第52話 「縛るから」などと一言がやばい件

「はい、着いた」

「え? お屋敷なの? 入っていい所だよね……」

「ビビりすぎだからね? はるくんに戻った途端にそれなのだとしたら、さやはがっかりだなぁ」

「そ、そんな……」


 さやめに手を引かれてたどり着いた場所は、周辺の住宅地と見比べてみても、明らかに異質な感じがしておおよそ、一般人が入れそうな感じを受けなかった。


 見るからに威厳を世間に放ちまくりの厳かな造りで、屋根の台座には何かの紋章がついている。


「アー……ウー?」

「外語語が読めないとか、バカ馬のままなんだ。はるくんに戻っても、頭は良くならないよね。それはともかく、台座の上はアールト家の紋章なの。ここでさやは勉強をして、育ったんだ」

「そ、育った? え……さやちゃんは日本人で、あれ……?」

「調月は確かにそうだけど、さやがレイケと呼ばれているのを忘れたの?」

「レイケ……じゃ、じゃあ、ここでレイケの名を貰ったってこと?」

「鈍いね、鈍馬くん。主人様の前で恥をかきたくなかったら、大人しくしてて欲しいかな」


 さやめのことを学園のみんなは、レイケと呼んでいた。

 レイケが特別な存在で、先生よりも優れていて、学園に貢献しまくりなのだと。


 ここがさやめをそういう存在にした場所で、そういう教育を施した名門ということなのだろうか。


『Goedemiddag!』


「え? フ、フハ……」

「はるくん、主人様にこんにちはって返事を返して」

「あ、こ、こんにちは!」


 どうやらこんにちはと言われたみたいだ。


『うん、コンニチハ。サヤメ、彼が?」

「はい。運命の男の子です」


 しかも日本語ペラペラとか、助かる。

 見た目は穏やかそうな感じの紳士な男性に見えるけど、思ったよりも年は若いのかもしれない。


「さて、ハルマ。キミはサヤメにしなければいけないことがあるだろう? それを示しなさい」

「さ、さやちゃんにすることですか?」

「そうとも言える。ではサヤメ、二人で決め、終わりを求めなさい」

「ハイ、アールト様」


 この人がアールトと呼ばれている人なのか!?

 普通に話をしていていい人なのだろうか。僕はとてつもない人と口を聞いてしまっているんじゃ……


「はるくんは自由を得るために、さやに会いに来たんだよね?」

「そ、そうだよ。僕はさやちゃんを探して、探しまくって……今のままの状態を終わらせない!」

「あはっ! 終わらないんだ? それがはるくんの言葉なんだ」

「お、終わらないよ!!」

「……今までしたこと、されたこと……全てを許してくれるのかな?」


 この返事をしてしまえば、学園での立場も、彼女である円華との関係も許されないことになってしまいそうな気がする。


 だけどそれでも、今ここで返事をしなければ、一生終わらない。


「ゆ、許すよ! 僕はさやちゃんを許す。だから……」

「本当に? 本当にさやのしたことの全てを許してくれるんだ?」

「な、何度でも言うよ! 僕はさやちゃんを許す!」


 素を出している時点で、さやめにはもう隠すことも出来ない。

 自分を強くして接することも、もう出来ないかも。


 でももう嫌だ。


「許すから、僕のことも許してよ! さやちゃん――」

「はるくん。その前に、やらなければいけないことがあるよね?」

「な、何でもする! 何でも許すから! だから教えてよ」

「じゃあ、はるくん。キスして」

「す、する! するから!」

「はあ~ぁ……面白味が無くなったなぁ。少しは躊躇しろよ、バカ馬」


 やれと言われたらやる。

 今さら恥ずかしがっても、意味はない。


 キスでもなんでも、何でもやると決めた。


「じゃあ、キス……するから顔を近づけてくれる?」

「え? 僕がさやちゃんに近づくの?」

「早くしな!」

「ひっ! じゃあ、はい……」


 てっきりさやめから口づけをするものだとばかり思っていたのに、全然そうじゃなかった。


「……チュッ――」


「さて、と……さやに続いて発言!」

「え、うん」

「……」

「えーと、het spijt me、アールト様?」


 どういう意味かは分からないけど、申し訳ない気がして頭を下げて言ってみた。


『……ハルマ、キミを許そう。サヤメは私の為に怒ったのだからね。その気持ちがあるというのなら、その一言で全てを許そう』


 どうやら謝罪の言葉だったみたいだ。


 さやめにとっては育ての親と同じ人。

 その人に対し、失礼なことをした僕が悪かったのだろう。


「サヤメ、彼と共に帰りなさい。ここで彼の時間を縛っては可哀想だ」

「はい、ありがとうございます。今度また来られた時、その時は――」

「期待して待っているとしよう」


 どうやらようやく自由を得られたみたいだ。

 さやめは僕がこの国に来なかったら、どうするつもりがあったのだろうか。


 会えないまま一生を終えなければいけなかったのかと思うと、冷や汗しか出ない。


「さ、帰ろ、はるくん」

「じ、自由になれたんだよね?」

「あはっ! はるくんがさやを許すと言った時、その時から見えないひもが、はるくんに取り付けられた」

「え? 見えないヒモ?」

「目に見なくても、はるくんはもう、さやから離れることを許されない」

「そ、そんな……」

「見えなくても縛るし、縛ってあげる……さやの全てを許すんだものね?」

「ひぃっ……」


 やっぱり早まったのか。

 とにかく、円華を探して一緒に帰れるんだ。


 円華には謝って、それからまた何度でも謝ろう……。

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