インスマスの影
「別れよう…」
「え…?」
私の中の時が止まる。
「ど、どうして…?」
突然の発言に驚いた私は修羅君に問い詰める。
「アンタ、海溝潤実と言う女の子を知ってるだろ?」
海溝潤実…彼女は私の職場の嫌われ者でヘッポコ従業員だが男に襲われた時に男が使ったとされる不思議な
「海溝さんな、昔の馴染みの子なんだ」
そんな…海溝さんが修羅君の知り合いだったなんて…。
「嫌…!私修羅君と別れたくない!!」
私は修羅君にしがみついた。
しかし修羅君は何も言ってくれずそのまま電話を切ってしまった。
そんな…嫌よ!
もう一度電話をかけ直す私だが通話拒否にされ電話をかけることは叶わなかった。
ああなんて事…。
私は職場帰りに仲間とへべれけに酔い潰れる。
「喧華さんみたいな人をフるなんて見る目が無い男ねえ!」
「大丈夫よ喧華さんならもっと素敵な人見つかるわよ!」
「グスングスン!そうよねそうよね!」
女子仲間達は私を励ましてくれる、そうよね!
私こんなに頑張ってるんだもん!
「悪いのはあの子よ!仕事で散々嫌な目に遭ったからって何も喧華さんの見ている前で人殺す事ないじゃない!」
「あの子暗いし不気味だからいつか何かやらかすだろうとは思ってたのよねぇ!」
「喧華さんも気の毒よねぇ下手に事件に巻き込まれちゃってねえ!」
矢継ぎ早に海溝潤実の陰口といった形で私を励ましてくれる女子仲間達だがその時思わぬ恐怖を私は覚えてしまう。
ナイフで狂ったように矢継ぎ早に突き立ててた見知らぬ海溝潤実…。
鈍臭くむかつくくらい大人しいあの子の剥き出しとなった本性…。
あの娘の顔は思い出したくも無い…怖い…。
陰口を言い続けるといつあの娘が私を殺しに来るかわからない。
私は情けないことに雪の中にいるように身震いして縮こまってしまった。
「どうしたの江戸華さんっ!?」
私を覗き込み心配する同僚。
「…いや、ちょっとこの部屋冷えるなって…」
私は笑って誤魔化した。
「そうかな?暖房が効いてて寧ろ暑い位だけど…」
「風邪でも引いてるんじゃない?」
同僚仲間は訝しげに私を心配するが今は海溝潤実の話はしたくない。
それより話題を変えなければ…。
「そ、そんな事より別の話しましょう!それより交換日記面白くなってきたわねえ!」
海溝潤実を思考から離したかった私は別の話にすり替える。
「そうねえ、私エミリーちゃんをとても悪い子のようには思えないわぁ」
「私は奈美ちゃん派かなあ?中学生らしくて可愛いよねぇ♪」
私が話をすり替える度その話に乗ってくれる女子仲間達、そうねえ持つべきものは友よねえ。
なかじまあゆこさん作品で盛り上がったお陰か、酒が回ったおかげかとりあえず私は海溝潤実から思考を離す事が出来た。
「じゃあまた明日ねー!」
「地獄の仕事乗り切っていこー!」
私は仲間従業員と共にへべれけに酔い潰れ、それぞれの家に帰宅していく。
私はろれつが回らず理性もどこかに飛んでいたようで帰りの途中でゴミ箱を蹴り飛ばしたり店の看板やら自動販売機に八つ当たりをかます。
店の看板は倒れ自動販売機は使い物にならなくなった。
私に蹴られたゴミ箱からはゴミが凄まじい臭いを撒き散らしながら飛び出した。
これを見た人はおそらくびっくりする事だろう。
しかし今の私にはどうでも良かった。
その時、私の意識は遠のく。
ーーー
「あれ?ここは…」
薬品と言うのか、アルコールっぽい臭いが鼻をつく。
「病院かしら…?」
私は最初そこにいる場所が病院では無いかと思った。
薬品ぽい匂いが鼻をつき、何かの治療に使われているとされる器具、そして何やら難しげな厚い本が置いてある。
しかし私はすぐさま自身がおかしな事になっているのに気づく。
「あれ…?私手足を拘束されているっ!?」
そう、私の手足には
『目を覚ましたかね?』
そこで、人間のものとは言いがたい声が日本語で私に語りかけているのが聞こえ、ある人物がカーテンを開いて私はその姿を見て更に驚いた。
「!!!」
なんと入ってきたのは爬虫類のような緑色の鱗に覆われたような目がギョロっとして口の裂けたような顔の人物が白衣を纏って現れた。
「あわわ…」
私はその姿におぞましさを覚えた。
『そんなに怖がらなくても私はお前を殺しはしない、それどころか君を助けてあげたいのだ』
男は私を安心させるように言うがその顔でそんな事言われても信じられる筈がない。
『私は遥か
半魚人の男はこう言う。
ルルイエ族って何なの?
