第20話「言わせる気?」とほざく奴の視線が鋭い件
本物のお嬢様である円華に手を引かれながら、長く続く渡り廊下をひたすらに歩き続けると、そこがまさしくラスボス的な扱いかのような
円華の部屋こそは離れの洋室になっていたが、やはり外観通りの作りになっていたということらしい。
「ふ、ふすま? え? 円華の部屋だけ何で洋風なの?」
「ワタシの部屋は特注なのだ。父君が特別に作ってくれたのでな」
娘溺愛な父親という時点で、とてつもなく怖いイメージしか浮かんでこない。だけど、円華の言う通りにその言葉を言えば、父親も途端に優しくなってくれそうな予感もした。
「円華です。入ります」
「入りなさい」
俺も入っていいのか分からずにその場で止まっていると、円華が可愛い手招きで呼んでいた。学園の中では見る事の出来ない仕草で、ギャップ萌えしそうだ。
「は、入ります」
先に襖を開けた円華に従って部屋へ入ると、そこには厳かな雰囲気の父親と優しそうな母親が、正座をして俺を待っていた。武家屋敷のイメージ通りのまま、父親は和服姿で出迎えてくれた。父親の背には更に奥の部屋でもあるのか、分厚そうな襖がそびえている。
「そこに座りなさい。足は崩して構わないが、その前に聞かせなさい」
「えっ?」
何を聞かせろと言うのかと、首を傾げているとこれまた可愛らしい肘打ちで、円華が「言葉、言葉」と小声で伝えてきた。もしや、家に入る前に言っていたあの言葉のことだろうか。
「も、貰いに来ました……」
「は、晴馬!」
「んん? これで合ってた?」
「うんっ、うんっ!」
もの凄く大げさに、円華は首を上下に振って満面の笑みを見せている。どうやら正解らしい。
「……そうか、これはワシとコレだけが聞いただけでは認められぬこと。第三者の耳にも預けておきたい言葉。お主の名は何と申すか?」
「あ、えと、明空晴馬です」
「では、晴馬。もう一度、ワシの後ろにそびえる襖に向かって、その言葉を伝えてくれぬか?」
「は? 襖ですか?」
「うむ。正しくは、襖の奥におられるお方にあの言葉を聞いて頂く……で、あるな」
「は、はぁ……それでは大きな声を発しますが、失礼します……も、貰いに来ました!」
よく分からないけど、この言葉は碓氷家にとっては大事な儀式みたいなものかもしれない。それならと思いきり声を張り上げて、第三者がいるであろう奥の部屋に向けて声を出した。
『よく聞こえませんので、もう一度、その言葉だけをおっしゃってくださいませ』
何やら襖の奥から、ぼやけた声でご丁寧にもう一度言えとおっしゃっている模様。何度でも言ってあげよう。これはきっと円華の家の挨拶に違いないのだから。
「貰いに来ましたーー!」
『……へぇ? 本当に……?』
何やらどこかで聞いたことのある声が聞こえてきた気がする。そしてその声を聞いた円華も、首を傾げながら俺と父親の顔を交互に見ているようだ。
「ほ、本当――うっ?」
開かずのはずの襖が、スーっと左右に開き始めたと思っていると、ここには間違いなくいないはずの奴が眼光を鋭くして睨んでいた。しかも何故か奴も正座をしていた。
「――な、何でお前、こ、ここにいるんだよ?」
「それよりも、本当……?」
「な、何のことだよ?」
「……言わせる気?」
貰いに来ました……? 何を貰いに? さっきの言葉で円華は顔を赤くして、和服姿で体をうねうねと左右に悶えさせていた。母親は涙をこらえて喜んでいたし、父親は静かに頷いて納得の表情を浮かべていた。
まさか……?
「ほ、本当ってどういう意味だよ! お前、さやめに聞かせたからってそれが何の意味に繋がるっていうんだよ! お前に聞かせたところで意味なんてないはずだろ」
「はるー? 本当にそう思う? 円華の家に入っておきながら、逃げる気?」
「悪いが、お前ごときにその答えを言う意味は無いぞ。お前だと思わなければ、この言葉は意味を成していただろうけどな」
「そっか、本当かどうかも言えない? そう言うことなんだ……円華はまだされていないってことかな」
円華にされていないって何をだよ! と突っ込みたくなったが、ここは円華の家の中であり、両親がいる上に青ざめた円華までもがいる部屋だ。いつものノリでさやめとやり取りなんかしては駄目だ。
「し、したぞ? な、なぁ、円華?」
「え、あ……は、はい」
何をしたかと言えば手を繋いでいた程度であって、キスもしてない。さやめの言う、したことがソレの何かに当てはまっているかどうかは非常に怪しい所だが、今はそれどころじゃない。
「そう、それなら……もう一度、この場でしてくれる? その行為で、私もご両親も納得するはずだから。ほら、晴馬。円華にしたことをもう一度しなよ? ねえ、はる?」
な、なんて重苦しい空気と時間なんだ。そして、それをしていいのか? それって正解なのか?
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