第40話「こっちを向けよ」なんてほざきはコイツだけ
「あの子は何者なんだ?」
「帰国子女らしいけど、さやめと同じ国にいたとか何とか」
「晴馬はアレだなー。俺ら普通の男が相手にしてもらえないような女に好かれる傾向にあるよな。羨ましいような、大変そうな気がするような……」
「大変に決まってるよ! さやめを見ていれば分かるでしょ? だから結局、泉ちゃんも諦めるしかなくなって……い、泉ちゃんは大丈夫?」
「んー? あぁ、割とあっさりとした感じだな。思い出のキスでもしてやったか?」
思いきりキスをした。それもさやめが見ている前で。後々思い出すと、泉ちゃんの取った行動はいつまでも俺のことを追いかけるタイプだったとかで、内心ヒヤヒヤしたのは言わないでおく。
「まぁアレだな。あいつにとって、晴馬は近すぎたんだよな」
「どういう意味で?」
「普通、後輩は上級生にはそう簡単に近づけるもんでもないけど、俺の妹ってことでも近かったし、晴馬が何の警戒心も持っていなかったしな」
「だってそれは……男の子だと思っていたわけだから」
「とにかく、晴馬はそんなに気にしなくていいぞ。レイケもそうだけど、女子関係で大変そうだしな」
他人事だからそう簡単に言ってくれる。とは言うものの、兄であるカイがそう言ってくれたのは良かった。これで、自分的にはさやめとの問題と彼女である円華に、的を絞ればいいだけで……それなのに、何でだろう。
「レイケに聞いてみた方がいいんじゃねえの?」
「あ、ちょっと、カイ? どこに……」
「邪魔はしたくないしな。俺ではどうにも出来ないし、他の奴等と適当に過ごしとく。たくみもいないからな」
「じゃ、じゃあさやめに声を……あれ? あいつはどこに?」
「そういや、いないな。教室にジッとしているタイプじゃないけど、探しに行ってみたら? レイケ関係でなら、サボりにはならないはずだし、時間たっぷり使って探してみ?」
「う、うん」
少し気にはなっていた。さやめと同じ国にいたらしいお姉さんのようなカノジョが、まさかの同い年で、しかも何かの因縁がありそうな感じがあった。
もしかしたら、そのせいでさやめが焦っていたんじゃないかと思ってしまった。
「晴馬、どこに行く? もうすぐ次の授業が始まるぞ」
「……円華、えっと……」
「ふふ、言わずとも分かる。彼女だからな! サボろうとしているレイケを探しに行くのだな?」
「そ、そうなんだよ。円華と同じで、俺も真面目だからサボる奴は放っておくわけにはいかないなって」
「それならばわたくしも共に探そうか?」
「それは円華には悪いよ。一緒に授業を抜け出すことになるし、それはさせられないな」
「……では、晴馬。レイケを探して教室に連れ戻して来るのだ。そうしたら、晴馬に褒美をやろう」
「褒美?」
何やら顔を赤らめている円華に答えを聞くことは出来ず、上手く言葉に出来ないでいる。
「と、とにかく妙義先生が来る前に、教室から出た方がいい。晴馬、頑張れ!」
「あ、ありがとう! それじゃあ、俺はさやめを連れ戻して来るよ。じゃあ、また!」
円華に見送られ、とっととさやめを探すために教室を出た。本当に気遣いが出来る出来た彼女だ。
長い休み時間とはいえ、終わり際に教室から出て行く人はほとんどいないだけに、静まり返った廊下を歩くのは何となく気が引けてしまう。それでもこういう時間を自由自在に歩き回れるのは、レイケと呼ばれているさやめか、お姉さん先生くらいだ。それだけに探しやすいと言える。
「む? どうした、明空。もうすぐ授業なんじゃが……」
「モナカちゃん先生!? あっ、いや……僕はあの~」
「ふむ……良いじゃろう。では上から探してみるがよい。ではな」
「へ? う、上から?」
危険な香りを漂わせたカノジョ、リイサのことを預けた責任でも感じているのか、先生は授業を抜け出すのは見逃してくれるようだ。しかもその目的が何なのかも分かっているみたいだ。
上というと屋上になる。しかしさやめが上にいるかと言われると微妙な気がする。あいつは外にいるよりも中にいることの方が多い。つまり屋上という意味で考えるのは危険ということになる。
「あっ」
「あれー? 晴馬君だよね。何してるの? サボリかな? それなら指導室に一服しに来る?」
「み、美織センセーじゃないですか。ひ、久しぶりです」
