴女も女子達から聞かされた通り海溝潤実様はデジェウスに捕らえられ、アトランテォスの原動力と生贄にされてしまいました…」


「………」


サキュラは無言のまま俯き、彼女の話をただ聞いている。


ただ、アテナ様の前で正座して足の太ももに引っ付けたその二つの手が強く握られている事から、とある感情がサキュラを襲っている事が見てとれた。


「でも魂のみとなった海溝潤実は今私達の前にいます」


「…え…」


サキュラは上を見上げ、彼女にしては珍しく間の抜けた表情をアテナや私に見せた。

それで、手の力が緩んでいるのが見えた。


心は読めても見えないものは見えるなんて事は無かったんだ…。


「私の手に触れると霊が見えるはず…さあサキュラ様…私の手に触れてごらんなさい…」


アテナ様は少し微笑をサキュラに見せ、手をさしのべる。


手に触れると霊が見える…やはりこの人は蓮香ちゃん…子供の時から霊が見えてて、兄の陽輝にはそれで避けられる事もあったようで気の毒な事もあったけどそれで人の役に立てた事もあったんだよね蓮香ちゃん…。


サキュラは恐る恐るアテナ様の手に触れる。


「潤実…」


サキュラは私の姿を確認出来たようで、また体が固まっているのが見えた。


「サキュラ…私は気にしてないから安心して…私の方こそいっぱい迷惑かけてごめんね…それで、最後のわがまま聞いて欲しいの…」


私はサキュラに船の一部となって知った事をサキュラに話した。


それは人の運命を変えてしまう「バアルの書」が船内のいずこかにあって、それが私の過ごしてきた半生に悪影響を及ぼしているという事だ。


私はその事実を知って少なくとも戦慄は覚えたが、どうりでと納得も出来た。


そのバアルの書を書き直し、私を救って欲しいと言うもの…もっとも、それを実行するとなんらかのリスクが発生するそうだけど…。


私は唾を飲み込んでサキュラに一つ一つを語った。


デジェウスSIDEーーー


部下が捕らえてきた海溝潤実を手足を広げ拘束し、その苦しむ様をいたぶって楽しんでいた。


しかし海溝潤実は「思い通りにはならない!」となおも反発しだす。


ずっと玩具にし、使い物にならなくなるまで弄んでおこうと思ったが、自分を美少女だと思って驕る奴はこうだからいかん!


こいつはもう「アトランテォス」の生贄にしてしまおうとかかってあるロックを解除した。


するとアトランテォスは待ってましたと吸入針を出現させて女の体の至るところにぶち刺し、女の血を吸い取り生命力を吸っていく。


ワシに楯突くからこうなるのだとシクシク泣き出す海溝潤実を見て悦びに浸り高見の見物をしていたのだが何をとち狂ったのか、海溝潤実は突然歌いだした。


この女突然歌いおって!?冥土に旅立つ前に未練を残さぬようにと歌っておるのか?


まあそれも良かろう…思う存分歌うが良い…。


しかしこれは一体何の歌だ?

