第36話「すっと一緒ですよ」なんて言葉に寒気を感じた件

「兄者……ううん、晴馬センパイはわたしのお兄ちゃんになるんです。なってくれますよね?」


 おかしい……この子はこんなに迫力がある子じゃなかったはず。迫力を兼ね備えているのはさやめだけで十分なのに、どうして家の中で強化されてしまうのだろうか。


「い、いやーはは……それは無理だよ。カイがいるし、俺は泉ちゃんのお兄ちゃんになる資格なんて無いんだよ? カイは優しくないのかな?」

「優しいですよ……でも、それはしつけが厳しい家だからなんです。妹が可愛いとか、好きだからとかじゃないんです」


 泉ちゃんは俺を部屋の中へと突き飛ばした。しかし彼女自身は部屋の外で立ったままだ。まるで捕まえた獲物をじっくりゆっくりと、味わうかのような口ぶりで俺に狙いを定めている。


 泉ちゃんの部屋をじっくりと眺められる余裕は無かったものの、なかなか部屋の中に入ろうとしない彼女は、何かを見つけて欲しくて言葉を待っているように思えた。


「と、とりあえずベッドに勝手に腰掛けてごめんね」

「あっ、そこに座っていてくださいっ! 今からセンパイのお傍に行きますから」

「は、はい」


 ここは泉ちゃんの家で、泉ちゃんのお部屋。お邪魔させて頂いている身としては、逆らったりするのは良くないはず。

 今の時点で、泉ちゃんは上から目線な態度を強く見せているわけでもなければ、恐怖を感じさせるような行動には至っていない。


 単に俺がビビりなだけなんだと思うしかない。普段からとある妹に脅されているせいか、どんな妹ちゃんに対しても、何となくの恐怖感を抱くようになってしまった。


「センパイはわたしのことをどう思っていますか?」

「カイの妹だよ」

「そういうことじゃないです! す、好きにしていいんです!」

「す、好きになっていいってこと? いやいやそれはいくら何でも……」

「ち、違います。センパイが望むなら、わたしはここで押し倒されても何も文句は言いません……」


 やはり変だ。こんなことを言う子じゃなかったのに、いくら自分の部屋の中だからと言っても、雰囲気が弱々しい妹のそれじゃない。それともカイにすら隠していた本性を見せているのだろうか。


「……ん? ええっ!?」


 さっきまで意識せずに泉ちゃんの部屋に入らされていたものの、ベッドに腰掛けながら天井や壁をよくよく見ると、ドキッ! 自分だらけのプリント写真! が至る所に貼られているのに気付いた。


「あっ! 気づいてくれたんですね。晴馬センパイ」

「えーと……これは……ど、どういうことかな? 俺ってそんなにイケメンでもないし、そもそも写真をたくさん撮った覚えは無いんだけど、一体いつからなの?」


 こんなにも想われていることも意外だった上、泉ちゃん本人が全く悪いことをしたような表情を見せていないのが気になる。実は無意識に隠しカメラか何かで撮られていたとか? 


「晴馬センパイだから……です。センパイが気づかないだけで、隠し持っていたボールペンで撮っちゃいました! ふふっ、嬉しいです」

「ボールペン? え、いつの間に……ボールペン型カメラとか、そんなのを泉ちゃんが持っていたの?」

「はい! わたし、ハイテクなんです! 褒めて欲しいです!」


 褒めて欲しいとか、そんなことじゃないんだけど……逆らったら穏やかな表情から、さやめのように豹変するかもしれない。ここは大人しく頷いておかないと。


「じゃ、じゃあ頭でも撫でようかな~なんて……」

「お、お願いします」


 頭を撫でるだけでこの場を乗り切れるなら簡単なことかな。きっと俺のことをものすごく慕ってくれているに違いないわけで、部屋の中に自分の隠し撮りなプリント写真が見えていても怖くない。


「こ、こうかな?」

「晴馬センパイ……いて欲しいです」

「うん? な、何かな?」

「このお部屋の中に、センパイとずっと一緒にいたいです。ううん、いて欲しいです……」

「は、はは……も、もうすぐ帰る時間だし、家の人も心配するだろうからね」

「センパイの寮にはレイケがいるかいないかじゃないですか。この家には誰もいないです……だから、ずっとここで一緒に暮らして欲しいです……晴馬センパイ……お兄ちゃんにいて欲しい――」


 家には誰もいないということは、カイもここには帰って来ないのだろうか。妙に寂れている感じがしたけど、まさか空き家か何かに案内されてしまった!?


