ルルイエの少女
海溝潤実SIDEーーー
とめどなく溢れる赤黒い液体……。
錆びた鉄の臭い……
生温かい液体を浴び、何度も何度も息の根を止めにかかる自身……。
男の赤黒い液体の中に僅かに見え隠れする中身……。
私はあの現実にあった出来事、そう自分自身を失った時の悪夢にうなされていた。
「うわあああぁ!!」
私は悲鳴を上げて起き上がってしまった。
あれ…ここは…そう、病院だ。
私は刑務所に送られる前に精神鑑定を受けに精神病院に入れられていた。
あの時以来、その夢ばかり見てしまう。
うぷっ!
私は吐き気を催し、流しにて戻す。
ハァハァ…気持ちが悪い…。
自分自身が嫌になる…死にたい…何であの時あんな事を…。
気がつけば寒い…私は寝ている間に沢山の汗をかき、体はベタベタだった。
シャワーを浴びよう…。
汗をそのままにしていては風邪を引くし衛生にも良くない…。
でも…私の悪夢はいつ終わるのだろう…?
???SIDEーーー
長いサラサラの髪がなびき、甲高い悲鳴が轟く。
月光で照らされたしなやかな体躯は汗を帯び、踊る女神像かのように眩く魅惑する。
少女に魅了された男の群れは盛り、猛る。
それに相反し、その地には干からびた男達が転がっていた。
少女は毒蜘蛛の化身か、華奢で年端のいかない少女にも関わらず如何なる美女も恥じらう色気を撒き散らせ、如何なる男も獣と変化させた。
しかしその男達は餌につられた後に魂の抜け殻となり、朽ち果てていった。
「ふう…これで[餌]は補充出来たかしら…」
水色に近い白肌、水色の髪、魚の尾びれのような耳を携え、西洋の美少女を思わせる顔立ちをした少女は自身の濡れた体を見据える。
「この身体ではあの子に会えないわ、シャワーで汗と臭いを消さなきゃ…」
少女はシャワーを浴びて汗と臭いを隅々まで消し、サッパリとした表情でシャワー室から出て、純白のドレスを身に包んだ。
「時は一刻を争うわ…インスマスをこの日本にのさばらせてはならない!」
少女の真上では青白い満月が照らされていた。
再び潤実SIDEーーー
シャワーを浴びたは良いがまたあの悪夢を見そうで怖い…寝られない…何か読もう…と言うことで私はゼウむすを読み耽っていた。
私としては蓮香と言う主人公に共感する。
私と同じ嫌われ者…。
仲間と出会い、旅を通じて動物達と共に成長していく話…。
良いなあ…私にも陽輝さんのようなお兄ちゃんがいて、真澄さんや稔彦さんみたいな心許せる人と出会えたら…。
でも…蓮香ちゃんは嫌われ者といってもしっかりしているし、可愛いし、何より賢い…。
何もかもが私とは大違いだ…。
私は口下手だし、鈍臭いし、蓮香ちゃんみたいに可愛くないし…。
私のような人、稔彦さんや真澄さんのような人でも受け入れてくれないに違いない…。
『そんな事ないわ』
そんな時どこからだろうか、女の子の声がした。
「蓮香ちゃん?」
私は声の主が蓮香ちゃんなのかと本気で思った。
「こっちよ」
私を誘う少女の声、振り向くと水色の髪に白い肌、蒼い瞳の妖艶と言った感じだろうか?
まだ年端のいかない少女なのに大人の色気を醸し出した少女が純白のドレスを身に包んでそこに立っていた。
私の目には、その姿は人間の少女と言うより、妖精にも見て取れた。
「あ、貴女は何処から入ってきたの!?」
突然見知らぬ少女が部屋にいるのに驚く私。
「怪しい者じゃないわ、貴女、悪夢にうなされているんでしょ?」
この女の子…どこからそんな状況を?
ひょっとして家族の知り合い…とか?
そんな事を思っていると「そうじゃないわ」と発言が返ってきた。
「ひょっとして心が読めるの?」
私は女の子に聞いてみた。
「おかしい?」
やっぱりだ!はわわっ恥ずかしい…!