「違うでしょ? 私のことはお姉さん先生って呼ばないと! そうじゃないと……ひどいよ?」
美織センセーは俺の顎に手を付けながら、手の平で何度も口の辺りをさすって来ている。何かしでかすつもりがありそうなので、すぐに距離を取って回避した。
「そ、そそそそうでした……あの、レイケをどこかで見ませんでしたか?」
「レイケ……あぁ、まだ関わっているんだね。まだ遊ばれているってことなのかな。ま、私にはどうでもいいことだけど、レイケを見つけたかったら上を探せば? じゃあ、晴馬君。レイケに飽きたら指導室においで? イイコトしてあげる」
もの凄く久しぶりに遭遇した美織センセーは、やはり危険な感じを出していた。それはともかくとして、もなかちゃん先生と同じことを言うなんて、どういうことなのか。
背がちっこいさやめが俺を見つけて不意打ちをかける時は、高さを使っての上から目線、または後ろから声をかけてくる。ということは、階段の踊り場に仁王立ちしていそうな気がするけど、いくら何でもそんな簡単な所にはいないはず。
「――はぁ、オツムが足りない馬くん、答え合わせしてくれない?」
「な、何っ!? ど、どこだよ? 後ろ……じゃないし、踊り場でもない。どこに隠れてんだよ?」
「隠れてないし」
「いいや、姿が見えない以上、どこかに紛れているに決まっている! 学園の至る所に隠し通路でも作っているんだろ? 卑怯な奴め」
探し出すと円華に宣言しておきながら、またしてもさやめから声をかけられてしまった。コイツは絶対に素直に姿を見せて来ない。今までもそうだったように、俺の知らない所に穴か何かを仕掛けているとしか思えない。上……まさか天井?
「あはっ! 全然分からないんだ? お嬢様には偉そうにほざいていたのに?」
「そりゃあそうだろ! お前いっつも隠れてるし、不意打ちしか出来ないもんな? たまには堂々と真正面から声をかけて欲しいもんだな」
「――へぇ……晴馬のくせに、生意気だね」
さやめの声色が変わった。だからといって、いつものようにビビっていたらコイツの思った通りの光景が待ち受けている。こういう時にこそ、あえて相手をしないで立ち去るのも手かもしれない。
「探してみろとか偉そうなのはさやめの方だろ。俺はそういう面倒な奴を探す暇なんてないからな。無駄な時間だし、教室に戻る」
言った直後に手痛い何かをされそうなんじゃないかとおどおどしつつも、真面目に教室に向かって歩き出そうとすると、ほんの微かに何かの香水のような匂いがしてきた。
さやめと一緒に暮らすようになってからいつも嗅いでいる匂いがある。その匂いは、さやめが着ている白のワイシャツを脱ぐ時に嗅ぐことが多かった。
「ま、まさか、こんな所で!?」
「こっちを向けよ、晴馬」
学園の、しかも誰もいない廊下でそんなことをするはずがない。何気に監視カメラもあるし、リスクのある行動をコイツが取るわけがない……そう思っていたのに。
「――な!? 泣いてる、のか?」
「あーあぁ~……泣かされちゃったな。晴馬はこうまでしないと、わたしを見てもくれないんだ?」
「そ、その前に早くボタンをかけ直せってば!」
「いっつもこそこそ隠れて着替えを見ているくせに、ここでは見ないのかな? んー?」
「学園だぞ? ま、まずいってば!」
さやめはギリギリの所まで胸元のボタンを外して、肌を露出している。ほんのり汗を掻いているせいか、さやめの匂いが俺の鼻をくすぐっているような感覚だ。
「ねえ、どうして君は逃げるの?」
「え?」
「さやめははるくんに近づきたいだけなのに、どうして逃げるのかな? 教えてよ」
何で学園の中の廊下で、肌を出しながらそんなことを聞いて来るというのか。
「避けたい? 嫌いになりたい? それとも……」
嫌いじゃないなんて、簡単に言葉で言いたくない。
「あぁ、くそっ、いいから肩とか出してないで、胸元のボタンをかけ直せってば!」
さやめが仕掛けた色仕掛け的なものにのりたくなかったものの、いつまでもそういう姿を見せられるのも嫌な気分になっていただけに、思わずさやめの両肩に手を置いてしまった。
「あっ――」
「い、いや……えと……」
「……してみなよ、ココに」
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