正義と悪は紙一重

ーーー


私は海溝潤実うみみぞうるみ、物陰に隠れて今泣いているところだ。


先程までお局に怒られていた所謂いわゆる鈍臭い従業員とは私の事だ。


胸張って言える事じゃ無いけどね、でも私は決して怠けているとかそんなのじゃない。


ここに勤めてもう二ヶ月近くなんだけど一人前の事が未だに出来ないでいる、だから皆に目を付けられて陰口や罵声に耐えている状況だ。


それに人前で上がってしまう性分な為人と話す事も出来ないでいるから、友達も出来ない。


知恵袋で友達作れと、積極的に話せと散々言われるけど私は貴方達のようには出来ないのよ!


挨拶しろ?してるわよ!


ごめんつい声を荒げてしまった…私はこうも叫べないので人目につかない暗い場所に隠れてパンをかじりながら泣いていた。


KEIさん…助けて…。


その時ガタッと言う音が聞こえる。


私はビクンとして物音のした方向に目を向ける。

ここにいるの見られたら怒られる!


私はどうしようかまごねいていたがその物音からはなんと猫が迷い込んでいたのだ。


『にゃぱりんこ』と変わった鳴き声を上げる猫。


「ね…猫ちゃんか…でもなんで会社の中に?誰かが飼っているのかしら?」


その猫は私に擦り寄ってくる。


「何て人懐っこい猫なのかしら…そう言えばパンもう一個あったから君にあげる」


私はお腹を空かせているらしい猫に一個パンを分け与えた。


『にゃぱりんこ』


ありがとうと言ってるのかな?黒猫はそのパンを食べ始めた。


私は黒猫がパンを食べているのを見てこんな私でも必要とされてるんだと言う嬉しさと、黒猫の愛らしい姿で仕事の辛さがすっかり吹き飛んだ気がした。


あ、いけない、そろそろ仕事戻らないと!


「戻る必要は無いよ」


その時後ろからボーイソプラノの効いた声がした。


「え?」


後ろを振り向く私の目には、黒い猫耳と長い二本の尻尾を揺らした黒い服を着た少年が立っていた。


「き…君は?」


私は夢でも見ているのかという錯覚を覚える、KEIさんかあゆこさんが私に素敵な夢でも見せてくれているのかしら?


「驚かせちゃったみたいだね、僕はキャシー、猫又族の末裔だよ」


キャシーと名乗った少年は答えた。

年の頃は多分中学生くらいだろうか?


あどけない笑顔は愛くるしくどことなく先程の猫のようにも見えなくもない。


「お姉さん、君の事も聞いていいかい?」


キャシーは聞いてきた。

答えないと失礼よね?と思い私は答えた。


「私は海溝潤実」


「そうなんだ、潤実ちゃんと呼ぶね」


初対面で、しかもタメ口だけれど不思議と嫌な気持ちにならない、そんな力が、この男の子にはあるのかも知れない。


私もキャシー君のようだったらな…。


「ところで潤実ちゃん、君にお願いがあるんだ!」


キャシー君は急に真面目な表情になって私に放つ。


「な、何?」


半ば戸惑う私、一体なんのお願いなんだろうか…。

こんな私でも出来る事だろうか?

出来る事であってほしい。



「僕と契約して…」


ーーー


そこで夢が途絶えた。


「んあ…私いつのまに…」


私は机に突っ伏して寝ていた。

ふと時計を見る。



「いけない!お昼が終わっちゃうわ!」


私は慌てて持ち場に戻った。


「貴女一人のお陰でみんなが困るって何度言ったらわかるの!!」


「ごめんなさいっ!」


お局に頭ごなしに怒られひたすら平謝りをする私。

正直言うと会社は辞めたい。


しかし給料が良いのと一人暮らしで実家とも疎遠な為辞めるに辞めれない状況なのだ。


それにしてもキャシー君が言ってたのは何の意味があったのかな?


夢なのにリアル感があり仕事中もその事で頭がいっぱいだった。


江戸華喧華SIDEーーー


全くあのゆとり娘さっさと辞めればいいのに!

