第4話 湧き起こる産声

 『ドループ(Δορουπ)世界』という舞台は、決して小さくはなく想像を遥かに超える広さをもっている。やはり幾つかの大洋と大陸があり数々の島がある。ほとんどが人跡未踏の地ばかりで、人々は魑魅魍魎や妖怪どもの跋夸する暗黒におののきながら生活している。しかし魔術体系は事実上独占されているため闇を晴らす光明にはなりえていない。

 巨大魔法技術文明は、はるか昔に栄えた。それは自ら破綻を招いて輝きを失って久しく、改革や変革の名の下に権力を求め、貪欲にも更なる力を要求した社会大衆の志向は、結果、時代は愚鈍と無知に裏付けられた『鋼鉄』の暴力が支配するところとなった。まるで夢から覚めた後に己が絶望の淵にあるのを思い出すかのような、そんな粗筋で事は終わってしまった。回復不能と言われ続けて二千年紀半が過ぎ去り、相変わらず持ち合わせの貴重な希望を次々に『虚無』へ捧げる愚行を繰り返してきた。

 その愚行の重大な端例とされるのが、魔術の歴史的発達の過程で生み出された「妖術」(「下位シルレイル魔法」)である。『世界の名』が独占されたため、それに対する挑戦から生み出された妖術は世界の本質の貴重な秩序を破壊することで大きな力を得る。秩序の破壊された世界のその部分には魔術、むろん妖術でも再度の働きかけが難しくなり、回復には大きな代償を支払うことになる。破壊は次々に進み、それがゆえに魔法文明の栄光は日に日に過去の伝説として遠くなって行く。

 ただし愚行を繰り返して最後に得たもの、残り得たものがある。人それぞれに備わっている乏しいもののうち、なによりも『高貴』こそを大切に育み、正当に認めるという精神である。希望を手にいれるために希望を費やすような愚行ばかりではなく、むしろ何よりも永久に輝ける純粋な強さ、すなわち『高貴』が『ドループ』の伝説と歴史を築いてきたのだ。すなわち魂をより遥かに高いものに、または凶暴で貪欲な『いのち』の本質の謳歌のためにあらゆるものを従えてきたこの世界が、今再び、何かを産み出し産声に揺るがされている。果たして、それは何者の産声なのだろうか。

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