この男訳の分からないこと言ってるけどそんなの信じられる筈ないじゃない!
『いきなり言われても信じられないだろうね、今我々は人間の肉体を若返らせ活気を与える薬を開発したのだ』
男はそう言って薬を持ち出す。
「私を人体実験しようっての?」
私はゴポゴポと踊るその薬とおぞましい顔をした半魚人に恐れを抱き放つ。
『人体実験とは人聞きの悪い、人類開発プログラムと言ってくれたまえ!』
そう言って半魚人は液体の入ったコップを私に飲ませようとする。
嫌!まりりんか結愛ちゃん助けて!
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『まだ信じてくれていないようだね?』
当たり前よ!そんな夢話みたいな話…誰が信じると言うの!?
『宜しいならば教えよう…』
半魚人は目を細めて言葉を紡いだ。
『我々は世界を混乱させたせいで神々の怒りに触れ、このような姿に変えられ、地上で過ごす事が許されなくなった、その罪滅ぼしの為に我々は人を更に進化させる新人類プロジェクトを施行中なのだ!』
益々言ってる事がわからない!
『何言ってもわからないか…おおよそわかってはいたが…我々ルルイエの民と君達日本人は考え方があまりにも違いすぎる…』
半魚人は溜息を漏らした。
そして半魚人は液体の入った瓶をちらつかせる。
『これを飲むと良い…毒は入ってないしこれを飲めば君にも特別な力が手に入る!』
「いや、やめて!」
私は首をブンブンと振り拒否をする。
特別な力?それって人間を捨てるって事じゃないの!
『わからん奴だ!』
半魚人は手のひらを広げてそれを私に突き出し、そこから光を発した。
ビリリッ!
私の体が動かなくなる。
桜さん…助けて!
私は半魚人の変な能力によって大口を広げ天井を向いたままの姿勢にされ、液体の薬を飲まされた。
に…苦い。
『刺激が強すぎたか…しかし良薬口に苦しと人間の
「こ…効果って…あっ!」
私は体の奥底から血が駆け巡ってくるような感覚を覚える。
力が湧いてくると言うのか…私の手足を拘束している頑丈な鉄枷をも打ち破れるような感じが私を襲ってきた。
『どうだ…力が湧いてくるだろう…試しに君を縛りつけている鉄の枷を打ち破ってみせるが良い!』
「そ…そんな事…!」
『ものは試しだ、やってみるが良い!』
議論するよりやってみろって事?
やってやろうじゃないの!
「本当でしょうね?ギギギ…っ!」
私は縛りつけている鉄枷をぶち破らんと力を込めた。
ギリギリ…地面を固定している鉄枷が少しずつ破られていく手応えを感じる。
これはいけるかも知れない!
「ニギギ…っ!」
私は歯を食いしばり更に力を込めた。
ブチンっ!!
