第50話 「抱きしめてくれ」と頼むお嬢と胸キュン

「全くしょうがない男だ。しかし、惚れた以上はわたしもお前を見捨てはしない!」

「は、はは、それはどうも……って、俺をどうするつもりが?」

「決まっている! 行くぞ!」

「ど、どこに?」

「異国だ! 晴馬はレイケがどこに行ったのか気になるんだろう? ならば行くしかないでは無いか!」

「どうやって……外国はその辺の電車とかでは行けないんだよ? 円華は知ってるの?」

「ば、馬鹿にし過ぎでは無いのか! 全く、確かにわたしは時代劇かぶれだ。だ、だが、伊達に令嬢と呼ばれているわけでは無いのだぞ? 社交界といった場にも出たことくらいあるのだ。晴馬こそ知らないのではないのか?」


 円華のことだからてっきり日本から出たことが無いとばかり思っていたけど、それは俺の偏見だった。


 お嬢と呼んでいた円華は正真正銘のお嬢様で、碓氷家の令嬢なのだと、今さらながら実感出来た。


「……え? ど、どこに?」

「行くと言ったぞ? まずは我が碓氷の黒に乗れ! 空港まで行く。手続きなどが心配なら、わたしが全て責任を持ってやる!」

「せ、責任……」

「あぁ、そうだ! レイケにどうにかしてもらうのもわたしが責任を持つ。異国にたどり着いても、晴馬はわたしが守ってやるぞ!」


 パスポート無しだし、空港で止められそうな気がするけど、それも碓氷家の力なら問題ないのかな。


 散々円華をないがしろにしていた気がしていただけに、それなのにさやめの所に連れて行ってもらえるなんて、円華は直接対決でもするつもりがあるのか。


「あ、あのさ、円華は俺の彼女で合ってる……のかな?」

「ふっ……その言葉、そのまま晴馬に返してやるぞ! レイケばかり気にするお前のことを気付いていないとでも思っていたのか? そしてわたしは晴馬が思うよりも強いんだ。負けるわけには行かないぞ」

「そ、そうなんだ。それなら……うん」


 しばらく会えていないさやめと、俺のことを助けてくれる円華。

 二人を会わせるのは怖いけど、今の関係は何とかしたい。


 俺を放っておいて、まさか外国に行ったきりだとは、さやめにはきっちりと説教をしてやらねば。


「……晴馬」

「うん?」

「晴馬の心に残れるように、わたしは負けないからな」

「の、残ってるからね?」

「世辞を抜かすな。晴馬は初めから、レイケのことしか考えていないでは無いか」

「い、いや……」

「晴馬の答えが出ていたとしても、わたしはわたしに嘘はつきたくないぞ。晴馬を好いているんだ」

「――俺も円華を好……」

「その答えは自由を得られてから聞くとする。今は聞かない……聞かないでおく」

「う、うん」


 そして予想通り、俺だけが空港で注目を浴びている件。


「あ、あのさ、俺、すごい睨まれてんだけど……」

「それはそうだろうな。パスポートも無しに渡航するなどと、国際手配犯だと思われるからな。だが晴馬は、わたしが認めるくらいに優しい男だ。不本意な判断などさせないから安心しろ!」

「国際手配って……」

「ふふ、滑稽な姿の晴馬も中々にいいぞ。守り甲斐があるというもの」


 いいのか悪いのか、円華にとってはさやめに勝負を挑むための旅でもあるし、俺の返事をハッキリさせるためでもあるのに、彼女の横顔は何とも晴れ晴れとした凛々しさがある。


 それにしても、ずっとさやめに会えていない気がする。

 寂しいという気持ちよりも、まずは会いたい。会って、話し合いたいという気持ちしかない。


 こんな思いをさせておきながら、自分だけ外国にいなくなるなんてあんまりだ。


「――ま、晴馬」

「え、わっ!?」

「頼む、わたしを思いきり抱き締めてくれないか?」

「こ、ここで? 搭乗ゲートは当然だけど、人が沢山いるよ?」

「た、頼む! わ、わたしは意気込んで来たけど、空の上が苦手なんだ……だ、だが、晴馬に触れてもらえば、この先如何なることが起きようとも、平気になる気がするんだ」


 勢いよく空港に連れて来た円華だったのに、実は飛行機が苦手だとか、この子こそ守ってあげたくなる。


「えーと……そ、それじゃあ」

「こ、来いっ! 思いきりだぞ? ぎゅっとだぞ?」

「う、うん」


 本当に愛しい彼女だ。胸がこんなにも温まるのは、恐らく円華くらいだろう。


 周りには大勢の人がいる。それでも、まさか搭乗する直前で抱きしめるとか、不思議なことでないにしても可愛すぎる。


 華奢な腰に両手を回して、キス……はしないまでも、円華の首の後ろに顔をつけると彼女は嬉しそうに笑っていた。


「……ふふっ、彼氏。晴馬がわたしの彼氏か。あぁ、いいな……この温もりと優しさは晴馬だからこそなんだ」

「ま、円華? ど、どうし――」

「しっ……このまま、黙って抱きしめて」

「わ、分かったよ」


 時間にすれば数分のことだったのに、彼女は何かの思い出を噛みしめるかのように、抱きしめていた。


「よし、いいぞ。行くか、晴馬!」

「へ? あ、うん」

「わたしは分かっているんだ。それでもな、晴馬。セップクする覚悟を持てば、その結果がどうであれ悔いは残らないのだ。そう思うだろう?」

「セ、セップク……懐かしい響きだね」

「ああ、晴馬、大好きだぞ」

「え?」


 まさか……いやいや、まさか円華の覚悟は、そういうことなのか。


 それでも俺はそうなって欲しくないとさえ思っているのに、この期に及んでいるのは俺だけなのかな。

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