仕事中もニヤニヤしてて気持ち悪いわ!


「邪魔よ!」


「す、すみません」


カップルにわざと引き剥がすようにぶつかる私。

道くらい譲りなさいよあのゆとりと言い今のカップルと言いどうして最近の若い子は周りを考えない子が多いのかしら!


ふとそんな時「キャアァ春兎さん助けてえ!」と女の子の悲鳴が聞こえてきた。


私に正義の血がたぎる!


WNIが助けに来る前にこの私が助けてあげるわよ!!

私は声のした方向に向かった。


「!!!」


声のした方向には男が女の子を襲っているのが見えていた。


「素敵な夢見せたんだから良いだろ一回やらせろよ!!」


「やめて!警察を呼びますよ!!」


え?あの襲われている子はあのゆとり娘!?

それと夢って何のこと…はっ!


私は徳島の都市伝説を思い出した。


気の弱った女の心に入り込み、一時期夢の中に入り込んで相手をまどろむという夢魔インキュバスがいると言う。


とするとあの男はゆとり女の意識に入り込み、夢を見させたという夢魔?

ただの都市伝説と思っていたけど真実だったようね。


あの子の気が弱ってたのは想像つくわ。

今は男からあの子を助けに行きましょう!


「あんた達何をヤッているの!?」


私は大声で叫んだ。


ゆとり…もとい海溝さんは男に衣服を剥ぎ取られて半裸になっている。


「くくくお前はこいつの上司だったな、お前さんのおかげでこの子の夢を食うことが出来たぜ、ありがとよ!」


こいつ、逃げるかと思ってたけど動ずる様子も見せず、それどころかナイフを取り出してきた。


「江戸華さん!逃げて!!」


こんな状況に自分より相手を気遣う海溝さん、その気概を日頃の仕事に活かして欲しいものだけど今はコイツを何とかしないといけないわ。


「海溝さんは警察に連絡しなさい!」


私は海溝さんに怒鳴る。


「け、携帯はどこかに落としちゃいました!」


海溝さんは涙目になって嘆く、まったくどこまで役立たずなのかしら!


「もう良いわ!誰かに助けを求めなさい!コイツは私が何とかする!!」


海溝さんは言われると誰かに助けを呼ぼうと叫んだ。


「チンダレちゃん!まりあちゃん誰か助けに来て!!」


人はいたが海溝さんの声に全く反応しない。

日頃声の小さい海溝さんだけどこの声だと流石に聞こえるはずだし暗がりでもこの状況は嫌でもわかるはずなんだけど…。


「無駄だ!ここは俺の結界が張られている!お前らが叫ぼうがその声は俺の結界内でしか聞こえない、つまりお前らはここから逃げられないのだ!」


男は殺気に満ちた目でナイフ片手にほくそ笑んでいた。


なんて事かしら。


ようやく45歳にして私にも春が来たと言うのにこんな時に死にたくないわ、可哀想だけど海溝さんを囮にしちゃいましょう、こんな状況に正義とか言ってられない、だって一大事なんだもん。


そこで私は海溝さんに「ごめんね」と一言詫びる。


「江戸華さん?」


海溝さんの顔が何を勘違いしていたのか僅かに明るくなる。


その刹那、私は海溝さんの腕をすかさず掴み、男の方に放り投げた。


太い腕の私にとっていかにもモヤシな海溝さんは投げやすくいとも簡単に投げられてくれた。


この後は海溝さん次第、修羅君という素敵な彼氏が出来た私は今は死ねない。


海溝さんはバランスを崩し男にぶつかる。

私はその隙に逃げ出した。


海溝さん死にたかったんでしょ?願いは叶えてあげたわよ、せめて来世では幸せになって出来る子になるのよ、じゃあね!


