クトゥルフの雨

海豹ノファン

世の中狂ってる

私は江戸華喧華えどばなけんか、とあるパートに勤める45歳、私は昔から正義感が強く、沢山の間違いを暴力を用いてでも正してきた。


『こら!高校生が金髪に染めては駄目じゃない!!』


『ひええ!』


大抵の生徒は私が注意すると翌日にはそれをやめて登校していた。


しかしまだまだ許せない事が沢山ある。


授業中の居眠り…空き缶のポイ捨て…老人に席を譲らない若者…。


私は学生時代からこうした不正を行う馬鹿者どもを制裁をくわえてでも正していった。


「何もそこまでする事ないのに…」


第三者から囁かれた気もするがそこまでしないと人は反省しない。


甘やかしてはいけないのだ!


「喧華、悪い事をする奴にはちゃんと正していかないと駄目なんだよ!」


警察官の父親と母親もよくそう言っていた。


そして45歳になった今。


多くの友人がとうに結婚していっている中、私は未だ独身でいる。


そして給料の安いパートで生活もギリギリ…。



おかしい…なんで人を次々と正していきいじめも不正も無くしていった私が友達も失いこんな惨めな日々を過ごし、不真面目なクソ共が結婚していって幸せになっていっているのか…。


そして私は痴漢防止の為に作られた『女性専用車両』に座り、自分の顔の化粧を施す。


ん?おかしいぞ…女性専用車両に何故か『男』が乗り込んできた。


これは正さなければ…!


若い頃からの正義の血が私をたぎらせ、私は女性専用車両に乗ってきた胸糞悪い『男』を注意しに向かった。


「あのっ!」


「んあ?」


私の呼びかけに男は無愛想に声を出して私を見上げる。


なんて悪い目つきだ…この男は昔からろくな生き方して来なかったに違いない、服装を見てもわかる。


「ここは女性専用車両ですけど?」


「だから何?」


男の返答も反省の色が見られない。

私は一気に正義の血が沸騰し、この男を是正しなければと言う気持ちに駆られた。


「ここは女性専用車両と言ってるのよ!男はここから出ていきなさい!出て行かないとなったら無理矢理でも出してやるわよ!!」


私は若い頃から男顔負けの馬鹿力であり、喧嘩も誰にも負けなかった。


私は無理矢理でも男の服を掴んで男を女性専用車両からほっ放って行こうと力任せに奔走した。


「何すんだてめえっ!」


その男ももちろん抵抗してきた。

いい度胸してるじゃないの…。


「出て行けつってんのよ!!」


「てめえが出て行け!!」


私と男の押し問答、他にも女性がいるけど誰も男に出て行けとは言わず見て見ぬ振りをしている。


「ちょっと貴女達!女性なら男が女性専用車両に乗ってはならないとわかってるはずよ!なんで誰も注意しないのっ!?」


私は知らんぷりしていた女達にも腹が立ち、大声で怒鳴った。


「このクソアマッ!!」


男はその隙に私を押し倒し、私の首元を掴んできた。


「この場で殺してやるっ!!」


「ギギギ…」


流石の私も歳だけに力が劣ってきたのか、認めたくは無いけど女は男に力では敵わないと言うのか…抵抗も虚しく私の意識は苦しみとともに遠くなりかけた。


私のやってきた事は間違いではないはず…。


KEIさん!間違っていないと言って!


その時ドンッという鈍い音と共に私の首元から男の手が離された。


「ゲホゲホ!」


危なかった…もう少しで殺されかける所だった…倒れていた私は咳き込みながら起き上がる。


私の目にあの男とは違い、スマートでハンサムな男が映った。


高校生くらいだろうか、顔はまだあどけなく肌も荒れが無く美しい、眉も丁度良く整えられ、揃えられた黒髪、制服もビシッと着こなしている、真面目な好青年だと服装と格好から感じられた、しかしその目には強い意志が感じられる。


その男、いや少年は鋭い目つきで一方の不恰好な男を見下ろしていた。


「ここは女性専用車両だぜ?お前のようなゲス野郎はとっととここから出ていけよ!」


その真面目そうな少年からこのような口調が出るとは…しかしその口調が更にその少年の魅力を増しているように私は感じられた。


この男の子…WNIの男キャラのようにカッコいい!

「このクソガキ!」


男はその少年に拳を振り上げるが少年はそれを軽々と避け、逆に自らの拳を男の顔に打ち添えた。


男は見事に女性専用車両から殴り飛ばされた。

かっこいい…!


