第22話「お嫁さんなの」とほざく黒い妹
「おっす晴馬! お嬢のお屋敷はどうだった?」
「どうもこうも……」
「いたんだろ? レイケが」
最近は休み時間になると、たくみがよく声をかけてくるようになった。たくみがいない時は、カイが……といった感じで、ようやく学園生活に慣れてきた感じがしている。
昨日のお嬢のお屋敷に行ったまでは良かったのに、あいつがいたおかげで何のために行ったのか分からずに悩んでいたので、声をかけてくれるのは有り難かった。
「たくみは知ってたの? というか何でさやめがいたのか意味不明なんだけど……お嬢も知らなかったみたいだし」
「絶対にいるわけじゃないから言わなかっただけだよ。何を言われた?」
「本当かどうか……だよ」
「じゃあ試されたってタイプだな。レイケは晴馬を特別扱いしてるから試したんじゃねえの?」
「何が何を? ただでさえ、お嬢からも試しの言葉を促されたっていうのに……訳が分からないよ」
さやめが俺を特別扱いしていることについては、そもそも学園外から転入して来た初日から言われていることだ。しかしその意味は、未だに分かっていない。
「試しの言葉?」
「お父さんの前で「貰います」って言うだけだったんだけど……」
「おま……それ、言っちゃった?」
「言ったけど、それについてさやめが「本当?」って聞いて来て、そこで言い合いになったからね……」
「そ、そうか。晴馬は後から気づいたかもだけど、その意味はアレだ」
「気付いたよ……油断というかなんというか」
考えてみればお嬢こと、円華は手を繋いだだけで婚姻がとか言ってきた女子だった。さらには付き合いを始めてすぐに家に呼ばれた時点で、すぐに気づくべきことだったのに、言葉の意味に何の疑問も持たなかったのは迂闊なことだった。
「……んーまぁ、何ていうか、何とも言えないけどレイケに救われたんじゃねえ?」
「むしろ迷惑をかけられっぱなしだよ! 今日も来てないみたいだけどサボリなのかな」
「言わなかったっけ? レイケの年休みは一日に限らないぞ。寂しいんだろ?」
「誰があんな奴!」
どこに行ってもどういうわけか必ず会うのは何でなんだ。それなら逆に俺からさやめを探し出して背後に回ればどんな顔をするんだろうか。それは何だか楽しみな感じがする。
「そういえばカイは? 最近見ないけど風邪とか?」
「いや、実家帰りだな。妹ちゃんも一緒に帰ってるよ。晴馬は帰らないの?」
「実家帰り? あれ、学園都市に越して来たら家族の所に行っちゃダメなんじゃないの? だから引っ越しして来たのに……」
「そりゃ誤解だな。一生帰ったらダメとか、そんなわけないだろ。土日とかに帰ればいいじゃんか! 近い所に越したんだろ? たまには顔を見せに行って来いよ」
そんなことはもちろん初耳だった。てっきり学園都市に住む以上は、親の所に戻ってはいけない何かの厳しさがあるとばかり思っていた。それなのに、そんなことは無かったというオチだった。
「じゃ、じゃあ明日の連休利用して帰ってみようかな」
「それがいいよ。あぁ、それと……レイケのことはいちいち驚かなくてもいいんじゃないか? 晴馬の反応を楽しんでいるように見えるし、アレは何だか分からないけど何か企んでるぞ。お前のハトコかもだけど、しばらく会っていなかったんなら、もはやそれは――」
「え?」
「そろそろ次の授業だな。じゃあ、週末に楽しんで来い!」
「う、うん、ありがとう、たくみ」
毎回のことではあるけど、何かの言いかけを残して、そのままにするのはどうしてなのだろう。それは、カイも同様だった。学園の連中は揃いもそろって、さやめに何かの口止めでもされているのだろうか。
そんな疑問を浮かべつつ、放課後になってすぐにさやめのいない部屋に戻り、実家に帰る支度をした。いなければいないで、何をしているのか気になる奴だ。どうせ実家の方にもすでにいるに違いない。
「ただいまー」と入って気づいたのは、余りに静かすぎたことだった。そういえば学園都市に越す時、両親は仲睦まじく暮らすと言っていたような気がしないでもない。
俺が住まなくなってからリフォームでもしたのか、真新しいリビングルームに、何もかもがピカピカな家の中は新築そのものだった。もしかして補助金でも出たのか?