「心配しなくても良い…色んな人の心を見てどんな人も一癖二癖あるのは見てきているから…」
少女は無表情真顔のまま放った。
「その悪夢、私が取り払ってあげる、その代わり、私と契約を交わしてほしいの」
女の子は言い出した。
「けい…やく?」
少女に問う私。
「そうそう、私はサキュラ、ルルイエ人よ」
少女もといサキュラは名乗った。
「ところで契約…て何をするの?」
私はサキュラに問い質す。
「インスマスと戦って欲しい」
サキュラは唐突にこんな事を言うではないか。
「戦う…て?」
「言ってしまえば…粛清よ!」
「ちょっと待って!インスマスと言われてもインスマスって何?それと粛清とか…どう言う事!?」
見知らぬワードばかりで、しかも会ったばかりの女の子に頼まれても混乱するばかりだ。
「順を追って話さなければならないみたいね…」
サキュラは私に伝わるように順を追って説明をした。
ーーー
「え…?」
サキュラから聞かされた話に私は血の気が引く思いが渦巻いてきた。
「貴女にこんな事お願いするは気が引くわ…でも今のところ頼めるのは貴女しかいないの」
申し訳ないと言った感じに声を落とすサキュラ。
「冗談じゃないわ!人を殺して…身も心も傷ついているのに…私女の子なのに…戦えって!?…貴女…そんな事言われてはいそうですかと受け入れられるはず無いじゃない!!」
サキュラの話はこうだ、自分の国の王が人をインスマスにして世の混乱を目論んでいる…そうなると日本もルルイエの手に落ちてしまう。
それを阻止するにはインスマスを元に戻す力を持つ人間の力が必要になる。
その力をこの私が秘めているらしく、インスマスと戦って元に戻していって欲しいと言うのだ。
よくわからないけど重大な話らしい…しかし人を殺した生々しい悪夢がこびりついて離れない私にこのような相談は無理にも程がある。
こんな事を平気でお願いしてくる女の子…一体どう言う神経しているのだろう!?
半狂乱になりながら怒声を上げているとサキュラの目は鋭く私を居抜き、このような事を言ってきた。
「私には貴女の未来が見える…貴女の未来…教えてあげましょうか?」
サキュラは声を低くして刺すような瞳で私を睨み、放つ。
「貴女は刑務所で過ごす事になる…しかし他の
私を見据え私に襲うだろう最悪のシナリオを次々と放つサキュラ。
「やめて!これ以上言わないで!!」
私は耳を塞ぎ、ヒステリックに声を荒げた。
「なら私についてきなさい、その方が貴女にはメリットとなる!」
サキュラはこう私に言った。
「それと、このまま悪夢を見続けていてはこの先の戦いに影響を及ぼすから貴女から一部の記憶を消しておくわね」
じっとしていなさいと言われじっとしているとサキュラは手のひらを私の額に向けた。
サキュラの手の平に淡い水色の光がたたえ、私の悪夢の元になる記憶が抹消されていく。
私は肩の荷が下りたように体が軽くなる感覚を覚えた。
一方、何故私がここにいるのかわからなくなっていた。
「それともう一つ教えてあげましょうか、貴女のよく知っている人物が二人、インスマスとなって貴女達人類に牙を向けている…」
よく知っている…?
「一人は大文字修羅、そしてもう一人は江戸華喧華よ」
「え?どうしてあの二人が!?」
「ルルイエの民は心に闇を持つ人間を誘い込み、インスマスにしていっているのよ」
「そんな!江戸華さんはアレでもとても良い人よ!あの人に心に闇があるだなんて信じられない!」
それを聞いたサキュラはハァっと溜息をついた。
「噂には聞くけど日本人は人の中身を見ようともせず権威で人を判断する、貴女もいい手本ね」
悪態をつかれた気持ちになり悔しくも何も言えなくなる私。
いや、江戸華さんは生真面目で厳しいだけで本当は良い人だ。
入りたての頃、私に親切に声をかけてお菓子を分け与えてくれた。
あんなにぶっきらぼうになったのは私の要領が悪いからだ。
あと、私が襲われている時も助けてくれた…そして「ごめんね」と哀しげな声で囁いてくれた…だから…。
私の目に熱いものがこみ上げてくる。
「潤実さん、あの人を信じたいのはわかるけど…人を見る目も養わなければならない、そして、自分自身を見る目もね」
自分自身…?