私はその不敵に笑うハンサムな少年に心を奪われた。


「やれやれだぜ」


少年は服の埃を手で払いのけると車両の席に堂々と座り、携帯を取り出して弄りだした。

足を大の字に広げて携帯を弄るその姿も様になっており、女性専用車両に少年が乗っているのにも関わらず私はその少年なら良いやと思い、そのまま少年の隣に座る。


ハンサムな少年が間近に…あぁ私は何て幸せなの♪


その時別の女性が少年の元に歩み寄ってきた。


「あの、大文字だいもんじ君、ここは女性専用車両よ、それと車両内で携帯弄っちゃ駄目よ…」


「ちょっと…!」


大文字と言う少年に注意をしてきた女に反応して私は立ち上がり、怒声を上げる。


「この子は私を助けてくれたのよ!逆に貴女は私が襲われている時に何をしてたの!?黙って見ていただけじゃない!貴女にこの子を注意する資格があるの!?」


私はありったけの大声をその女に放つとその女はすっかり怯み、「すみませんでした…」とその場から離れていった。


その少年はその途端私を見る。


駄目だ…その綺麗な瞳で見られると45歳にして未だ処女の私は緊張してしまう…♪


その少年はアイドルを見るような笑顔を私に向けていた。


アイドルのように見たいのはこの私にも関わらず…。


「あんた面白いな、俺は大文字修羅だいもんじしゅらあんたは?」


「え…江戸華喧華えどばなけんか…です…」


いつもなら勢いの良い私もその美男子の前だと貰われたばかりの猫のように大人しくなってしまう。


私はまともにその美男子を見る事が出来ず、俯きながらその修羅君と言う少年に紹介を返した。


あれ…これはひょっとしてチャンス…!?


私は携帯を取り出すが言おうとしたところで別の私が邪魔をしてきた。


『待って!私のようなおばさんに修羅君のような高校生の男の子が相手してくれると思ってるの!?』


アドレスを交換したいのに別の私が邪魔をしてきて男の子に声が出せない。


心臓の音が自分でもわかるように聞こえる。

今にも倒れそう…駄目…。


そんな時携帯をいじっていた修羅君がいきなり私の方を向いてきた。


「おばさん、俺の顔に何かついてる?」


緊張しっぱなしの私と違い修羅君はしれっとした感じで私に聞いてきた。


私はおばさんでこの男の子とは親子のような年の差で私は見た目からおばさんとわかるので当然と言えば当然かも知れないが。


「い、いえその…」


私はあたふたする。

その時修羅君はいきなり私の顎もとを掴んできた。


「あんまりジロジロ見てるとてめえもあの男のように外にほっぽり出すぞ?」


修羅君に凄まれ恐怖で固まってしまう私。


怖いのに…この美男子に抱かれたいと思う私がいた。


「い…いえあの…あ…アドレス…」


私は怖さで縮こまるも怖さ紛れにアドレスを交換して欲しいとお願いする。


「なんだ、そう言う事か、良いぜ♪」


修羅君の私に向けられた怖い顔は爽やかな笑顔に変わる。


あれ?この男の子…こんな中年の私とアドレス交換してくれるなんて…なんて優しい少年なの??


私は恋のゲージがMAXとなった。

ああ私って何て幸せ者かしら♪


修羅君ハンサムで若いのに…こんなハンサムでその強さなら次々と若い女の子をはべらせてそうなのにこんな年取った中年のおばさんとアドレス交換してくれるなんて!


私は今これから仕事に行く事も忘れてしまう程にハッピーな気持ちになった。


「じゃあな!」


「はい!あ、あのありがとうございます♪」


ああ…春っていつ来るかわからないものね♪

これは仕事も手を抜けないわ!


一層頑張らないと!


私は嬉しさと共に仕事をより頑張ろうと誓い会社に向かう。


しかし問題はあの覚えの悪い従業員だ。


「何やってんのよウスノロ!!」


仕事と言うのはチームワークが物を言う。

一人でも作業が遅いとノルマが達成されないし一人の従業員だけでなく私達も吊るし上げられる事になる。


それにその対象は日頃から無口でなに考えてるかわからない、伝達もロクに出来ないから大声でまくし立ててでもこき使わないといけない。


「やる気あるの?アンタ一人のせいでどれだけ私達が迷惑していると思ってるのよ!やる気ないなら辞めなさい!!」


「すみません!すみません!」


鈍臭い従業員は平謝りしているけど、本当にわかっているのかしら?


怒鳴っていればそれなりに動いてくれるけど…最近の子はゆとりで育ってきたからかこんな鈍臭い子のようなのが多い。


こんなのでよく会社に入れたわね。


「喧華君、気合い入ってるね♪」


その時部長が私に話しかけてきた。


「白石部長、当然ですわ、私達は一致団結してノルマはこなさないといけないのですもの!」


そう、仕事内では一人でも動かさないと回らないものだ。


「これからも期待しているよ江戸華君♪」


「任せてください!」


私は上司から期待を寄せられている。

これは手を抜けないわ!


あの男の子を養えるだけのお金を蓄える為にどんどん人をこき使わないと!


私は作業の遅い子をまくし立ててでもノルマをこなすのに全力を注いだが…。


その子のミスのせいで生産が止まってしまい、ノルマ達成はならなかった。


「あの子辞めればいいのにねえ…」


「喋らないし暗いし…いるだけで気持ち悪いわ」


私は心を鬼にして他の従業員と共にあの鈍臭い子の陰口を言うように仕向ける。


そう、これも会社の為、あの子がどんなに泣いても生産が回らない以上は精神的に追い込んででもちゃんとやらせないとならない。


あの子が辞めてしまっても代わりはいくらでもいるしその方が私としてもやりやすい。


悲劇のヒロインぶってるのも見てて鬱陶しい。


こんなに辛いなら本気で仕事するか出来なきゃ辞めれば良いのに。

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