第23話「やれよ?」なんて言い放つコイツは間違いなく

 何が何だか分からないままに、仮のさやめちゃんを久々すぎる俺の部屋に入れることに成功した。もちろん第一声は、「うっわ、きたなーい!」ということを言って来るに違いない。


「うっわ……ここがはるくんのお部屋なんだぁーうんうん、男の子の匂いがするよね」

「あれ?」

「どうしたの? わたし、何か変なこと言った?」

「そ、そんなことないよ。さやめじゃなくて、さやめちゃん? えと、どっちなのかなと」

「わたしだよ? おかしいね。どうしてそんな変なことを聞いて来るの? どっちもわたしなのに、変だね」


 どっちもさやめということは、もしやこれがウワサに聞く多重人格者か。いや、でも……そんなんじゃない感じを受けた。少なくとも、お母さんと話をしている時はいつものさやめと、さやめちゃんとしての彼女が出ていた。これはもしかしなくても、からかわれているのか?


 彼女は俺の部屋に入ると、すぐにベッドの上に腰掛けた。本来ならそこは、部屋に入った時点で真っ先に自分が座ろうとしていた場所だった。それを何故彼女がしてしまうのか。

 カーペットとベッドとの段差で、彼女は両足を交互に動かして挑発をしているようにも見える。


「そ、その髪の色はどうして? 普段は銀色だろ? 何で今は普通に黒茶色になってるのか、意味が分からないよ」

「何だ、そんなこと。銀色なんて簡単に染められるし。わたしの地毛はちょっとだけ茶色がかった黒でしょ? 何を今さらそんなくだらないことを言うかと思えば……それなら、近くで見る? いいよ、はるくんになら間近に迫られても」

「間近で? べ、別にいい! そうやって俺のさやめちゃん像を壊していくのはやめろよ!」

「さすがにアホ馬くんでも気づいたね? どっちもわたしって言った。晴馬のさやめちゃんは、晴馬が思い描いていた理想の妹であって、そのまま大きくなるとかあり得ないし。はるくんは大人しくて地味で、言うことを聞いてくれるさやめちゃんをお望みかな。それならずっとさやめちゃんを出してあげてもいいよ?」


 やはり同一人物で、ずっと俺をからかっていた。時々さやめちゃんとなって、からかっていたわけか。


「そ、それならお前のその……髪染めの真実を間近で見てやる! ち、近づくからな?」

「へぇ……? 小心な、違うな。小者な晴馬がわたしに迫れるの? いいよ? やれるもんならやりなよ!」


 なんたる態度だ。学園内や寮にいる時のさやめそのものじゃないか。間近に迫って、髪はもちろんのこと、おでこのほくろを確かめてやる。ここは俺の部屋だ。自分の部屋で弱気になってどうするよ!


「んー? 来ないのか? さすがびびり馬くん。本当に晴馬は変わってない。期待して待っていたのに、期待したわたしの気持ちを返してくれない? 学園外の学校に通っていた晴馬は、所詮そんなもんか」

「う、うるさい! そのままそこに腰掛けたままで待ってろよ? に、逃げるなよ?」

「あっれぇ? わたしにソレを言うんだね。ベッドに腰掛けている時点で後ろは壁しかないのに、どこに逃げろって? はるこそ、そのまま部屋のドアを開けて、『お母さん、さやめちゃんが怖いよー!』なんて、泣きながら逃げるのかな? それだったら面白いけど」


 先読みしすぎな上に、やはりひどい女だ。ちっとも可愛げのない奴に成長を遂げていたようだ。こんな奴に思い出を美化していた俺も、大概間抜けではあるけど、ここは男を見せてやる。


「ふ、ふざけんな! さやめ、お前は何なん――うっ?」

 

 痺れを切らしたのか、さやめに迫ろうとする間にコイツから無理やり腕を引っ張られてしまった。そして間近にはさやめの整いすぎた顔が見えている。


「面倒な奴。つべこべ言わずに、押し倒してみろ! 口ばっかりの晴馬に飽きて来たんだけど?」

「くっ……」

「壁じゃなくて、ベッドに押し倒せ。少しは女子の身体を優しくする努力をしてみろっての!」 

「う、うるさいな」

 

 生意気すぎるさやめの口を封じようとするには、人工呼吸しかないがそんな度胸は俺には無く、まずはさやめの言う通りにベッドに押し倒すことに成功した。こんなにも間近に顔が迫ったのは、教室でされた時と、おでこのほくろを見せられた時だけだ。


「――押し倒して終了ですか? 小者すぎて泣けてきたんだけど?」

「や、やってやろうじゃないか!」

「声が震えてますよ? やれるんですか? ほらほら、晴馬の両手を使いなよ? もしかしてわたしが指示を出さないと行動できないんですかぁ? ヘタレ野郎! わたしが許してんのに、やれっての!」


 迫力がありすぎて、若干びびっているのは悟られないようにしたい。まずはさやめの髪をかき上げることから始めよう。本性を現したさやめごときに兄としての弱さを見せつけてたまるものか。