私はわかっている、自分自身鈍臭くて、気が弱くて、何も出来ない悲劇のヒロインもどきだってことは…。
「いいえ海溝潤実、貴女は自分自身が思っている程駄目な子では無いわ」
優しい声でサキュラは放つ、まるで母親のような、温かい眼差しを向けて。
言い添えた後、サキュラは私より小さく華奢なその手で私の手を引いた。
サラサラして、少し冷んやりしたサキュラの手はまだ年端のいかない少女そのものだった。
しかし冷徹さを持ちながら優しい一面を覗かせる老熟さを持ち合わせたサキュラに少なからず惹かれていく自分がいた。
「行きましょう!間もなく貴女は拘置所に送られる、その前にここから出ないと私の予知した未来のようなシナリオとなってしまう、その前に!」
サキュラは真剣味を帯びた切れ長の瞳を私に向けて放つ。
私は何がなんだかわからないままサキュラの手を握り返し、私の手を握るサキュラの進むまま足を進めていった。
何も無い筈だろう物置のドアを開くとそこからは光が差し込み、石柱や特殊な石で出来ているだろう真っ白な広い部屋へと続いていた。
「あれ?こんな部屋あったっけ?」
私はだだっ広い部屋を目で見渡す。
私の送られた精神病院は古くて小さな病院、まさかこんな広くて綺麗な空間があるとは思えなかった。
「いいえ、ここは私達ルルイエの礼拝所、あらかじめ
なるほど私達の渡った後のそこにあるはずの物置のドアは消えて無くなっていた。
だだっ広いこの空間には、私達以外の人がいる気配は見られなかった。
私達二人の足音のみが広く響き、周りは白く長い石柱が天井を支えるように建っている。
それとこの空間は昼のようで、部屋の隙間から日が差し込んでいて、それによって部屋中を照らしていた。
確かに今は日本では夜の筈…そう考えるとワープホールでワープしてきたと考える事も出来る。
しばらく同じ風景が続くが歩いている内にやがてジャーと水が流れる音と更に上から日差しが差し込むところに幻想的な風景が目に映る。
色とりどりの綺麗な花が植えられ、大理石で作ったその場に透き通った水が囲い、大きく厳かな半魚人の石像の口から水が滝のように流れ、囲いに溜めていた。
「私達ルルイエ人は力を得る前にこの水で身を清める…力を使い誤らない為にね…」
綺麗な見晴らしに目を見開く私とは裏腹にサキュラは相変わらずのポーカーフェイスで淡々と語る。
次にサキュラは私に言ってきた。
「何しているの?服を脱ぎなさい」
「え?ここで……?」
「そうよ…服着ていると清められないでしょう?」
確かにそうだがこのだだっ広い空間で服を脱いでしまうのは抵抗がある。
「だ、誰かに見られたりしないかな…」
「心配ない、私達しかいないわ」
真顔のサキュラ、私はこなくそと言う思いで服を脱いだ。
「中々綺麗な身体しているわね…」
サキュラは服を脱いだ私の姿をマジマジと見る。
私は恥ずかしくて胸と股を手で隠す。
「あ、あんまり見ないで…」
恥ずかしくて頭が焼けてしまう思い、確かに私達しかいないんだろうけど
私を見て何を思ったのかサキュラが感心するような口ぶりで言ってきた。
「貴女その容姿なんだからもうちょっと自信を持ってみたらどうかしら?逆に絵が上手くなくてもそれで稼いでいる人もいるんだから」
それってノファンの事かな?
いやノファンは無償よね?
だとすると誰かしら?
「余談は置いといて身を清めましょう」
サキュラはそう言ってきた。
私は囲いに溜まっている池に足を漬ける。
冷たい…これを全身に浴びろと言うのかしら?
風邪引きそう…とりあえず私は半魚人の厳かな石像の口から流れ出る水を全身に浴びようと足を進めた。
ジャブジャブ…水の冷たさに足は慣れてくる。
とりあえず全身も水に打たれる前に少しでも浴びて慣らしておこうかな?
座っても全身とは行かなくても身体半分くらいまで浸かってみた。
うう…冷たい…これがお湯ならどれだけ良いか…身を清めるにはどうしてもこの冷たさで無いと駄目なの?
「何やってるの?」
私を見ているサキュラが声を放った。
「像に背中を合わせて手を合わせながら水に打たれなきゃ意味ないわよ!」
そんな事を言うではないか!
私は泣く泣くサキュラちゃんの言う通り水に10分打たれてきた。
約10分打たれる事によって身は清められると言う。
解放された後はほろ酔いしたように心地良くなるわけだが安心するのはまだ早い。
その後私にいきなり事件が襲いかかるのだ!
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