第53話 「振り向けば妹がそこにいる」件

 何はともあれ、さやめとのキスによって長いこと苦しめられた不自由な生活は終わることが出来た。


 日本から離れた異国の地に来た目的は、さやめを探すことではあった。


 帰国はさやめと一緒に帰ることになったけど、来るときに一緒だった円華は、「わたくしはいいんだ……晴馬と来られてそれだけで満足出来た」なんてことを言いながら、帰りの便は別にしたらしい。


「彼女を”ぼっち”にさせるとか、さすがヘタレ馬くんだよね?」

「お前が言うな!」

「あれあれ? 弱々しいはるくんは、またしても強気な晴馬に戻ったんですかぁ?」

「うぅ……」

「あはっ! ウケるね、本当にさ」


 エコノミークラスで帰るというだけなのに、隣に座るさやめはずっと不機嫌面でちょっかいを出して来ていた。


 日本に着いてすぐに向かわされたのは、さやめの実家だった。

 もちろんこれは、僕の返事のことによるものだったりする。


「――そ、そういうことでいいです。だけど、今の彼女は大切にしていきたいんです!」


 許婚の両親を目の前にして、僕が放った言葉は彼女がいるのでその彼女を悲しませないこと。


 これにはさやめも驚いていて、直後に何かを思いついたようで悪い顔をしていたのが気になった。

 その場は許してくれたみたいで、そのままさやめの部屋に移動した。


 さやめの家でさやめの部屋に入るのはいつ以来なのか、覚えていないけど今は部屋の中を色々見る余裕は無くて、とにかく聞きたいことがたくさんあった。


「で、はるくんはわたしを探した。聞きたいことはあるのかな?」

「特別って何? さやめとかレイケだとか……」

「そのままだよ? レイケはアールト様から頂いたセカンドネーム。アールト様からは、学園に資金援助をしてもらってたわけ。そうなればわたしはどういう扱いになると思う?」

「特別な存在で、敬う?」

「そ。でもそれだけじゃなくて、お金以外で頑張ったんだけどね? 学力も、礼儀も、運動も……全て頑張って来た。さやめのままじゃなくて、レイケの名に相応しい模範となるために」

「な、何で? 何でそこまでやる必要があったんだよ……」


 答えにくいのか、さやめにしてはらしくないくらいの間があった。


 その隙に、部屋の中を見回していたら、「はるくんの為に!」みたいなメモ書きが張ってあるのを見つけてしまった。


 これはもしかして……?


「え、まさか……?」

「見たんだろ? 部屋の中のそこ!」

「い、今見た、けど……ど、どういう意味なの、これ?」

「そのままですけど?」

「え?」

「バカ馬! 何でもかんでもさやから言われないと分からないんだ? さすがヘタレ馬だね。何で本当にこんな男の子の為に、頑張って来たのかな……」


 学園から特別待遇を受けているさやめは、全てにおいて優遇……そんな反則なことをしている時点で、眉唾物みたいな感じに思っていたのに、そこまでなるのには目的があったんだ。


「はい、答えをどうぞ?」

「な、何で僕なんだよ……許婚っていつからか分からないけど、小さい頃に一緒にいただけでどうしてそこまで……」

「妹として扱ってくれたはるくんは、『さやちゃんとずっと一緒にいたいよ。だから、妹になって欲しい。だけど、それが叶わないならずっと一緒にいられるようになりたい』なんて言葉を言ってたの」

「あ……あぁぁ……ぼ、僕はそんな、そんなこと」

「覚えてないかもだけど、わたしは小さいながらにずっと覚えてた。はるくんは思い付きでそんなことを言ったんだろうけど、さやは嬉しくて嬉しすぎて……すぐにお母さんに言いに行ったんだ」