心が洗われるような…。


赤ん坊の頃を思い出す…。

人は誰でも無邪気だった時代がある、ワシも例外では無く母親に甘えていた時期があった。


その時に歌ってもらった歌声がなんとなく似ている気がする。


ワシは何をやっていたんだろうな…。


ワシに一時気の迷いが生じた。

これでは皇帝失格じゃ…。


ワシは再びロックをかけようと手を伸ばした。


その時扉がバァンと開いたと思ったら一人の若造が乗り込んで来てワシに啖呵を切りだした。


「見つけたぞデジェウス!!か弱い女の子をこんな目に遭わせやがって!このドッシュが生かしちゃおけねえ!覚悟しろ!!!」


ドッシュと名乗った若造は棒を構え激しい怒気を纏いてワシに刃向かおうとする。


ワシはロックしようとした手を離し若造の相手をする事にした。


「ふん、青二才がワシに向かおうと言うのか…良かろう相手になってやる!!」


コイツは見たところ猫のインスマス…猫のインスマスは身軽で身体能力は高い…しかし知性はあまり高く無く適応能力にやや劣ると聞く。


まあ良い、ワシに喧嘩を売って来た以上無事では済まんという事を思い知らせてやろう。


これまでそのようなやり方で皇帝の座を奪ったのだ。


ガニメルとて例外では無い。


「喰らえぇ!シャドウガイスト!!」


ドッシュは黒いモヤを発生させて目くらましを行う。


「甘いわ!スキルミュート!!」


ワシは手を突き出しスキルを発動、するとドッシュの放った黒い煙はたちまち消えていった。


「ぐあっ!!」


ドッシュはワシの掌底に突き飛ばされるが一回転し、身軽に着地した。


「やるじゃねえか!」


ドッシュは笑みを浮かべて立ち上がる。

フン、ハッタリを。


「忍法影分身!!!」


ドッシュは自分を数体に見せてワシに仕掛けてくる。


そうか、この男の技の真髄それは相手からの攻撃を削ぎ闇討ちすると言う影の力を持つ異能インスマス


何体もの数のドッシュが棒での攻撃を矢継ぎ早に仕掛けて来る。


ワシは一発二発のドッシュからの攻撃を避け一体目のドッシュを蹴り飛ばす。


「うぐぅ!」


蹴り飛ばされたドッシュの体は潤実にぶち当たる。

潤実を刺していた先端が更に奥に刺し込まれ潤実は喘ぎだす。


こんな所で戦っているとこの娘は…いや何考えてるんだこんな小娘の為に…。


「おおおぉ!!」


更にもう一体のドッシュが 儂めがけて足を踏み込みながら棒で激しくスイングする。


間一髪の所で避けもう一体のドッシュがジャンプして棒を振り下ろす。


それも左に躱し、儂に躱され尚も風を切るように振り下ろされる棒はもう一体のドッシュに当たり、そのドッシュは消滅した。


一方潤実はこうべを項垂らせたまま何も語らず、声も出さずにいる。


こやつついに生命力を吸い尽くされたか?

いや、よく見るとこの女の体から蒸気が。


苦しみもがいた挙句びっしょりとかいた脂汗が蒸気となって上に上がっているのか?

いやこれは蒸気では無い!


奴の異能だ!


サキュラSIDEーーー


私はアテナ様の手を触れる。

アテナ様は子供の時から霊が見えて、交信が出来ると言う。


彼女の手を触れると霊感が強くない者でも霊が見えて、ある人は忌み嫌い、ある人は好奇の目で見ると言う事が多かったらしい。


でも私は別段気にはしない、色々な人を見てきて良い人も悪い人も見てきて分別は付いてきたから。


ただアテナ様は後者では無い、だから私は平気だ。


アテナ様の手を触れた途端景色がガラリと変わり、いない筈の人物が見えだした。


「潤実…」


海溝潤実だ。

潤実は哀しげな目で私を見つめている。

大きな小動物のような姿はいつもは視閲の題材にしていたのだが今は違ってて…。


私は胸が締め付けられるように苦しくなり、今は潤実と顔を合わせたく無いと言う気持ちに襲われてしまっている。


私は潤実と合った途端視線を反らしてしまう。

今は気まずい…。


「気にしないよ、サキュラ…」


潤実はいつもの優しい表情で私に囁きかけてきた。

それでも私は気持ちが強張ったままでどう潤実と顔を合わせれば良いのかわからない。


その時私の前が真っ暗になると共に温かく心地の良い感触が伝わってきた。


潤実が抱きついてきたのだ。

私が私らしくもなくしどろもどろとしてしまい、自分が動かなければと抱きついてきたのだ。


「ごめんねサキュラ…いつも私の為に動いてくれて…」


潤実は少し嗚咽をあげながら私に囁きかけてくれる。


温かい感触とともに潤実が体を少し震わせているのを感じる、緊張ではない…胸が高まっているのだ。


「潤実…お姉…ちゃん…」


私の口からつい「お姉ちゃん」と言う言葉が出てきてしまった。


いつもは抱きついてきようものなら何らかの拒絶反応は示してしまうが今の潤実の前では何故か抵抗も無く受け入れてしまう。


なんだこの気持ちは…。

しかし謝らなければ…他の女子と強制連帯とは言え一緒に潤実を責めていた事を。


「潤実…ごめんなさい…私他の子と混ざってて貴女を責めだしてしまっていた…」


潤実は私の頭を優しく撫でてくれた。


「勇気あるねサキュラ…凄い子だよ…」


勇気あるのは貴女の方、私はさっき貴女を避けてたのに…そんな私を抱きつきに来てくれたのだから…。


そんな事…なかなか出来ない事だよ…。


私も感極まり嗚咽を上げてしまう。


そんな私達をアテナ様は互いの成長を喜ぶように優しく微笑みかけていた。


しかし異変は起こった。


『侵入者アリ!侵入者アリ!排除セヨ!排除セヨ!』


ブザーと共にアトランテォス中に侵入者排除のアナウンスが轟きだしたのだ!


