第17話「見惚れたか?」と妖しく笑う再従妹
さやめの姿は教室に戻っても見つけることが出来なかった。モナカちゃん先生を始めとして、クラス連中もさやめがいないことに関して、触れもしなければ話題にすることも無かった。
「ね、ねえ、たくみは何か知らないかな?」
「もしかしてレイケのこと? 不思議なことではないから誰も何も言わないけど、晴馬は知らないんだったっけ?」
「何のこと?」
「レイケも人の子って奴だよ。年に数回くらい、学園を休んで親とかお世話になった人に会いに行く権利を持ってるんだよ。それ以外は夏休みだろうが冬休みだろうが、レイケに長期的な休みは無いからね」
「それって季節ごとって意味だよね? あいつに休みは無いってこと? 何で……」
「あぁ、それは……うっ?」
「どうしたの? さやめのことをもっと教えてよ」
『お、お主たちは授業を聞く気が無いのか? そ、そんなにモナカの授業は面白くないのか? 特に明空! お前に聞く』
たくみの動きが止まったと同時に、先生の震え声が真後ろやや下から聞こえてきた。モナカちゃん先生の姿は俺からは見えない。
それなのに存在感が半端ないのは、担任ゆえだからだろう。
「お、面白いです。授業も聞いていないようで聞いていました。ほ、本当ですよ?」
「ほぅ? では先ほどの答えは何じゃ?」
答え? いや、そもそもいつの間に授業が始まっていたのだろうか。休み時間はすでに終わっていたとか、先生が教室に入って来ただとか、全く気付かずにいた。
「えーと、笑えば許してやる。です……」
「お、おい、晴馬。問題も出ていないのに答えを言うとか、お前大丈夫か?」
「だって今は授業中だろうし、先生がいて、それで何かの問題が出ていたんじゃ?」
てっきりそうだとしか思えなかった。カイはぐっすり眠っているみたいだけど、他の人は話をしていない。何かの授業をやっているとしか考えられずに、適当な答えを言ってしまった。
「登戸は口を慎め! モナカが聞いているのは明空じゃ」
「す、すみませんです……ってことだから、晴馬あとよろしく」
「ええぇ? そ、そんなぁ」
「その答えはどういう意味じゃ? 明空にとっての問題が発生していて、それについての答え……そういうことでいいのじゃな?」
「た、たぶん、それです。問題はあの、調月が出していたものでして……」
「ほぅ? レイケが出した問題とな?」
もちろん大嘘である。そもそも、さやめがここにいないのに、答え合わせなんて出来るはずもないわけで。モナカちゃん先生なら笑って許してくれそうな勝手な予感があったからこその答えだった。
「笑えば許す……か。ふ……では、レイケに答えを聞くとしよう」
「へっ? レイケ……じゃなくて、さやめが来ているんですか? え、あれっ? だって」
いつもは知らずのうちに背後にいて、思わぬところから声をかけてくるさやめ。
それが今回は、恐らく俺にとっては初めて、真正面からさやめの姿と声掛けを体験することになる。
「そういうわけじゃ。レイケ、改めて明空に問題を言うのじゃ」
モナカちゃん先生の声により、黒板のある檀上に普段はまともに見たことのない服を身にまとった、さやめの姿があった。制服に見えなくもないけど、真っ白なワイシャツに何かのネックレスをぶら下げていて、胸元は開けている。
黒のタイトなスカートを穿いて……妙に艶めかしい。
「
「あ……う……あうあ――」
銀色に輝く長い髪を揺らし、前髪を掻き上げて彼女は俺の顔をじっと見つめている。整えられた眉毛、ほんのり桃色に照らされた薄い唇は閉じられたままだ。
「んー? 晴馬くんは言葉を忘れてしまったか? それとも見惚れたか?」
「はっ!? だ、誰がさやめごときに見惚れるって? 馬子にも衣裳って奴だなぁと思っていただけで、自惚れるなっての! 大体何でそんな先生が立つ所にいるんだよ。偉そうにするなよ!」
「そんなことより、晴馬に問題。わたしはこれからどこへ行き、何をして来るでしょうか?」
「知るかよ! お前いつもどこかにいなくなるし、俺と違って特別なんだろ? 俺の知ったことじゃないぞ」
「あはっ! この期に及んで強がりを言うんだ? 教室の中で……や、わたしを真正面から見たことのない晴馬にとっては、ショックだったか?」
驚愕した。さやめの雰囲気がガラリと変わり、誰も誰にも彼女の邪魔をすることを拒むかのように、カリスマ性のある出で立ちが、教室の重苦しい雰囲気を呑み込んでいた。
「キミの答えは檀上では聞かない。直に目を見て聞くことにしようか」
「何をするつもりだ?」
檀上にいたさやめは、タイトスカートから出しまくっている素足を気にすることなく、俺の席の前まで歩いて来た。代わって、モナカちゃん先生が壇上に戻り、俺とさやめを除いたまま授業を始めてしまった。
「授業が始まるのに、お前何で……」
「黙りなよ、晴馬」
檀上と黒板とクラス連中を見えなくするようにして、さやめは俺の机に両手を置き、俺の顔に近づいて来た。まさか人工呼吸でもする気なのか?