トントントン……と小気味よく、何かの野菜でも切っているかのような音が台所から聞こえて来る。どう考えても、お母さんだ。きっと事前に学園から連絡が行って、息子の為に料理でも作っているんだろうなという認識で、嬉しくなって後ろから甘えのつもりで抱きついてみた。
「きゃっ」
「――えっ」
後ろ姿だけを見たままでそっと抱きついたのに、声を出したのは明らかにお母さんじゃない。
「だ、誰? え、えと、驚かせてごめん!」
「その声はもしかして、はるくんですか?」
「うっ? さやめ……?」
もちろん、いつも聞いているさやめの声だ。しかし、何か違う気がする。さやめなのにそうじゃない。さやめ? は俺に背中を向けたまま、中々振り向いてくれない。これはどう考えてもレイケさやめ?
「さやめだろ? やっぱり先に来てたんだな。何でお前いつもいつも俺が行くところにいるんだよ! というか、いい加減こっちに振り向けっての!」
「は、はるくん……さやは、はるくんにひどいことをしたの?」
「え? さや? いや、お前はさやめだろ? いつも俺の背後に立ってるだろうが! 何を芝居してんだよ」
何かがおかしい気がした。どう見てもさやめで、姿かたち、声も髪型も。
「お前、銀髪はどうした? 染め直したのか?」
「な、何のこと? そ、それより、はるくんはしばらく見ない間に怖い男の子になったの?」
どういうことだ? どう見てもさやめにしか見えない。もちろん、レイケと呼ばれているさやめの方だ。
「い、いやっ、あ、あの……ち、違うよ? ぼ、僕は晴馬だよ? 怖くないよ?」
「……本当に? 本当にはるくん?」
「本当だよ」
「……じゃあ誓いのチューをください」
「はい?」
「いつも会った時にチューをしてたよ。チューをして欲しいなぁ……ねえ、はるくん」
おでこのほくろを見せていたんじゃなかったっけ?
「早くぅ……」
「う、うん……ま、待っててね」
「……いつまでも待っていてあげる」
「い、いつまでお待ちいただけるかな? さやめちゃんさえ良ければ、一か月後くらいまでには……」
「本気なの? せっかくはるくんに再会出来たのに、一か月も経ったらわたしはいなくなっちゃうよ? それでもいいのかな? わたしとのキ・ス」
「いなくなる?」
「ねえ、しようよ? はるくんの幼馴染み……じゃなくて、妹がキスを待っているんだよ?」
「で、でで、でも……」
「ちっ……」
「え?」
何か舌打ちのような音が聞こえた気がするけど、気のせいだよねきっと。思い出のさやめちゃんが、舌打ちなんかするわけがないし。
「じゃ、じゃあ……す、するからね?」
『あらっ? 帰ってたの、晴馬』
「へ? お、お母さん? 帰ってたも何も、留守を人任せにしといてよく言うよ」
舌打ちは気のせいだとしても、さやめちゃんが待っているのにキスをしないなんて、そんなのは男がすたる。どう見てもさやめだから躊躇してしまったけど、こんな機会はほぼあり得ない。するしかない!