私は全身に血管が浮き出んほどに力を踏ん張り、ようやく鉄の地面を打ち付けていた鉄枷は外れ、腕を動かせるようになった。
『見事だ!これで君は「インスマス」として生まれ変わった!』
「い…インスマス?」
『ルルイエ語で「進化した者」の意だ!これで君は人間より一歩進化した!君の望む「正義」の施行も思うがままだ!』
何も言っていないのにこの半魚人、「正義」と言う言葉を使い出した。
「あ、あなた心が読めるの!?」
『我々ルルイエ人は心を読む事も出来る、君は望んでいただろう、正義の味方となる事を!』
それは勿論そうだ。
『しかしまだ完全では無い…君に眠るその力を引き出す方法をこれから教えよう!』
半魚人はこのように言い出した。
『申し遅れたが私の名はハートンだ、覚えておくが良い!』
半魚人改めハートンは私に力を引き出す極意を授けてくれた。
それには座学の他体を激しく動かすような武術も含まれていたが何故か今の私には苦にならなかった。
最も、苦痛に感じなかったのは体を動かす事だ。
45歳でしかも女性の私には信じられない程の身体能力を身につけていて自分でも恐ろしい程だった。
その代わり、座学はさほど頭に入らなかった。
何でこの歳で勉強しなければならないんだと言う気持ちが強かったからだ。
頭が良ければ警官にでもなっていただろう。
しかし面倒くさい事の嫌いな私には無理だ。
今はそんな事言える状況ではなく覚えるまで徹底的に頭に叩き込まれた。
そして二ヶ月程経って私はようやく解放された。
正義の味方になるんだからもう仕事もする必要ない。
「え?仕事辞めちゃうの!?」
「はい、他の仕事見つかりましたし」
正義の味方になれば給料はハートンさんが負担してくれるらしいし、こんな仕事もする必要無いでしょう。
「考え直してくれないかね、君がいないと困る」
お気持ちは有難いが二足のわらじを履く程の元気は有り余っていない。
私は無理を行って会社を去った。
さあこれから第二の人生のはじまりよ!
仕事を辞め、颯爽と街を歩く私の前にモヒカンの薄気味悪い男が現れた。
「てめえインスマスだな?」
私に問いてくるモヒカン男。
その恰好と態度からして改めないとならないみたいね。
「アンタそれが初対面の人間に向かって言う言葉?それとなんなのその恰好は?チャラけてないで稼いでなさい!」
仕事を辞めた私が言うのもなんだがこの男見たところまだ20代半ばの若者だ、ヤキでも入れて根性入れ直さないといけない。
「インスマスを狩るのが俺の仕事よ!ふざけた事言ってるとその首撥ねとばすぞ!!」
モヒカン男は装飾のつもりであろう
「上等じゃない!私は正義の味方!アンタのような悪党を正すために生まれてきたのよ!!」
私は構えて臨戦態勢に臨んだ。
「悪党はてめえだ!世界の滅亡は食い止める!」
この男、頭イカれてるのかしら?
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「何頭のおかしい事言ってるのよ!!」
私はパンチを繰り出す。
私の拳は電信柱に当たり、石柱の電信柱にクレーターが出来る。
信じられない威力、これがインスマスの力か。
しかし男はその攻撃を避け、大して動ずる気配も見せず反撃に転じる。
「せあっ!!」
男は鎌を振り下ろす。
私は辛うじて避けるがその鎌はなんと
「きゃっ!」
私は身を塞ぐが皮膚はパックリと裂け、そこから血がただれ、服も破られた。
「あなたもインスマスなの?」
私は男に問う。
「インスマスじゃねえ!インスマス狩りだ!!」
男は殺気を撒き散らせながら襲いかかってくる。
「インスマス狩りだかなんだか知らないけどこんな事やってるとロクな事にならないわよ!!」
「どうせ結婚もしてないだろうババアに言われたくねえ!」
今の言葉にブチンときた。
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「このガキ!ぶっ殺してやる!!」
私は男の言葉に理性を失ってしまい、大振りに攻撃を繰り出した。
柵は壊れ、木は折れ、台風の来た後のような光景となるが私は目の前の敵の息の根を止める事で必死になっていた。
しかしそれでも男は私の攻撃を軽々と避ける。
「足元がお留守になってるぞ!」
「キャアッ!」
私は男に
「ゼエゼエハァハァ…」
おかしい…自分も強くなった筈なのに何で私の攻撃は男に当たらず私はこの男からまともに攻撃を食らうの?