「時間がありません!早くバアルの書を書き換えるのです!」


アテナ様がそう言う。

ずっと潤実とこうして居たかったのに、神は残酷だ。


しかし捕まったら私達は今度こそ最後だ!

だから潤実に次々と起こる災厄の根源、バアルの書を書き換え、潤実を救わなければならない、いや、世界を救わなければならない。


それによって世界のバランスも崩れているのだから!


「ごめんねサキュラ!私に協力してね!!」


「何水くさい事言ってるの?仲間でしょ!?」


アテナ様の手を繋ぎ、潤実の思念が見えるようになっている私は必死に潤実が走るのをついていく。


ハァハァ…!


私は体力はどちらかと言うと無くて、潤実やアテナ様についていけれなくて息を切らしてしまう。


「大丈夫?休みましょうか?」

「サキュラ!?」


私は二人のお姉さんに迷惑をかけてしまう。


「私は平気…早く急がないとならないんでしょ…?」


私は痩せ我慢する。


「仕方がありません!」



すると私は一瞬浮遊感に襲われる。

その瞬間私はアテナ様に背負われたのを知った


「アテナ様…すみません…」


「貴女がたの為ではありません、世界の命運がかかっているのです、潤実さん、気にせずに案内してください!」


潤実はコクリと頷き私を背負ってくれたアテナ様を導き走り出す。


ドゴオンッ!!


その瞬間、壁が横からぶち破られると共に何かが私達の前に放り出される。


!!!


一体何が起こったのかと立ち止まり目をパチクリさせる私達。


前には青年がボロボロの状態で横たわっていた。

何らかの兵器で吹き飛ばされたのだろうか?


「大丈夫ですか!?」


アテナ様がすぐに駆け寄り、異能で青年の傷を治療する。


よく見るとこの男はドッシュ!?


さっきは潤実がいると勘違いして女子更衣室に乗り込み、興奮状態となってブルマを頭に被せたまま走り去ったけど。


「!!潤実?アンタ捕らえられているはずじゃ!?」


ドッシュは潤実を見て驚く。


今は治療でアテナ様の手に触れられている為霊魂の状態の潤実が見えるらしい。


「そうですが私の手に触れたものは見えないものが見えるの」


実体の潤実は今デジェウスに捕らえられていて身動きが出来なくされ、責めを受けていると言う。


そこにいる潤実は霊魂の状態の潤実、半透明な為霊魂とはわかる。


「今は生き霊の状態でここにいるけど助けないと彼女はこの世から消えてしまうわ、だから急いでいるのよ!」


「しかしそっちの方向は違うぜ?」


ドッシュは首を傾げる。


「そうじゃないの、ここにはバアルの書があってそれが私達の運命、いや世界の運命を捻じ曲げているの!!」


そこで潤実が口を開く。


「何のことだ?」


ドッシュは疑問を投げかける。


「バアルの書を書き直さないと世界は間違った方向に進み、星はその反動に耐えられなくなり死んでしまいます!だからそれを書き直す為に進んでいるのです!」


アテナが続いて説明した。


「よくわからんが大変な事みたいだ、だがこっちも大変な事になってる!」


ズシンッ!


その時大柄の男が姿を現した。

褐色の肌、白い鎧、立派な白髭に銀髪を備えた男がほくそ笑んで私達の前に現れたのだ。


「この小童が、逃しはせんぞ!」


この男の目…あの江戸華喧華にも似てる…殺気を含んだ目が…!


