ある男は像になる

ガバッと目を覚ますと布をかけられた柵が四方を囲んでいる空間に俺はいた。俺はその中心にうずくまっていた。


突然の風景に困惑したが追い討ちをかけるように、俺の目に胸に刺さった大きな桔梗ききょうの狂い咲いた花が眼球が飛び込んできた。いやと言う方が妥当かもしれない。と、思ったのは、まず体が無機物のように自由に動かせない。そして、いつも以上に床と足との間がしっかりと固定され、自分と床の境界が曖昧である。その為、自分がもしかすると人ではないのではないか、という考えに至った。それに桔梗は確か、草であるはず。それがなぜ太い幹にうっそうと生えているのか分からない。木と修飾するほどに桔梗は肥大していた。


俺の姿をかすかに残った神経を巡らせて、想像する。ふと浮かんだのは歪な形の花瓶かびんのような姿である。胸から背中を貫かれたような人間の形の花瓶。内臓があった場所には水が溜まっていて、桔梗が根をはっていた。


困惑が確実な不安へと変わり、居ても立っても居られず声を出した。しかし、思っていた結果とは裏腹に声など出ない。少し、カッタンという音がして、水のチャポンという音もした。


助けも呼べず、汗が頬を滑った。胸からも少量の水がこぼれる。


布の奥から声がした。


「今年の出来はどうかね」


「今年の『像』は素晴らしいものばかりです。『』の趣味趣向に合うものが必ずやあるでしょう。どうぞご覧ください」


声が自分の前で止んだ。一方は聞き覚えのある声だ。誰だっただろうか。


ぱっと目の前が明るくなる。


その時、俺は自分が彼らの言う『像』なのだと悟った。しかし、『像』にもかかわらず、吹き抜ける冷気や床の冷たさ、不安が俺には確かに感じられる。さっきも少し体が動いた。現に今、俺は今までかいた事のない汗を体に垂れ流している。鉄の肌に奇妙な感覚が走る。まだ少し人間としての感覚、存在が残っているのかー。


「こちらの『鉄像』はいかがでしょうか」


「あぁ、これは駄目だ。花と像のバランスが良くない」


「いえいえ、これはわざとそうしているのでございます。彼は周りから大きい桔梗永遠の愛を得ることに執着し、その重さを考えなかった。その為、重みに耐えかね、うずくまっているのでございます。さしずめ、題名は「愛に崩れる」ですかな」


この題名。聞き覚えがあった。確か、俺が有明さんから頼まれていた展示用の作品の題名だ。なぜ、この男が知っている?


「ほお、そんな生涯だったのかい。しかしな、桔梗が重すぎて、ボロボロとその身を削っている様子はなんとも、気味が悪いな」


俺は彼らの話をただ聞いている。うずくまっているので彼らの顔は見えなかったが足元を見ることができた。服装はあたかも人間のようであったが『』と呼ばれたものは触手で販売員は義足のような足だった。


自分はこのまま削れて、ただの屑鉄と成り果てるのだなと他人事のように思う。こんなことになるなら、人気なんて集めなければよかった。ただ周りの人のように何も気にせず、責任も重圧も無視していれば良かった。


後悔する度に俺の体は自壊していく。


彼らの他にも俺の前に立つもの達がいたが当然のように


「駄目だ」


「屑鉄」


「さっさと果て、次の『像』を入れろ」


と言って散っていった。自暴自棄になった俺は


「誰でもいいから俺を壊してくれ、他者からの固定概念や偏見に固められるくらいなら死んだ方がマシだ」


と、出もしない声を張り上げて言った。


その時だった。白いスーツを着てハイヒールを履いた者が来た。彼女はそっと俺の胸から桔梗を引っ張り抜く。


「貴方は愛を得ることに執着したのではなく、得させられていたのでしょう。そうすることによって周囲に調和が生まれるから。もう楽になりなさいよ。代わりは私がするから」


彼女は自分の胸に桔梗を刺した。彼女は静かに冷たく柵の中で笑っている。いつの間に俺と彼女の位置は変わった?そして、その顔を見た時―。


「すいません、これ買います!『彼女』は!」


はっと目が覚め、床から立ち上がり、鞄を手に俺は彼女の家の元へ走る。あれは確かに同じアトリエの『彼女』だ。姉と慕っていた大学の先輩だ。嫌な予感がする。走りながらちらりと見ると、玄関の花瓶には凛とした桔梗の花が枯れた状態であった。何かを暗示させるかの様に。

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