「何を期待しているのかな? あはっ――変わらないね」
「な、何っ?」
「バチッ」とさやめの両手で頬を叩かれたと思ったら、彼女の手はすぐに離れ、前髪を掻き上げて額のほくろをおもむろに見せて来た。
「思い出さないか? わたしと晴馬の誓い……おでこのほくろを見て、何とも思わない?」
「い、いや、どうかな……それが思い出の中に残っているのは確かだ。だけど、誓いとかそんなのは分からない。第一、思い出の中のさやめは今はいないんだぞ? どうやって思い出せって言うんだよ」
思い出のハトコ、さやめちゃんは大人しくて物静かで、とても優しい女の子だった。それが今や見る影もないどころか、あれは幻だったのかと思うくらいに原形をとどめていない。
「答えをもう一度、わたしに言いなよ」
「は? 答え?」
「妙義先生に言った答え。わたしに出された問題の」
適当だったし、そもそも問題すら出されていなかったことなのに、何故それを聞いて来るんだ。
「……笑えば許す、だ」
「あぁ、うん。そうか、そうだね……今日はこの後に、お嬢様の家に行くんだろ? ビビりの晴馬が人様の家に行くだなんてね」
「さやめが俺を心配してくれるのか? 意外だな」
「心配にもなる。お嬢様と付き合うことを決めたくせに、誰かさんは彼女を見ていないわけだし。まるで迷いネコのように、道が定まっていない。心配にもなる」
さやめの顔しか見えないこの状況では、モナカちゃん先生はおろか、お嬢の姿も見ることが出来ない。
「お前こそ貴重な休みで家に帰るんだろ? 気軽に行ってくればいいだろ! 俺に構わずに」
「それは聞いたんだ? そう、そうだね……」
俺の言葉に彼女は、細目になり、口角を上げて妖しげな笑みを浮かべた。それはまるで妖艶のように。目の前に迫るさやめの顔にも困るし、胸元をわざと開けて見せつけている肌にも視線が泳いでしまう。
「あはっ! 行くよ? わたしも家に行くの。いずれ晴馬も行くことになるだろうけど、今のわたしと思い出の中のわたし、どちらを選ぶのかな? 楽しみだ」
「な、何が? 家に? 選ぶって何のことだよ」
「それは晴馬自身の答え。わたしじゃないな」
「俺は答えを言ったのに、お前は言わないなんておかしいじゃないか!」
「笑って許してあげた。それが答え……それと、こっそり胸元を覗き込んでいるヘタレな晴馬も許した」
「なっ!? むぐっ――!」
口を開けて驚いたと同時に、口を塞がれた。またしても人工呼吸だ。幸いなのか不幸なのか、誰にも気づかれてはいない。
「――ん、これで許す。誰にも見られていないから、晴馬の名前が馳せることは無いけど」
「お、お前、どういうつもり」
「何も。さて、わたしは行く。晴馬は自分の部屋を綺麗に保ちな。それと、お嬢様をきちんと見てあげろよな。彼女はアレが素なんだ。晴馬は目を背けるな! じゃあね、はる」
「あっ、おい!」
人工呼吸にも驚いたが、やること言うこと全てに呆気を取られていた。さやめは俺から離れ、誰に挨拶をするでもないまま教室から出ていった。
何なんだよ、あいつ……あれがさやめちゃんなのかよ、くそっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます