第18話「ふん……」とツンなお嬢様は可愛かった

 さやめに二度目の屈辱的な人工呼吸をされたことはさっさと忘れ、その後の授業は問題なく受け続けた。たくみの言う通り、さやめが壇上に上がろうが教室から勝手に出ていこうが、誰も気にしていなかった。


 授業が全て終わって後は帰るだけになった帰りのホームルーム後、教室に残っていたたくみに、もう一度話を聞いてみることにした。


「あのさ、言いかけた続きを教えてよ」

「んあ? 何だったっけ?」

「だから、さやめの権利がどうとかってやつ」

「あー……忘れた。それにそういうことは、俺じゃなくてレイケ本人から聞いた方がイイと思うぞ。俺の口から言ったところで、本当かどうか分からないだろ?」

「あいつから直接聞くことが出来ないから聞いてるわけだし……嘘でもいいから教えてよ。たくみなら結構知っているよね」

「知ってるって言っても、レイケが特別な学生ってことなだけだし……学園の貢献者ってことくらいしか知らないしな」


 さやめが特別扱いされているのも理解出来ないことだし、何がすごくて、何が偉いのかさえ全く分からないままだ。そんな彼女に選ばれた俺なら、あいつから直接聞き出せるというのだろうか。


「まぁ、そのうち分かるよ。それよりも晴馬はお嬢と付き合っているんだろ? レイケがいない今のうちに、彼女と仲良くしとけばいいんじゃね?」

「え? 何で知ってるの?」

「そりゃあ分かるだろ! ほれ、お嬢を見てみ?」

「へ?」


 たくみの指差しの通りにお嬢を眺めてみると、普段は寄り付かせていない女子たちに、自慢的な話をしているのが見えた。しかも一瞬だけ目が合ったと思ったら、顔を赤くして黙ってしまった。


「お嬢を落とすとは意外だった。いくら自由な学風でも、和服姿で武士言葉を使っているお嬢に近づく男はいなかったんだぜ? それなのに晴馬はあっさり近づいて、しかも手まで握っているからな。そりゃあ惚れられるだろうな」

「い、いや、あれはそういうつもりで手を握ったとかじゃなくて……さやめのことをよく思っていないみたいだったから、廊下で話をしようと連れ出しただけでそんな思いはなかったんだよ?」

「それにしたっていきなり初対面の奴に手を握られたら、それはそう思われても仕方ないぞ。俺もあの行動を見た時は、晴馬スゲーって思った」


 初日にそんなことを思われていたなんて思いもしなかった。レイケ……つまり、さやめのこともあったから、すぐに話しかけてくれたということなのだろうか。


「い、いや、でも……お嬢と付き合うことに関しては何も言わないの? たくみもカイもだし、他の人も文句は言わないのかな?」

「男を一切寄せ付けなかった鉄壁のお嬢に手を出した晴馬は、俺らにとっては英雄みたいなもんだ。文句は言わないぞ。レイケの厳しさも今は晴馬に全て行ってるから、俺らがレイケに何か言われることも無くなったってのも関係してるしな。選ばれた晴馬は俺らの最後の希望だ」

「そんな大げさな……」

「――っと、ウワサをすれば、だな。彼女が席を立ったぞ。まぁ、頑張れ! じゃあまたな、晴馬」

「え? ええ?」


 気を遣われたのか、たくみや他の男連中は教室から出ていってしまった。さっきまでお嬢と楽し気に話をしていた女子たちも、いつの間にか教室からいなくなっていた。


「キサマ、晴馬」

「う、うん」

「行くぞ!」

「えーと? ど、どこに?」

「何を言っている? ワタシの家に決まっているだろう」

「あ……そ、そうだったね。つ、ついて行けばいいのかな?」

「手を繋げ」


 そう言いながら、お嬢は俺の前に手を差し出してきた。


「じゃ、じゃあ遠慮なく……」


 さやめに言われたままに従うのは癪なことではあるけど、今はまずお嬢を知ることを優先する。さやめに言われたから付き合うことにしたというのもお嬢には失礼だろうし、それを知られたら悲しませてしまいかねない。


「では参ろうぞ。学園の外に車を待たせている。ワタシの手を離すでないぞ」

「車って、人力車とかじゃないよね?」

「……それは冗談か? それともワタシを愚弄しているのか?」

「ち、違うよ? ほ、ほら、おじょ……円華ってそんな和服姿をしているし、家もそんな感じなのかなって思っただけで、悪気はないしバカにもしてないからね?」

「それならばよいが……車は普通の車だ」


 さすがに家は普通の家ということらしい。恐らくこの言い方だと、その辺を走っている普通の乗用車なのかもしれない。


 お嬢に手を引かれながら、学園の外に出るまではひたすら注目を浴びまくった。そのほとんどは、学年の違う年下の女子ばかりで、その中で泉ちゃんにもお嬢との関係を見られてしまった。


「セ、センパイ……そ、それはだ、誰ですか?」

「え、えと、クラスの友達だからね?」 

「――急ぐぞ晴馬」

「あっ……そ、それじゃあ、またね、泉ちゃん」

「センパイ……ま、またです」


 一番見られて欲しくなかった女の子に見られてしまった。泉くん改め、カイの妹でもある泉ちゃんは自分を慕ってくれている後輩女子だ。それだけに、お嬢に手を繋がれたままの状態を見られたのは、何となく罪悪感があった。


「晴馬はワタシがいながら、堂々と浮気をするのか?」

「う、浮気って……そんなんじゃないからね? そ、それに、ずっと手は繋いだままだよ? 浮気と言うならその場で手を離すだろうし、怪しい関係じゃないよ」

「――ふん……」


 これはもしかしなくても、泉ちゃんと俺に嫉妬を抱いているのかな。さやめの言う通り、俺自身がお嬢に夢中になっていないということを、お嬢に知らせてしまったみたいなもんかもしれない。

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