そう思っていたのにまさかの親帰宅とか、つくづくツイていない。それもこれも優柔不断が原因かも。
「さやめちゃん? さやめちゃんがお留守番をしてくれていたの? え、でも……鍵はかけていたはずなのに」
「はい、おばさま。失礼ながら、鍵は隠し場所から借りて開けてしまいました。はるくんが来る予感がしていましたので、お料理を作っておこうかなって思って上がらせてもらいました。ごめんなさい」
「まぁ! そうだったのね。さやめちゃんなら鍵の在処は分かるものね! 大丈夫、怒らないわ。それに、晴馬の為に料理を作るだなんて、もしかして学園生活でも作ってくれているの?」
学園生活でも? あれ? じゃあやっぱり、このさやめちゃんがいつものさやめなのか? でも話し方とか髪の色とか全然違うけど。
「いいえ、はるくんとまともに会えていなくて、料理をするのも今日が初めてなんです。はるくんさえわたしを受け入れてくれたら、毎日でもお料理をするんですけど……」
「あらら、そうなのね。晴馬! あんた、こんないい女の子をほったらかしにしてどういう学園生活を送っているの? てっきりさやめちゃんが全て面倒を見ているものとばかり思っていたのに」
「ほえ? どんなって、一人で寮に住んでるよ。そこにさやめが無理やり……」
「(……黙ってね、はるまくん?)」
「いでででで!」
「どうかした? 晴馬」
「な、何でもない」
強烈な捻りを手の甲に感じた。恐るべしさやめちゃん。やはりどう見ても同一人物……。
「晴馬は幸せ者だよね。こんなに可愛い許嫁が傍にいてくれるのですもの!」
「は? い、許嫁? え、なにそれ?」
「何って、さやめちゃんはあんたの許嫁でしょ? 昔から約束していたわよ。まさか、忘れたの?」
「ええええええ? 初耳なんだけど?」
いやいやまさかそんな、そんなアホな。俺の思い出にそんなシーンは浮かんでないぞ? 買収でもされたのか?
「い、今の話は本当なの、さやめちゃん?」
「う、うん……わたし、はるくんのおヨメさんになるの」
やばい凄く可愛い! そんな顔を真っ赤にして言うなんて、本当のことみたいだ。目の前にいるさやめちゃんが、いつもの可愛くないさやめと同じなわけが無い。きっと双子か何かに違いないんだ。
「えと、それじゃあ、レイケの方は姉ってことになるのかな?」
「……姉? 何のこと?」
「ほ、ほらっ、いつも俺と一緒にいるもう一人のさやめのことで、レイケって呼ばれている子のことだよ。さやめちゃんは双子だよね?」
「ちょっと、晴馬? あんた、何を寝ぼけているの? さやめちゃんが双子なわけがないでしょ! 許嫁なのだから、さやめちゃんは一人だけよ。あんた、疲れているんじゃないの? だから帰って来たの?」
いやいや待て待て。お嬢のお屋敷に行った時に、そんなことを言われた気がしたぞ。妹と思っているのは俺だけだとも。あの時の発言は、実はわたしは姉って意味じゃなかったのか?
「さやめちゃん……いや、さやめだろ? いつものさやめだよな?」
「……あははっ、あはっ! おかしなはるくん。さっきから何を言うかと思えば、わたしはわたし。そのままだよ? そうですよね、おばさま」
やはり買収済みか? それとも初めから知っていて下手な芝居をしていたとでも?
「晴馬、あんたの学園生活のことはさやめちゃんから聞かせてもらったわ。せっかく一人暮らしをさせたのに、どうしてさやめちゃんの言うことを聞かないの? そんなだから、料理も作ってくれないのではないの?」
「――え? が、学園に転入する条件だから引っ越しをさせたんじゃなかったの?」
「そんなのあるわけないでしょ? 晴馬はいつまでたっても、お父さんや私に甘えっぱなし。それでは将来の為にならない……そう思って、さやめちゃんに連絡を取っていたのよ? さやめちゃんも晴馬の様子次第では、料理を作ってあげるつもりで寮に入ってあげたというのに。どうしていつまでも思い出に引きずられているのかしらね」
「お、思い出も何も、コ、コイツはさやめだよね? 思い出というか、俺が小さい頃に出会ったさやめちゃんでしょ? ハトコで妹みたいに遊んであげた……お母さんも見てたよね?」
「はるくん……ううん、晴馬。おばさまは知らないこと。だから、晴馬の部屋に行って続きを話そう?」
目がヤバイさやめだ。まさにいつもの気配を感じている……どうやら本物らしい。そうなると、詳しいことまではお母さんは知らされていないということになる。
「俺の部屋があるの? 引っ越してリフォームして部屋を壊したとかじゃなくて?」
「息子の部屋を壊すとか、本気で言ってるとしたら母さん怒りますよ? あんたのお部屋は引っ越す前のままよ。二階に上がって、さやめちゃんとよく話し合いなさいね?」
「う、うん」
「行こ? はるくん」
「そ、そうだね。は、はは……」
レイケさやめと今のさやめちゃんは同一人物? 髪の色はどういうからくりなんだ。俺の部屋で話をするって言うなら、洗い
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