第24話「襲う?」とほざく同室の奴

「あら、もう帰るの? さやめちゃんに傍に付いててもらったお礼はきちんと言った?」

「傍に付いてた? あいつが? え、俺……何も覚えてないんだけど」

「何言ってるの? あなたの部屋で一緒に眠っていたじゃない! 寝ぼけているの?」

「で、あいつはどこにいるの? 起きたらいなかったんだけど……」

「『満足出来ました』って言ってもう帰っちゃったわよ? 隠しておいたお菓子でも食べさせていたの? さやめちゃん、昔からお菓子が好きだから」


 何故に母さんが俺の部屋の秘密なお菓子貯蔵を知っているかはさておき、あいつがお菓子好きとか初耳だ。それに何に満足したというのか。あいつに深すぎるキスをしたまでは良かった……しかしそこから先は意識が朦朧として、その間に何をしでかしたのかはまるで覚えがない。


「えと、帰ったってどこに?」

「何言ってるの? あなたとさやめちゃんは一緒に住んでいるんでしょ? そこしか無いでしょ。先に帰って、あなたの為に料理でも作っているんじゃないの? きっと待っているわよ。あなたも早く帰りなさい」


 せっかく帰って来たのに息子よりもさやめのことが心配とか、なんて親だ! なんて思っちゃいけない。


「う、うん。また来るからね?」

「その時は婚姻届けを持ってくるのよ? それか、先に提出してからでもいいわよ。それじゃあね」

「それって何年後とかの話だよね? それまで帰って来るなって意味じゃないよね……と、とにかく、帰るから」


 なんて恐ろしい発言なんだ。さやめと婚姻なんて、そもそも許嫁なんてことも初めて聞いたのに。当のさやめはこのことをどう思っているのかすら聞けていないし、意思の疎通すら出来ていないのはどうなんだ。


 そんなこんなで寮に帰ると、親の言葉通り、奴は俺をキッチンにて待ち構えていた。予想出来ていなかったとすれば、以前と違い、エプロン装着の後ろ姿を見せつけながら料理? を作っている姿だ。


「た、ただだ……ただいま」

「……それだけか?」

「へ? 帰って来たらただいまくらいしか言わないだろ」

「あっそ、じゃあ今晩の夕食は抜きってことで!」

「お前……というか、部屋の主が帰って来たのに、振り向かないってのはどうなんだよ!」

「あ、後ろから襲う?」


 何を言うかと思えば、やはりさやめは変わっていなかった。こんな訳の分からない奴を、いちいち相手にしていてはきっと、身が持たない。そう思ったら自分の部屋に向けて踵を返していた。


「バカ馬! 大馬鹿馬!」

「――なっ!?」


 気づいた時には床に頭を打ちつけていて、さやめに馬乗りにされていた。これは何の拷問かな?


「いつつつ……な、なにするん――ってぇ!」

「決めた。そうやって無かったことにする晴馬見てたら、許せなくなった。帰ってきたら、おでこをくっつける! これをしないとご飯抜きにするから。だから、くっつけろ! ほら、早く!」

「お、お前、何言ってんの? 今までそんなこと、いや、俺とくっつくとかしなかっただろ? 何で急にそんなどこかの世界の甘々な妹みたくなってんだよ! らしくないぞ?」

「わたし、元からこうだけど? それすらも記憶から消すなんてひどくない? と、とにかく、わたしが近付いてやってるんだぞ? は、早くやりなよ」


 俺の記憶は幼少の思い出から、部分的に操作されていたのだろうかというくらいに、元のさやめを知らないままだ。それはともかくとしても、今まで散々お高く留まっていたさやめが、何故急にこんな女子っぽく変化したのだろう。

 

「もしかして晴馬は分からないのか? 一回だけ見せるからやれ!」

「あ、あぁ……」


 そう言うとさやめは、前髪をバッサバッサとかき上げて見せた。確かこの行為は、女性として見て欲しいとか、あなたに好意を持っています……だったような気がするが、これってそういうことなのか?


 女子に馬乗りにされて、真上の間近にはさやめの瞳が俺を見下げている……ではなく、見つめて来ている。俺が住んでいる寮なのに、ここでもコイツにマウントを取られるなんて勝てる場所なんてないじゃないか。


「ん! んー! ふ、触れろっての!」

「あ!」


 心が開かれたのかは分からない。言われるがままに、眼前に見えているさやめの髪に指を梳かせてみた。


「んっ……はるくん」

「いやいや、髪に触れただけでそんな色気づいた声を出されても困る!」

「だって……こうされるのが好きだから。はるくん、わたし……凡愚のはるくんのことが――」

「……っと、お、俺、着替えて来る! さ、さやめは料理の続きをしてて欲しいなーなんて」

「聞きたくないの? わたしの言葉……」

「あ、後で聞くから! い、今は料理をよろしくお願いします」


 最後までさやめの言葉を聞かなかったのには、とてつもなく嫌な予感がしたからだ。その言葉を聞いた時点で、学園生活は全てさやめの言う通りに過ごさなければならなくなるだろうし、コイツに対してまだ恐怖心を抱いている今のままでは、素直に答えを聞いたところでどんな言葉を繰り出せるというのか。


 俺にも好きな人を自分から探して見つけ出す権利があるはずだ。許嫁か何かは知らないけど、まだ出会えていない女子に出会ってみたい。こんな一部分を見せて来て油断をさせようとするさやめを、俺はまだ信用していない。


「そうやってまた、逃げ続ける?」

「えっ?」

「凡愚の晴馬にはわたししかいないんだけど、逃げるんだ?」


 くそう、さり気なく平凡な俺を蔑みやがって。特別なレイケと言われているコイツは本当に、何様のつもりなんだ? それを知らないことには俺から歩み寄ることなんてしてやるものか。


「に、逃げてない。お前こそ、俺をそうやって見下すのをやめろよ! そうじゃないと近付けないぞ? 俺はお前のことを何も……いや、学園のさやめを知らないんだからな? お前を知らないままで、お前から俺に近づいて来たところで何も変わらないぞ」

「……そう、そうだね。それなら、猶予をあげる……猶予の間にわたしを調べて見つけて、探し出す猶予を。わたしを知ったら、間違いなく近くなる。近づいて、晴馬はわたしを求めるようになる……」

「た、大した自信じゃないか。い、いいぞ、さやめのことを見つけたらお前の望みを叶えてやるよ!」

「それじゃあ……約束手形、くれる?」

「手形? 何だそれ……」


 疑問を投げかける俺の右手は、その時点ですでにさやめの胸に当てられていた。またしても何も感じないに決まっているのに、さやめのささやか過ぎる胸に触れてしまっていた。


「……んぅっ」

「も、もしかしなくても、感じてたり?」

「晴馬の手だから決まっているよ?」


 俺の家ではあんな反応を見せていたのに、コイツは本当にさやめなのか? それとももう、がんじがらめの見えない鎖か何かで、さやめから離れられない運命に突入なの? 


「不安だ、不安すぎる……」

「たくさん不安を感じなよ。わたしを見つけるまで、晴馬は不安を取り除けないよ? あはっ!」


 目の前のさやめの行為と好意によって、不吉と不安な毎日が始まってしまうのか? 学園に来た時点で俺の運命は決まっていたなんて、そんなのはごめんだ。

 明日から積極的にいくしかなさそうだ。

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