第51話 「笑えないけど」と笑うあいつ

 円華の意味深な言葉は、俺を不安にさせた。一緒に異国の地に来てくれた彼女だというのに、円華だけが俺よりも先に何かの決心を固めたように思えてしまった。


「ま、円華……さっきの言葉の意味はどういう――」

「わたしは晴馬の彼女なのだぞ? 想いを噛みしめていた、ただそれだけのことなんだ。言っておくが、彼女なんだからな?」

「もちろん。円華は俺の初めての彼女で、すごく大事な彼女だよ」

「ふふっ、それならば何も思うまい」


 円華の様子がおかしいのは、普段さやめに強気な態度と言動があるのを見ていれば、分かることだ。


 ここであいつに会ってしまう、ただそれだけのことのはずなのに、円華はその答えが分かっているかのような微笑みを俺に見せている。


「円華はここの言葉は分かるの?」

「バ、バカにするなと言っているだろう! 少しは学んでいる。晴馬はどうか知らないが、家の力がある者はたとえ異国の言葉であろうと、学んでおく必要があるんだ。それはここでも例外ではないぞ」

「そうか、ごめん」

「気にするな! 晴馬、わたしは正面に見える食品店で、軽食を買って来るぞ。晴馬はここで待っててくれないか?」

「あ、うん……」

「怪しい動きをしなければ、危険なことはおこらないだろうからな! 急いで行って来る」

「き、危険って! は、早く戻って来てね」

「もちろんだ!」


 初の海外。

 それはいいけど、一人にされると一気に不安が押し寄せて来る。


 国に着いて何も食べていなかっただけに、円華がいち早く気付いてくれたのはありがたいけど……


『フハッテット?』


 あぁ、とうとう現地語で話しかけられてしまった。もしや捕まるのか?

 後ろの方で女性らしき人に声をかけられているけど、振り向いたら最後な気がする。


「ソ、ソーリー……って、これは英語か……うーん」


『そこのストーカー馬! 大人しく手を上げろ!』


 この声、笑い方。

 しばらく行方知れずで、いなくなったアイツの声。


『あれぇ? 振り向かないんだ? ほらほらぁ? こっちを見なよ! 晴馬』


 何でコイツは、日本から離れたところでも変わらずにいられるんだよ。


「あれあれぇ? もしかしてシカトかな? 人の言うことに耳を貸さないとか、そんな偉そうな行動が取れるはずがないんだけどなぁ」

「何だよ? 知ってて近付いてきたんだろ! さやめ!」

「せっかく彼女を連れて来ているんだから、会わせてくれないのかな?」


『か、彼女はお前では無いか! 好きな晴馬に会えたのだから、意地を張らずに素直に接すればよいのではないのか?」

「あはっ! その言葉、まぁまぁ面白いかもね? ……笑えないけど」


 何のために来たのかといえば、さやめを連れ戻すのが目的なのは間違いない。


「僕はさやめちゃんに会いたくて、会いに来たのに……どうしてだよ!」

「は、はるくん……?」

「僕はずっと忘れていた! だけど、さやちゃんだって僕をずっとずっと、離して来たじゃないか! どうしてだよ……もう僕はさやちゃんと離れたくないよ」


 もうこれで円華は僕から離れて行くんだ……これが僕の、素で弱い晴馬なんだと見られたのだから。


「それ、その姿が晴馬なのだな……そ、そうか……わたしはやはり、わたくしではその晴馬を引き出せなかったのか。勝負はすでに決していたというのに、わたくしは晴馬に甘えていたんだ」

「おじょ……」

「晴馬は素直になれ。その晴馬でもわたくしは好きだぞ。でも、わたくしではもう――」

「あっ! ま、円華! ま、待っ――」

「晴馬はレイケへ進め! わたくしは、その辺を見て回ってくるだけだ! ま、またな!」

「う、うん……ごめん」


 これも僕がハッキリさせなかったせいなのかもしれない。

 彼女として付き合うことになり、付き合っていてもさやめは僕を、僕のことをずっと……


「はるくん、さやについて来て?」

「さ、さやちゃん、僕は……」

「ずっと辛い思いをさせてたね、ごめん。はるくんの泣きそうな声で、さやもきちんとする」

「え、う、うん」


 さやめは僕を引っ張って進んでいく。

 幼き頃もこうして、手を引っ張られながらどこでも一緒に歩いていた気がする。


「……はるくんは、もうすぐ何もかも自由になれるからね? そうしたら、さやのことも決めてね」

「自由に……ぼ、僕は、ここに来た僕はもう――」

「うん、早くおいでよ」

「分かったよ、さやちゃん」

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