第3話 人呼びし名 『ドループ(Δορουπ)』世界
現在、魔術に必要な失われた『世界の名』の代用象徴として、『ドループ』という象徴名称が人によって生み出されている。これについてはこんな話が伝わっている。どんな意味が有るのか分からないがある賢者がこう言った。『この世界は一滴の水である』と。このときの単語を聞き違えた、そそっかしい弟子が『ドループ』という名称を少数の仲間に広めた。それがついには魔法の秘儀の伝授などの時に用いられるようになったという。弟子の単なる勘違いから導かれたという発見伝説の信憑性はともかくとしても、クノーン語のドループ『失われた魂』とは皮肉な名称である。
また、ここで年号を用いるが、プリーチャー・アンノウテート(訓戒者の注釈)暦、P.A.2503年に、つまりクノーンセンチュリー(クノーン王国暦)、C.C.1755年に二十人の賢者による一説には六十冊とされる二十冊の共著書「Δορουπ……我らが世界」で、代表をつとめた、めしいの賢者ナンメル・ザウル(俗名マウザル)が初めて用いたという説がある。この説は賢者に広く普及している。この共著書で代表者を務めたザウル賢に言わせると彼が送ったこの世界の定義を書いた手紙には「(Δορουπ)」という記載はなかったというのだが、他の十九人の賢者へ送られた手紙を書いた写字生の証言ではザウル賢が用いたという言い分である。恐らくこのいい加減な写字生が後世の名象徴を作ったのだと言っても過言ではないであろう。哲学的な名前よりも詩的な響きになったことで、世界の名としてはしっくりすると思うのであるが。
「古代魔術」(暗黒時代の魔法、「オールド」)では作者それぞれに色々な象徴語によって世界を呼び慣わして目的に適った象徴の連なりを構成し、失われた『世界の名』の代用に苦心しているのに対し、少なくとも500年前ごろからは世界の名を偽りの名『ドループ(Δορουπ)』として完成している魔術製作者が散見される。これらは「偽シルレイル魔法」に分類される。『ドループ』は、真の『世界の名』を用いた魔術本来の世界法則の書き換えの力には及ぶべくもないが、比較的強力で安定しているため普及したという。さらに、ほぼ規格化された時代になって、多くの駆け出し魔術師の記憶力と指導する魔術師の教育力を助けてきた。しかしこの名前は人工の偽りの世界名で、書き替えによる奪い合いを力によって封じ込めることを大義名分としてうたっている結社組織の厳重な保護下に置かれているのである。つまり『ドループ(Δορουπ)』は人が見付けた名前ではなく、人が作った名前である。だから書き換えによる防御を行わなくても書き換えを防ぐ方策を立てやすいのだ。
失われた『世界の名』を語る術を持たないから、そこで我々はこの世界を『ドループ(Δορουπ)』と呼ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます