第39話「キミだけに教えるね」とささやく謎女子
さやめちゃんは部屋に帰ってもさやめに戻ることは無く、その日は久々にゆっくりと寝ることが出来た。たまにはこういう日があってもおかしくないし、いつもさやめちゃんならどんなにいいのか。
「明空、おはようなのじゃ!」
「モナカちゃん先生?」
「挨拶の返しは無いのかの?」
登校するといつもはカイかたくみが声をかけて来るのに、何故かモナカちゃん先生に呼び止められてしまった。一体何事なのだろうかと足下の先生をまじまじと眺めていると、すぐに叱責されてしまう。
「何を見ておるのじゃ! 挨拶を返さぬか!」
「あっ! お、お早うございます」
「うむ」
「じゃ、じゃあ僕はこれで……」
「待たんか」
教室に向かおうとすると先生はすぐに俺の手を握って離してくれなかった。もしや、このまま連れ去られてしまうのか。
「ど、どこも行かないので、手を離してもらえると良心が傷まずに済みます」
「む、そうか。立ち話もなんじゃからと思って、指導室に連れて行こうと思っていたのじゃが……立ち話にしとくか」
指導されるようなことを最近した覚えは無いのに、朝から連れていかれる所だった。
「明空に頼みたいのじゃが、聞くか?」
「もちろんです!」
「ふむ。さすがじゃの。実は今日から転校生が来るんじゃが、帰国したてで学園のことをよく分かっておらぬ。明空さえよければ、彼女に色々案内してやってくれぬか?」
「お、俺が……僕がですか? 学園のことをよく知らないのは僕もですよ? 他にも頼れる男子はいると思いますが……もしくはレイケとか」
「レイケでは駄目じゃ!」
「へ? で、でもレイケはこの学園のことはよく知っていて、だから特別な……」
「とにかく、教室に戻ってよい。すぐに紹介することになるから、その時からよろしく頼むぞ」
「は、はぁ……」
むしろカイとかたくみ、もしくは元からいる男子に頼めば何の問題も無さそうなのに、どうして俺なのか。そして何よりも、さやめを使えない……いや、さやめが使えないのは何故なのか。
「おっす、晴馬」
「おはよ……カイ」
「朝から暗いな。どうした、レイケと何かあったか?」
「いつも何かあるわけじゃないよ。というか、たくみは?」
「あぁ、あいつは拒否り中だ」
「え? 拒否?」
「保健室の一件だな。晴馬に関係なく、あいつはあの部屋に入り浸ってたからな。今は学園に来たくないくらい落ち込んでる。まぁ、そのうち戻るよ」
「そ、それは何というか」
たくみは面倒見がいいタイプだった。女子にもモテるだろうと思っていたのに、まさかの保健室騒動な彼女にそこまで入れ込んでいたとは思ってもみなかった。
「で、晴馬は?」
「そ、それなんだけど、転校生が」
「そういや、そんな噂が流れてんな。ウチのクラスにか? レイケとお嬢が炎上しそうだな」
「何でさやめと円華が?」
「そりゃあ晴馬が――おっと、誰か来たようだ。俺は席に戻るからな」
「え? 途中でやめるなんてあんまりだー」
こういう時、大抵は噂をした相手が後ろに来たことを意味していそうなので、恐る恐る後ろを見たものの、誰もいなかった。安心して前を向くと、目の前に見知らぬ顔の女子が顔を覗かせていた。
「うわっ!?」
「また会ったね、晴馬くん」
「え、あ! お姉さん!?」
「やだなぁ、こう見えて晴馬くんと同い年のはずだよ? お姉さんって、何、そういうプレイが希望?」
「同い年? いやっ、希望はしてないですから! と、とにかく顔が近いので離れてもらえると……」
てっきり机の上にモナカちゃん先生が座っているとばかり思っていたのに、カノジョは振り向きざまに上半身を屈めて、顔を接近させて来ていた。
「待て! 個人的な自己紹介ではなく、壇上で紹介をせぬか!」
「はいはーい! ごめんなさぁい」
気づけば先生はすでに教壇の上に正座をしていて、俺たちのことを上から見ていた。
「晴馬、お前スゲーわ! さすがだ」
「だから、凄くないから……誰か来てたんなら教えてよ」
「悪い、名前の知らない女子だったから晴馬に任せてしまった」
何故いつも女子の関係を任されるのか、意味が分からない。そしてさっきからとげとげしい視線をとある所から感じているのは、きっとさやめと円華に違いない。
「皆の者、静かに。今日より転校して来た女子を紹介するのじゃが、彼女は帰国子女であり、レイケが留学していた同じ国からの出戻りなのじゃ。その為、学園のことは一切知らぬ。もちろん、レイケと違って全てが特別ではないがの。とにかく、色々教えてやって欲しい。もっとも、その係は明空じゃ!」
『さすが晴馬だ!』『男子の鑑』などなど、何がすごくていつからそんな係になったのだろう。
「――というわけで、帰ってきました。あたしは、リイサ・なずき。レイケとは向こうでは色々あったような無かったような? ま、どうでもいいけどっ! なので、適当によろしくー」
だからなのかと言わんばかりに、さやめは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。昨日言っていたさやめのあんな奴とは、まさかカノジョのことだったのだろうか。
「では明空の隣の席に座るがよい」
「はぁーい! 言われなくても勝手に隣の奴をどかす……隣の人を退場させますけどー」
「……程々にな」
もしやさやめとは真逆的な女子なのか? 先生の手に負えない、いや、あまり関わりを持ちたくない問題児だったりするとか、そんなカノジョが何で俺なのか。
「晴馬くん、よろしくー!」
「不安だ……不安すぎる……」
「聞こえなかった? それともわざと? それじゃあ、もう一度」
さやめのことをどうにかしなければと考えていたのに、何でこうも新たな女子が来て、しかも俺に押し付けられるというのか。不安すぎて、不安を口にしていたせいか何も聞こえていなかった耳元に、軽い吐息が吹き込まれていた。
「ひっ!?」
「(晴馬くん、あたしがキミの面倒を見るよ。全身隈なく……ね。部屋はすでに把握。そのうち行くから……)」
「なっななな!? 何をして……」
「そういうことだから、よろしくー! あたしのことは好きに呼んでいいよ。もちろん、晴馬くんだけ」
カノジョの生温かな吐息が耳の中に吹き込まれたと思えば、とても嫌な予感しかしない言葉も一緒に囁かれていた。何なんだ、あの子。
さやめと一緒に暮らしていることも、まさか知っているとかじゃないよな。
「不安すぎる……」
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