第16話「どっちがいいですか」と涙ながらに訴える子

「晴馬。ちといいか?」

「何かな、カイ」


 さやめにしてやられた日のことを記憶から消し去り、登校して教室に入るとカイが声をかけて来た。それも何だか気迫のようなものを感じてしまう。

 何かしただろうかと怯えていると、苦笑されながら手招きをされた。


「晴馬はレイケが好きだったりするのか?」

「好きでは無いけど、何で?」

「……じゃあ純粋な妹は?」

「えっ? 何が純粋なのか分からないけど、嫌いじゃないよ。どういう意味?」

「俺、あいつの兄なんだよ。で、晴馬のことが好きだってことも聞いたというか、知ったというか……晴馬自身はどうなのかな、と」


 カイの妹というと、前にカフェ学食で逃げられた子のことだと思われる。


「どう思うも何も、まともに話なんか出来てないよ? だからよく分かんないかな」

「鈍いな、お前は。ということで、おい! 泉、出て来い」


 泉? さやめが言っていた泉くんが女の子説はもしかしなくても本当だったのか?


「お、おはよ……ございます。兄者」

「泉くん……? あれ? 女の子だよね? え、じゃあ……俺の部屋に来たのって、泉ちゃん?」


 壁の陰に隠れていたらしい制服姿の女子がひょっこりと姿を見せた。セミロングの茶色がかった髪を揺らしながら、俺とカイの前に現れたのはどう見ても女の子だ。


「はぁ……晴馬お前、凄いな。あのレイケも手を焼くくらいの鈍さだな。声とかですぐ分かるだろ? ジャージ姿だってどこから見ても女子だったのに、晴馬ヤバいな。とりま、俺は教室戻るから妹をよろしくな」

「え、ちょっと?」

「泉はきちんと伝えろよ? そうじゃねえと、マジで晴馬は理解しないままだぞ。じゃあな」


 何やら含みを持たせたままで、カイは教室に戻って行った。廊下に取り残されたのは、女子と判明した泉くんと俺だけだ。


「え、えーと……ごめんね? この前はあの、さやめの奴があんなコトをして……キ、キスとか」

「あ、い、いえ……同じ女子にされるのは初めてでしたけど、気にしてませんから」


 廊下で話すのは何となく気まずさがありすぎる。それというのも教室が近すぎるし、さやめが近くで俺たちを見張っていると思うと気が気じゃない。ただ幸いにして、朝の休み時間は長い。

 この時間を利用して、緊張感が漂う泉くんを連れて階段の踊り場まで移動することにした。


「あの、兄者……?」

「ごめんね、俺が鈍すぎて。女の子なのに部屋に呼んでしまって……さやめのことはともかくとしても、あんまり楽しくなかったよね。それに、せっかく泊まろうとして来てくれたのに。でも何で男のフリをして俺に近づいたのかな?」

「そ、その前に、兄者とお兄ちゃん……どっちで呼ばれたいですか? ううん、呼んでいいですか?」


 泉くんは握りこぶしを作り、瞳を潤ませながら俺を見つめて来ている。可愛すぎる……これが本物の可愛い妹なのか。あいつとは全然違いすぎる。

 昔のあいつもこんな可愛い妹だったはずなのに……。


「え、えと……俺も、泉くん……じゃなくて、泉ちゃんと呼んだ方がいいよね?」

「ど、どれでも嬉しいです」


 兄者と呼ばれるとそれはそれでこそばゆい感じがする。お兄ちゃんと呼ばれたいのが本音ではあるけど、本物の兄がカイということが分かっている以上は、それはやめた方が身のためな気がした。


「それじゃあ泉ちゃん、俺のことは晴馬でいいよ」

「晴馬……センパイ。ダメ、でしょうか?」

「うん、よろしくね! 泉ちゃん」

「は、はいっ! 負けたくないので、わたし、頑張ります! 晴馬センパイ、また会ってくださいね。それじゃあ!」

「うん……ん?」


 何に負けたくないのか聞けずじまいなまま、彼女は本来いるべきの学年棟に戻って行った。何だかあっさりとした感じで妹ちゃんを受け入れてしまった。

 てっきり男装で距離を縮めて来るとばかり思っていたのに、恐らくさやめが変な圧力をかけたのが原因に違いない。


『晴馬! そこで何を突っ立っている!』


「ひっ、ごめんなさい」


 いくら朝の休み時間に余裕があるとはいえ、いつまでもひと気のない踊り場にいても意味がない。そしてこういう時には決まって後ろから、さやめに声をかけられるという条件反射が生まれていただけに、声をかけられただけで思わず気をつけの姿勢を取ってしまった。


「って、あれ? さやめじゃない……」

「何だ、浮気か?」

「お、おじょ……じゃなくて、円華? どうしてここに?」

「登校だ。此度は少々の不覚を取って、遅れてしまったのだ。晴馬こそ何故ここにいた? まさか逢引きか? ワタシというものがありながら……キサマ」

「い、いやっ、ま、待っていたんだよ。教室にもいなかったし、円華が来るのをここで待っていたんだ」


 ――というのはもちろん、真っ赤すぎる嘘である。そもそも教室でさやめ以外の女子を気にしたことが無い。さやめを気にするのも好きとかという感情ではなく、気配を気にしているだけだ。


「そ、そうか。早速、彼女を出迎えてくれたのか。では礼を尽くそう……ワタシにセップンをしてもいい」

「ごめんそれは無理!」

「な、なにっ? 彼女からのセップンを何故断る? 愛していないというのか!」

「えーと、付き合い始めてそれはまだ早すぎるよ。もっと親睦を深め無いことには……」

「では、選べ」

「な、何を?」

「本日、我が屋敷に来るか? あるいは教室に入るまでワタシの手を引き、一日中傍に仕えるか。選べ」


 お嬢は時代錯誤ではなく、相当な時代劇マニアなのか。それとも旧家のご令嬢だったりするのか、どっちにしても選ばないと間違いなく遅刻確定だ。俺のせいでお嬢を遅れさせるのはよろしくない事態だ。


 こんな時にでも、いつも迷惑しているさやめが声をかけてくれれば、お嬢は勝手に教室に行きそうなものなのに、今日に限っては気配も感じないどころか声すら聞こえて来ない。


「じゃ、じゃあ、屋敷を見てみたいかな……なんて、冗談だよね?」

「あい、わかった。それこそワタシの男。決断力に惚れたぞ。それに免じて、教室に急ぐとする。晴馬も早く来い!」

「う、うん」


 まるで家来かの如く、和服姿なお嬢の後ろを付いて行きながら、教室へと急いだ。


「さやめの奴、どこに行ったんだよ」などと、普段は気にしないでいたさやめのことが、気になって仕方が無かった。真面目にお嬢との交際をどこか遠くから見ているとしたら、らしくなさすぎる。


 さやめの奴は本当に姿を見せないつもりなのか。そんなことを思いながら、あいつのいない教室に戻った。

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