その時アテナ様は私を降ろし、ドッシュに放つ。


「ここは私に任せてあなたがたはバアルの書を書き直しに行ってください!!」


「姉ちゃんには無理だ!ここは俺が!!」


ドッシュは止めようとするがその前にアテナ様は激しい闘気を全身から噴出させ、周囲に風を起こしその為ドレスがバタバタと踊り長い髪をなびかせた。


「私の事なら大丈夫です!せいっ!!」


アテナ様は盾でデジェウスの巨体を突く。


「ぐわあっ!!」


デジェウスは女性としてはやや長身とはいえ自分より一回り小柄なアテナの盾の突きに地に尻をつく。


「すげえ…」


ドッシュはアテナに憧れの眼差しを向けるがアテナは「急ぎなさい!」と口走った。


「ドッシュ!アテナ様に任せておきましょう」


アテナ様一人では心配なのだが、私達が手助けしたところで足手まといにしかならないしバアルの書を書き直しに向かった方が得策だと悟った私はドッシュの袖を引き、急がせようとした。


「バリア!!」


アテナ様は一瞬だけの効果のバリアを貼り、デジェウスが前に出れないようにする。


「私に触れないと潤実は見えないはず!これを持って!」


アテナは私にお守りのようなものを手渡す。


「そのお守りは私の大事なもの、なので私と同様持ち続ければ潤実さんの霊魂も見える事が出来るはず!先を急ぎなさい!!」


アテナはそう私達に諭した。


「ありがとうアテナさん!サキュラ、ドッシュ!ついてきて!!」


潤実は私達を案内しに走った。

なるほどアテナ様に触れなくてもこのお守りを持ってれば霊魂ぬけがらの潤実を見る事が出来る。


私達は潤実に案内されてバアルの書斎へと急いだ。



デジェウスSIDEーーー


儂は生意気なドッシュと言う若造の息の根を止めに向かったが思わぬ邪魔が入った。


その対象は見目麗しき婦人、しかし奴から溢れる闘気は恐怖を覚える程であり、そいつは鋭い目線で儂を射抜くように睨んでいた。


しかしその藍色の髪にその顔立ちに儂は見覚えがあった。


「久しぶりだなぁ!破壊の巫女!!」


儂はその破壊の巫女を威圧仕返さんと立ち上がり、闘気を放った。


「破壊の巫女…そう言われていた時期もありましたね」


しかし目前の破壊の巫女は怯みもせずにその華奢な身体からは想像も出来ない程の巨大な威圧のオーラを放ち続けている。


ゴオオオオオォ……。


儂と破壊の巫女の周りは風が吹き荒れ、小さな雷が走り、空間が歪む。


互いに威圧のオーラを放ち周囲に近づく者はいかなる者でも恐怖に怯え、虫もネズミも入る余地を許さない。


「くああぁ!!!」


儂は破壊の巫女、アテナに負けじと闘気を放って見せる。


しかしアテナはそれをカウンターにして返すかの如く大きな闘気で跳ね返す。


「無駄です、貴方と私とでは経験が違い過ぎる」


アテナは澄ました顔でそう言い放ってきた。


「経験だと!?嫌われ者が…妹が!経験の値でこの皇帝デジェウスに勝る筈が無い!!!」


しかし自分でも気付かない内に自身に異変が起こり始めていた。


儂の足に装着している足当てがコツコツと鳴る。

む?な、何だ…?


馬鹿な!儂の足が震えている!?


「な、何だと!?この儂の足が震えている…!?」


儂は自分でもわからない内に足が震えていた。

妹に闘気で押されたと言うのか!?


「デジェウス、これが恐怖と言うものです」


アテナは鎧の更に上に闘気と言う名の鎧を纏い鋭く言い放つ。


恐怖だと!?儂は認めん!


「儂は認めんぞ!お前などに闘気で押されるなど!!」


どれだけ威圧を放ってもアテナはビクともしない。

過去のアテナからは想像も出来ない…しかし心のどこかで儂は悟っていた。


儂とアテナの違いを…。


アテナは幼き頃から嫌われ者だった。


破壊の巫女と恐れられていた所以に集団虐待を受け、親でさえ冷たい目線でアテナを見下ろし、いじめを受けたとアテナが訴えてもいじめられるのが悪いと冷たくあしらう始末。


儂はアテナとは逆で周囲にもてはやされ、何かしら恩恵を受け、親からも妹と見比べて賞賛される事が多かった。


逆に言えば儂は甘やかされていた。


アテナは自分だけ傷つけば良いと日々耐え忍び、この兄の目を持ってしても気付かぬ間に周囲に打ち勝つ負けん気と如何なる猛獣も怯ませてしまう程の威圧感を身につけてしまっていた。


アテナ程どれだけ傷つけられても気高い精神を保ち続けようとすると普通の人間ならばどこかで精神に支障をきたし、崩壊してしまう。


しかし崩壊するどころか精神を鍛えて抜かれたのは「巫女」たりえる精神力か。


「くそうっ!こうなったら武力行使で貴様の息の根を止めてやる!!!」


儂は脅しでは無く、本気でアテナの息の根を止めようとめがけた。


儂は闘気を衝撃波とせ、アテナを吹き飛ばそうと放つ。


しかしアテナは闘気と言う鎧で退きもせず、傷つくのを恐れず儂に歩む。


「言ったはずです!貴方と私とでは経験が違うと!

!」


「ほざけ!!」


華奢な体型に巨大な闘神を備えたアテナにありったけの豪腕を振るう。


その時アテナの背後に獣のような存在がアテナを守るように現れる。


「!!!」


その時激しい電撃を喰らい腕に火傷を負ってしまう。


「なっ!奴はピカライオン!!」


なんとピカライオンがアテナを守るように宙に浮いていた。


そしてアテナは手を儂に向かい突き出す。


「うぐぐ…!?これは念力…!?」


その時アテナの肩には犬の突然変異種がピンク色の煙のような気を揺らめかせ乗っていた。


「ぐわあっ!?」


儂はアテナに念力で宙に放り投げられる。


「なっ!お前は…!」


儂は更に白い煙で覆われたロップイヤーを目にする。


ロップイヤーは耳を巨大化させ、儂の全身を激しく叩きつける。


儂の210cmの体躯に105キロの体重をもバレーボールを打ち付けるかの如く打ち落としてしまうロップイヤーの巨大な耳。


儂は大地に着地をとるが勢いが強く、着地した足がビリビリと振動を伝い、足が地にのめり込む。


アテナの周囲には彼女と共に戦ったとされる「強敵とも」の姿が幻影となって現れていた。


「諦めなさい、勝負は既に見えている」


アテナは勝ち誇ったように儂を見下ろす。

儂は一時悔しさを覚え歯ぎしりをするが儂にはアテナには無いものを持っている事にすぐさま気づいた。


なんだ、ごく簡単な事ではないか。


今までの経験で彼女と儂との徹底的な違いに何故これまで気づかなかったのか…?


いやとうに気づいていた。

しかしアテナの威圧に少なからず押されて思考が狭くなっていただけのことだ。


アテナには威圧で押しても実力で押してもビクともせず逆にアテナは何もせずとも威圧でこの皇帝デジェウスをも怯ませてしまう程の凄みがある。


そう言った面では確かにアテナが上であろう。


しかし儂とアテナを比べてもアテナには絶対勝てないものが儂にはある。


それは…。


「うわあん!うわあん!!」


儂は大声で船中を轟かせるかの如く泣き喚いてみせた。


「泣き落とそうとしても無駄です!」


アテナはすわった目付きで儂を見下ろし剣を抜き出す。


しかしアテナよ、今に儂とお前の徹底的な違いを思い知る事になろう!


「如何なさいましたデジェウス様!!」


すぐさま部下達が泣き喚く儂の元に駆け寄ってくる。


「女!貴様!!」


部下達は剣を握りしアテナを見るや武器を構えて威嚇する。


「この女が儂の命を狙っている!捕まえてくれ!!」


儂はビクビクと怯えるフリをしてアテナを捕らえるように部下に命ずる。


「女!貴様っ!!」


鋭い剣幕でアテナを捕らえる優秀な兵士達。


「くっ!デジェウスっ卑劣なり!!」


アテナは複数の部下に異能で縛りつけられ、身動きを取れなくされる。


「ふははっ!お前がどうあがいても儂にたどり着けないもの、それは「人脈」なり!!」


そう、アテナが儂に敵わないもの、それは人を従える能力、人脈だ!!


儂が泣けば部下が駆けつけてくれる、おねだりをすれば何でも買って貰える、危機に瀕すれば命懸けで助けてくれる。


それはアテナがどれだけ求めても叶わなかったものだ。


実力はあっても人脈のないアテナはもぬけの殻も同然!


アテナはそのまま部下に捕らえられ制裁を加えられる事になった。

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