私は海溝さんの冥福を祈りながら走り去った。


「わぶっ!」


私は何か見えないものにぶつかった。


「な、なにこれ!?」


私は見えないはずの何かが遮ってこれ以上進めないのに戸惑う。


「言っただろう逃げられないと!」


男は私を一点に睨み私に放った。

嫌だ!私はまだ死にたくない!


そんな時男の足首を倒れていた女の子が掴んだ。


「私はどうなっても良い!でも江戸華さんには手を出さないで!」


海溝さん、なんて立派なのかしら、この子ならなんとかやってくれるかも知れない!


「しつけえ!」


男は海溝さんに蹴りを放ち、海溝さんは仰向けに倒れ込む。

もう!ちゃんとしてよ!私が殺されちゃうじゃない!!


「いひひ…次はてめえだ!」


男はナイフを持って私を一思いに刺そうとした。

い、嫌だLang_Eさん助けて!


潤実SIDEーーー


あぁ結局誰の役にも立てなかった…。

仕事も鈍臭いしダメだな私…。


寒い…意識が遠くなっていく…。

それよりあの人どうなっちゃうんだろう?

いつもうるさい人だったけどあの人だって私を助けに来てくれたのだから本当はとても良い人なんだ!


だってあの人私の事謝ってくれたもん、ああ…この言葉があの人の本心なんだなって思ったよ。


私みたいのはどうなっても良いけど本当は優しい江戸華さんがいなくなるなんて本当に世界は不公平だわ…。


せめて人生の最後くらい華々しく散りたかった…。


『貴女はまだ死ぬ時じゃないよ!』


その時、懐かしいある声がした。


「お、お婆ちゃん!」


その声はガンで亡くなったお婆ちゃんの声だった。


『私は知っている、不器用だったけど、誰よりも一生懸命だった子よ!立ち上がりなさい!貴女は真の力に目覚めるのです!』


お婆ちゃんはそう放った。


「私に真の力なんてあるの?」


『迷う暇はありません!あの人を助けたいんでしょう!?今がその時です!!』


そうだ!あの人を助けなきゃ!

私は立ち上がった。


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パァーッ!


私の身体が光輝く。

それも夢なの?


『いいえ夢ではありません!貴女はバルキリーとして生まれ変わるのですっ!』


するとお婆ちゃんの身体は見る見る内に甲冑を纏った神々しい女神の姿となった。


『これが本来の姿、私達徳島の女性は愛国の名の元に第二次世界大戦を戦い抜いたのです!』


お婆ちゃんは20代後半くらいに若返り右手に槍、左手に盾を持っていた。


「ああお婆ちゃんっ!」


私はお婆ちゃんに触れた。

するとお婆ちゃんは光の粒となって私を包み込む。


お婆ちゃんだった光の粒は兜、鎧、槍、盾に分かれて私を包む。


温かい…血がどくどくと流れて寒くなった身体はお婆ちゃんの温もりで温たまってきた。


そうだ、私は戦わなくてはいけない!

江戸華さんを助けなきゃ!


そして私は現実に戻った。


ーーー江戸華SIDE


「ゆ、許して!この事は他の人には言いませんからっ!!」


私はナイフを持っている男に命乞いをするしかなかった。


そんな時倒れていた海溝さんの身体が眩い光に包まれた。


車のヘッドライトがいたかのように潤実さんの体が光りだす。


その光に気づいたのか、私を殺そうとしている男もそれに反応して後方を振り向く。


光が薄くなったその時、刺されて意識を失ったはずの潤実さんは何事も無かったかのように立ち上がった。


「てめえっ!まだ生きていたのか!?」


男は潤実さんにナイフを突き出し、脅す。

しかし私が知っているいつも気弱な潤実さんはそこにいなかった。

潤実さんは何かの英霊が乗り移っているかのように変貌を遂げ、堂々と男を真っ直ぐと見やり「そのナイフを捨てなさい!」と言い放った。


どうなっているかわからないけど今はこの子に頼るしか無いわ!


「江戸華さん!何をしているのです!敵は後ろを向いているのだからナイフを奪い取りなさいっ!!」


とこんな事を言い出すではないか!