「だ、駄目だよ。ここは誰かの家なんじゃないかな? カイと泉ちゃんの家に帰らないと」

「大丈夫です。ここは間違いなくわたしのお家なんです。今は確かに住んでいませんけれど、時々帰らないと家が埃だらけになってしまうんです。だからセンパイさえ良ければ、わたし、ここでセンパイとずっと一緒に暮らしたいです」


 家は本物だった。それでも本当に暮らしている家はやはり別にあって、ここは以前暮らしていた家ということみたいだ。もしかしなくても、泉ちゃんはずっと俺と一緒にいてさやめに邪魔されない機会を窺っていたということなのか。


「そ、それでもダメだよ。泉ちゃんのことは嫌いじゃないし、可愛いって思っているけど……俺は彼女がいるし、彼女のことをもっと知らないと駄目なんだ。そんな状態で、泉ちゃんとずっと一緒にいるなんてことは出来ないよ。ごめん、ごめんね」

「それはレイケのことですか?」

「違うよ」


 一度目撃されている筈なのに、泉ちゃん的にはさやめを敵認定。どっちにしても、泉ちゃんはそんなに怖い感じはしないし、変わってもいない。きちんと説得すれば解放してくれるかもしれない。


「……そ、それならセンパイ。もう一度わたしの頭をなでなでして欲しいです」

「そ、そうだね。それなら……って、な、何をするのかな?」

「センパイはわたしのヒザの上に頭を乗せてくださいね! センパイの顔を眺めながら撫でられたいんです」

「そうなると下から腕を伸ばして撫でる態勢になるんだけど、い、いいのかな?」

「……はい」


 何ともマニアックな……なんて言ってはいけないけど、膝枕は理想郷。これを拒むのは良くない。


「じゃあ、頭を下ろすね」

「センパイ、くすぐったいですっ……!」

「ご、ごごごごめんっ! い、今すぐどけるからね?」

「ふふ……逃しませんよ? センパイはわたしの見える所でずっとずっと守ってあげますね……」

「へっ? いやっ、ちょっと、泉ちゃん? 撫でようとしているんだけど、腕が上がらないよ?」


 泉ちゃんの膝に頭を乗せたまでは良かった。体を横にしてすぐに腕を待機させていた。それこそ、これから撫でようとしてのスタンバイ状態。

 それがいつの間にか、両腕はベッドのマットレスカバーか何かに引っかかってしまったかのような感じで、動かせなくなっていた。


「しばらくそのままでいてくださいね、晴馬センパイ……」

「えっ?」


 ガンッ――

 何とも鈍い痛みが頭を襲った感覚だった。もしや頭突きでもされた? 


「うーいたた……失敗しちゃいました。そのまま動かさずにいてくださいね? こ、これからキスをしちゃいますから」

「キ、キス? いやいや、待って! こんな形でキスをするなんて、泉ちゃんらしくないよ?」


 どうやら勢い余って真面目に頭突きをしてしまった様子。決して怖さを感じないのに、両腕の自由を奪ってまで、俺とキスをしたいなんてあまりにも健気すぎる。


「センパイはこんなことでもしないと、わたしとキスなんてしてくれないんです。レイケに邪魔されるなんて、もう嫌なんです……だから、わたしのお願いを素直に受け入れて欲しいです」


 恐怖でも何でもない妹ちゃんの願いは、自由意思の利かない状態にしてキスをすることだった。まさかそこまでの想いだったなんて思わなかった。そのままキスをされるしかないのか。


「晴馬センパイ……」

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