一方男の方は無傷で息も切れていない…性別の差だろうか…?
「これで終わりだっ!!」
「キャアァ!!」
私は鎌でトドメを刺され、血飛沫を撒き散らせ、アスファルトに赤黒い絵の具を彩らせながらその場に倒れ込んだ。
ここが我が死に場所か…!
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「へっインスマスを狩るのは初めてだが…デカい口を叩いた割には大した事無かったな」
男は鎌を持って不敵に笑う。
そして私の前に立ち、右手に持った鎌を上に上げる。
私にトドメを刺すつもりらしい。
私は息を整えた。
こうなったらインスマスの秘技を使わざるを得ない。
「女」の私ではこの男に勝てない…。
なら私は「男」となってやる!
「!!」
男は私の異変を感じ取ったのか、ピクリとして手を止めた。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン…。
私の体が脈打つ、血管は浮き出、服はキツくなってくる…体のアチコチが熱く沸騰するような感覚を覚える、そして股が疼く。
私の着ている衣服は破かれていき、そこから立派な筋肉が露出される。
噴き出た血も筋肉によって止血されてしまう。
私の年相応の顔は
男はそんな私を見て戸惑う。
「そ、そうはさせるか!!」
早い所トドメを刺さなければと思ったのか、間髪入れず男は鎌を振り下ろす。
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男の振るう鎌がスローに見える。
私は男の振るう鎌を大きくなった手で受け止めた。
「な、何!?」
男の顔色に狼狽の色が見える。
私は立ち上がり、男を「見下ろした」
私の160センチ程の身長は180センチ程に伸び、175センチはあろうその男を下に見る事が出来た。
男は厳つくなった私の姿に戸惑う。
「男になったところで、この俺が倒せるかー!!」
男は焦りながらも攻撃を繰り出す。
「ぬんっ!」
私は攻撃を逆に浴びせる。
今度は私の攻撃はまともに男に命中し、ほおを殴られた男はよろつく。
「こ、こんなのまぐれだ!」
鼻血をダラダラ流し鼻を抑える男、この姿は見ていて滑稽だ。
「でやあああ!!」
「ほあっ!」
男はなおも私めがけて鎌を横に振る。
逆に私は男の手から鎌を離してやった。
「痛え!よ、よくもやったな…!」
右手を抑えもがく男。
「てめえの負けだ!」
私はその男を見下ろし、放ってやった。
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「オラオラオラオラオラ!!!」
男となった反動なのか、力の有り余った私は無数のパンチを男に浴びせた。
男は私の拳を浴びる度に原型を留めなくなっていく。
その様子が見ていて爽快だった。
「ゆ、許してくれ!もうインスマス狩りはやらねえ!心を入れ替えて真面目になるから…!この通り…!」
「もう遅せえ!!」
トドメに私は思いきり男の股間に蹴りを浴びせ、男の機能を使えなくさせた。
それだけでは足りず、私は男の体を引き破り、バラバラにして海に捨てた。
すげえ…この力を使ってこの腐った世を正してやる!
インスマスとなり、男となった私はこの力を使って悪い事をする奴や団体を次々と懲らしめ、皆が平和に過ごせる世界を作る事を目指し「革命」に乗り出した。
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