 何でこうも人の家、俺の部屋で強気な態度に出れるというのか。自分の部屋ならマウントを取れると思っていたのに! どうしてこんなにも自分は弱気なままなのだろう。


「ほらほらー? どうした、どうした? わたしを押し倒すんじゃなかったのか? さやめごとき……面白過ぎるね。晴馬ごときがわたしにマウントを取れるとでも思ったかー? ウケるね」

「こ、このっ――!」

「目を瞑っててやるから、その間にやってみれば? 出来ないだろうけど」

「や、やってやる! そのまま目を閉じていろよ? と、途中で開けるなよ!」

「つべこべ言うなっての! 寛大すぎるわたしはヘタレ馬くんに五分くらいの猶予をあげるよ。五分以内に、わたしに触れることが出来たら、最後まで許してやる。その代わり、何も出来なかったら頬の痛みは覚悟しとけ」

「ひっ……」


 ここまで言われたらやるとこまでやってやる……が、まずは髪に触れて、額のほくろを確かめることにする。


「あ、そうそう、髪に触れる程度は触れたと認めないからそのつもりで」

「と、とととと……当然だろ? 髪なんていつでも触れられるしな」

「その言葉、明日も明後日も有効にしとくから、いつでも触りなね?」


 し、ししし、しまったぁぁ……! 言って後悔するとは思っていなかった。いつでもなんて言葉は非常に危険すぎた。この言葉はもちろん、あくまでも家の中での意味であって、学園とか外でするとは一言も言っていない。それなのに、コイツの答えは間違いなく所構わずいつでもどこでも……の意味じゃないか。


 それはともかくとして、まずはさやめの茶色がかった前髪に手をかけて、上にかき上げることに成功した。これくらいは迷うことなく出来た。


「うーん……? ほくろ……あ、あった。じゃあ、やっぱりさやめ……ちゃんなのか」

「わたしはわたし。そう言ったけど? 額と額をくっつけるのも、昔はよくしたよね。今もやれば? 出来ないかな、ヘタレ馬くんには」

「出来る! けど、今はそんなのより、さやめに触れてやるからな? か、覚悟しとけ!」

「あはっ! あははっ! さっきから声を震わせて、可愛いね? わたしを押し倒して満足しているんだろうけど、そのままだと情けなさ過ぎて晴馬の部屋で、泣きわめくけどいい?」

「は? お前が泣く? 泣くんなら勝手に泣けばいいだろ。俺は慰めもしないぞ?」

「本当に……? 確かに晴馬の部屋だけど、晴馬の家の中でもあるんだよなぁ。泣きわめいて、怒られるのは誰だと思う?」

「――うっ……な、泣くなよ? 絶対だぞ?」


 何だよコイツは! 押し倒されている状態でも、まるで勝ち気すぎるじゃないか。俺が何も出来ないと思ってそういう態度を続けているのが、何だかかなりムカついて来た。


「はい、三分経ったぞ? あと二分。叩かれるのはどっちの頬をお望み? ヘタレ馬くん」

「ふ、ふざけんな! さ、さやめっ!」


 咄嗟に出来たことといえば、真下に見えているさやめの胸に手を置いて、そのまま自分の手を動かすことしかなかった。


「あっ……んんっ……優しく、して?」

「いや、優しくしない」

「……なんて言うと思った? 胸に手を置いたくらいでそんな態度を出すとか、情けないね。さっすが、ヘタレ馬くん」


 コ、コイツはその辺のか弱い女子では無いのか? お嬢は手を繋いだだけで婚姻をなどと迫っていたのに、どうしてコイツはびくともしないんだ? こんなんじゃ触れたとみなされずに、間もなく強い衝撃が向かって来るじゃないか!


「後一分~! ほらほら、スカートにも手を伸ばせばいいんじゃないですかぁ? 足は閉じているから、こじ開ける必要があるけどね」

「さ、さやめ!」

「あっと、三十秒~ヘタレ馬くん? 無理かなぁ? わたしに触れられないキミはやっぱ――んんんっ!?」


 人工呼吸、いや……強引にさやめの唇を奪うしか、触れるうちに入らない。これは賭けだ。


「……ちゅっ……んんっ……んっ……ちゅっ……はぁっんっ……」


 こ、これはどこで息継ぎをすればいいんだろうか。自分としては唇を塞いで、軽く奪えばいいと思っていた。それがどうしたことか、さやめの両手は俺の両頬をぎゅっと押して……すでに叩く態勢だったらしいが、その手で顔を強制的に抑え付けられている。


 さらには執拗にすがりつくように、彼女の桜色にテカった小さな唇が俺の唇に迫って来る。


「んんんっ……ちゅっ……は、はるくん……」

「んぐっ!? んぐぐぐぐ……ちょっまっ……」

「はるくん、はるくん……!」

「ぐっ……も、もう無理……ぐがっ」


 顔を抑え付けられた状態で逃げることも話すことも出来なかったせいで、途中で強烈に眠気を感じてそのまま眠ってしまった。恐らく酸欠状態に落とされたと考えられる。

 これでは明日からは完全なる下僕の始まりかもしれない……そうは言っても、俺には難易度が高すぎた。

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