第19話「もらいに来た」とフラグ立てをさせる彼女
お嬢にヤキモチを妬かれたのを微笑ましく眺めながら学園の外に出ると、予想の出来ない高級そうな黒くて長い国賓級な車が待っていた。映画やドラマなんかで見たことのある黒塗りな車だ。
「こ、これ……これが普通の車?」
「普通だ。晴馬もそうであろう?」
「俺は庶民出身だよ? そ、そんな黒くて長いロイス的な車なんて見たことも乗ったこともないよ……円華はやっぱり、ご令嬢なのかな?」
「大したことは無い。気に入らぬが、レイケには程遠い程度の屋敷に過ぎぬ。晴馬が気に入ってくれればよいが……」
気に入るどころか、すでに驚きまくっている庶民がここにいる件。そんな俺の心にお構いなく、お嬢の執事らしき人は後部座席に乗ることを指示してきた。
俺の手を一度離したお嬢は、俺が乗るのに続いて正面に向き合う対面シートに腰を下ろした。
「こ、これ、車の中?」
「何か不都合か?」
「な、何も問題なんてないよ」
どうやら車に乗った時点で、住む世界の違う本物のお嬢様だということを知ってしまったみたいだ。お嬢は俺を真っ直ぐ見つめながらずっと手を離してくれず、それなのに一言も口を開いてくれなかった。
「着いたぞ。晴馬、ワタシの手を引いたままで降りるがいい」
「りょ、了解」
車から降りた俺を待っていたのは、純日本風で広大すぎる武家屋敷が目の前にそびえ立っていた。見渡す限りの白い壁が、お屋敷をぐるりと囲っている。黒塗りの車に乗っていた上、お嬢しか見られなかったことで、ここがどこでどんな場所なのかは分からなかった。
それだけに帰る時もあの黒塗りの車に乗らないと、自分の住んでいる寮には帰ることは出来ないのだろうなと悟ることしか出来なかった。
「お、俺が入っていいお家かな?」
「何の戯言を抜かす? ワタシの晴馬なのだぞ。入ることを許さずして、何が彼女か。遠慮は要らぬ……」
「お、重そうな門が沢山見える……お、恐れ多いな」
「あぁ、あれならば心配無用だ。あれは本物ではないぞ。そんなことより、晴馬には家の中で父君に言ってもらいたい言葉があるのだが、言ってくれぬか?」
「そ、それは何かな? というか、お父さんは本物の武士とかじゃないよね?」
車こそ現代のロイス的な高級車だったけど、家の外観は間違いなく武家屋敷。そうすると、お嬢を始めとして中に住んでいる両親やその他大勢の方が、本物の方なのかと思ってしまうわけで。
「案ずるな。和服姿ではあるが、武士などではない。外観はお屋敷でも、中は普通の洋風だ。晴馬のご実家と同じだぞ」
全然違うと思われる。俺の家はただの一戸建てだし、武家屋敷そのものをこれまで一度も見たことが無い。
「晴馬は父君と母君に、貰いに来た。と言ってくれぬか? それだけで意思は通じるし、晴馬の今後は何も心配がいらなくなるぞ。もちろん、晴馬が気に入らないレイケとも戦える味方を得ることが出来ようぞ」
「へっ? も、貰いに? 何を貰えるのかな? それにレイケ……さやめと戦える味方って、それって円華と円華のご両親が俺を助けてくれるってこと?」
「そうだ。まずは家に入り、約束を交わして欲しい」
「何だかよく分かんないけど、言えばいいんだね? それで何かが変わるってことなら、言ってみるよ」
「ふ……ふふ……そう、言うだけ、言うだけで……ワタシと晴馬は――」
何故かお嬢は顔を紅潮させて、物凄い笑みを浮かべている。俺が言う言葉の意味は何を表しているのだろうか。兎にも角にも、普通らしいご両親に挨拶代わりに言って、それが俺とお嬢の為になるのなら言うしかないだろう。
「晴馬、こっちだ」
「え? 正面の立派過ぎる門からは入らないの?」
「そこは色々と口やかましい輩が多くいる。だからまずは、ワタシの部屋に案内するぞ。さっきの言葉は、それからで構わない」
想像通りに強面の門兵が中でお待ちかねでもしているということらしい。確かに面倒そうな予感しかしないので、そういう意味ではお嬢の部屋を先に見られるのは、嬉しいことかもしれない。
そこかしこに存在している戸の一つを開けて入ると、そこには洋風なカーテンで中の見えない部屋が待っていた。お嬢の部屋は意外にも、洋風の部屋ということらしかった。
「さぁ、晴馬。入れ」
何故か窓から侵入することになったものの、初めてクラスの女子の部屋に入れた。室内はお嬢の言う通り洋室で、しかも漆で塗られた木製の棚が壁中に張り付いている。棚の中はほとんどが時代劇コレクションになっていた。これはまさしく本物のコレクターに他ならない。
「円華って、やはりそうなの?」
「何のことだ?」
「その言葉とか、和服とか、時代劇好きすぎだよね?」
「当然だ。好きなことを徹底的にやることこそが、本物なのだからな。晴馬も日本男児であろう? ならば、ワタシ同様にこれからは常に、着物姿でいることが望ましいぞ」
「えーと……そ、それは」
「ワタシの彼氏であり、付き合っている関係なのだから当然の結果だ。そ、それとも、ワタシとその様な関係になることを望んでいないとでもいうのか?」
極端すぎる女の子だということが分かった。これは想像以上に、お嬢のことに気を遣わなければダメかもしれない。武家屋敷の中の洋室は、時代劇マニア垂涎の空間なだけに俺もそれに従うしかないのかもしれない。
「帰ったの、円華?」
「はい、お母様」
――って、あれ? 言葉遣いは至って普通のお嬢様だったりする? その時代劇マニアな言葉は学園と俺限定かな?
「入りますよ」
そんなこんなで、お母様と初対面だ。
「まぁ……! いらしておいででしたのね。それでは、円華……彼がそうなの?」
「はい」
「それじゃあ、ご挨拶は改めてお父様の元でお聞かせいただくことにするわね。円華はそのままでいらっしゃい。それと――証言記録の為にお客様に来て頂いているわ。彼女にも彼の言葉を聞いてもらいましょ」
「分かりました、お母様。すぐにお連れします」
これは何の世界だろうか。そしてお母様は至って普通のお母さんだった。和服姿でもなければ、怖そうな女将さんでもなく、優しそうな雰囲気を出していた。お父さんもきっとそんな普通の父親に違いない。
「では、晴馬……ワタシと行こう」
「そ、そうだね。行こうか」
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