私は上司なのよ!なんでこんなゆとりに偉そうに言われなくちゃならないの!?


でもこの男に向かったら向かったで何されるかわからない。


「何言ってるの!?貴女若いんだから貴女が立ち向かいなさいよ!!」


私は悔しさに紛れて怒鳴り返した。


「ふんっ、こんな状況で仲間割れか…」


男は笑みながら私達にナイフを突き出し警戒する。


「「誰がこんな奴と!!」」


なんでこんな娘と声が重なってしまうの!?

これじゃ本当に知り合いみたいに思われるじゃない!

冗談じゃないわ!!


私は穴があれば入りたい気持ちになった。

私の思惑をよそに海溝さんは男を睨んでいる。


「女だからって見くびらないで頂戴!私は一度死んで生まれ変わったのよ!」


海溝さんの身体からは薄い水色の光が漂っていた。

これは所謂「闘気オーラ」!?


「試してやろうじゃねえか!!」


男はナイフを構え海溝さんに襲いかかった。

海溝さんは怯むことなく男と格闘している。


「海溝さん頑張って!」


私は戦っている海溝さんにエールを送る。


「キャアッ!」


しかしやはり男と女の力量の差から、海溝さんは男につき倒される。


男はナイフで海溝さんの腹わたに突き刺そうとし、海溝さんは必死に抵抗している。

どうしたら良いの!?


「誰か助けてぇ!!」


私はひたすら叫び、助けを呼ぶ。

しかし誰もやって来ないし近くにいる人も何故か素通りしたり呑気に駄弁っている。


「ゼウむす面白かったよなー!」

「そうそう、俺蓮香ちゃんに本気に恋しちまったよー♪」


なんと今流行りのアニメのゼウむすの話をしているではないか!


こっちに気付いてよ!!

海溝さんが殺されたら次は私が殺されるのよ!


「いひひっ死ね!」


「くっ!!」


危ない、海溝さんがやられるっ!


「やめなさいっ!」


私はその時はじめて自身のしなければならない事に気付き、男に向かっていった。

ガシリと男の腕を掴み、海溝さんを助けようと奮闘する。


「しゃらくせえ!!」


男はその時ナイフをぶん回し、私の衣服はそれによって破かれた。

その隙を見て海溝さんは男の股に蹴りを入れる。


「ぐがっ!??」


男は股間を抑えて悶え苦しむ。


「海溝さん!この結界から出られないわっ、どうしよう!??」


私は結界をバンバン叩き海溝さんに救いを求める。


「この男を殺してしまわない限り結界から出られないわ!」


「嫌よ!警察に捕まっちゃうわ!」


「この男に殺されても良いの!?」


海溝さんは放つ。

男の隣にはナイフが転がっていた。

海溝さんはそれを奪い、男の腹わたを突き刺す。


「!!」


私は思わず目を覆った。

完全に息の根を止めるまで海溝さんは矢継ぎ早にナイフを突き立てる。



怖くて見ていられない…アレが海溝さんの本性…?

…その時の事だった。


「君!何をヤッている!!」


向こう側から別の男がやってきて海溝さんを取り押さえた。

海溝さんはその時始めて血に染められたナイフを落とし、自分も男の返り血を浴びながらもやっと終わったと安堵の表情を浮かべていた。


そして私達は職務質問を受ける事になるが海溝さんは殺意を認め、私を懸命に庇ってくれた。


「貴女、被害者は沢山刺されていたと言うのに何故止めなかったのです?」


「そ、それは…」


警官に問いかけられ戸惑う私。


「この人は悪くありません!憎たらしくて殺したのです!!」


嘘を張ってでも私を庇う海溝さん。

私は終始黙っていたままだったが私を庇ってくれた海溝さんは2年以下の懲役に三ヶ月の執行猶予が与えられた。


立派な海溝さん、私はやっと春が来たから貴女を救う事は出来なかったけど私が貴女の分まで幸せになってあげるからね!


私はおめかしをして大文字修羅君と初デートに出かけた。

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