「その時って僕のお母さんもいた時だよね?」

「そう」

「そ、そっか……その時の頃がずっと生きてたんだ……」


 それを俺の親も覚えていて、分かっていて引っ越しをさせたんだ。

 さやめと一緒にさせるために。


「はるくんの為に何かも頑張りすぎた……そんなさやに、はるくんは何をしてくれるのかな?」

「な、何って……特別でもない僕が、さやちゃんに出来ることなんて……」

「さやの部屋に入り込んだはるくん、抱きしめてくる?」

「な、なん……」

「抱きしめて、思いきりキスして、『さやちゃん、さやちゃん!』って、サカリの付いたオスみたいに迫って来るのかな? いいよ? したいなら」

「そ、そんなのはしない! ぼ、僕は、僕には彼女がいるって言っただろ!」


 肝心の円華は、もう自動的に別れたと思っているのかもしれない。


 だけど嫌いになったわけじゃないのに、涙を見せずに帰る便を別にしたあの子のことを疎かにするなんて、そんなのは最低すぎる。


 単なる嫌がらせで付き合いを始めたわけでもなく、もちろんさやめに言われてのことではあったけど、今はもう、あの子が僕の彼女なんだ。


「はるくんは彼女持ちだったね。でも、はるくんはさやが大好き……でしょ?」

「す、好きだよ。好きだけど、僕の彼女は円華で、まだお互いが何も打ち明けていないんだよ。だ、だから僕は――」

「……お嬢様はもう全てを悟って、答えを出していたとは思うけど……うん、いいよ? はるくんは彼女を知って来なよ? 知ることが出来て、それで気が済んだらさやは、はるくんを――」

「ま、待って! 僕はだけど、あの……」

「優柔不断馬くん。行っといでよ? 彼女のところにさ……」

「っ!?」

「ほら、行けよ! バカ馬!」


 特別扱いされまくっていた僕は、さやめの言われた通りに彼女を探して歩いた。


 だけど、見つけることが出来なくて、そのまま戻ることも出来ないままで学校生活が戻っていた。


「晴馬じゃないか! なに、レイケから解放されたのか?」

「久しぶり、晴馬。レイケを選んだ?」

「あ、いや……」


 学園の日常が戻り、教室ではいつも通りの生活。


 カイとたくみは、何かを気にするでもなく話しかけて来てくれたし、他の子や美織センセー、もなかちゃん先生も相変わらず小さい。


 レイケこと、さやめはごくごく自然に教室にいるようになったけど、相変わらず他の学生は近付きもしなかったりで、だけど何かが足りなくて。


 さやめを探して見つけ出したのに、彼女だけが学園はおろか、連絡すらも取れないままで碓氷家の正確な場所すら分からない僕には、どうする事も出来ない。


「さやちゃん、あのさ……あの、知らないかな?」

「あはっ、今度はさやに聞いて来るとか、本当にヘタレ馬くんだね。どうして一人の女子を探せないの?」

「お、お願いだよ! ぼ、僕は、彼女に会えていないんだ。会って、会わないと……進めないんだよ」

「……ふぅん? さやの時はそこまで必死じゃなかったのになぁ……」

「お願いだ! さやちゃん!」


 教室の中で人目に関係なく、さやめに土下座をしてあの子の居場所を聞きたくてなりふり構わずお願いしてしまった。


「定番だけど、お嬢様がセップクしたかった所にいるんじゃないの? 知らないけど」

「セ、セップク……あ! ありがとう! さやちゃん」

「レイケって言わないのは、許してあげる。行っといで!」

「うん」


 ありきたりでも、彼女がいる場所はあそこしかなくて、息を切らせながら上がりきると……


「……わたくしとは別れたのであろう?」

「ち、違うよ! 僕の彼女は円華なんだよ! だ、だから、セップクを……」

「――! それをしてしまえば、晴馬は完全に戦いに巻き込まれることになるのだぞ? わたくしも、碓氷家として、あの家に挑むことになる。そ、それでも良いというのなら……っ!」

「え?」

「そ、そのだな……わたくしは晴馬が好きだ。セップクしたいぞ? だ、だが、やはり説得を……」

「だ、誰の?」


『セップク、しないのかなぁ? はーるー? あはっ! ヘタレ馬だからしないのか?』


 あぁ、やはり……行っといでとか言いながら、素直に見過ごすわけが無いと思っていたけど、やっぱりこうなるんだ。


 後ろから声が聞こえる。

 その声はいつも僕を悩ませてきた。


 簡単じゃない、簡単には終わらせてくれないってことみたいだ。

 振り向けば、妹がそこにいるのだから……

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振り向けば、妹がそこにいる件。 遥 かずら @hkz7

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