第5話「兄者と呼びます!」と慕う年下男子?
「あぁくそっ! 何だか腹が立つなぁ……」
「どうした? 案外短気なのか。ここでの視線浴びを気にしてるんだろ? 直に慣れると思うぜ。でも、間違ってもそこに攻めに行っては駄目……って、晴馬! 行くなって! おい!」
カイが俺を止めていた。だけどもはや我慢の限界が来ていた。ひそひそ話をされるいわれも無ければ、ウワサをされるほど強くもない。ましてそれが、さやめに関することならなおさらハッキリさせたい。
「ちょっと、キミ—―」
『兄者! こ、こっちを向いて欲しいですっ!』
「え? 兄者? ど、どこの誰が?」
「ここですっ! し、下です。視線を下にしてくださいっ!」
テラス中に響き渡った小さな男子の可愛らしい高音が、誰かに向けられて発せられた。声の主は、どう見てもか弱い年下の後輩男子に見えた。
問題はそれではなく、ただでさえ必要のない注目を浴びていた自分に対して、さらに集中砲火のように視線を浴びせられていることに思わず腹を立ててしまい、年下男子に強く当たってしまった。
「な、何だよお前は! お、俺はお前なんかの兄者じゃ……」
「あ、兄者は僕が嫌いですか……うぅっ……ぐずっ」
「い、いやっ! 待って、な、泣いちゃ駄目だってば!」
「あぅぅっ、ううっ! 悲しいですっ」
「ままま、待って! だ、駄目だよ! ここでは、じゃなくて、もし君が男の子なら強くないと俺は認めないよ(どの口が言うのか)」
「……え、あっ! だ、大胆ですっ兄者!」
意味不明な兄者呼びをする目の前の年下男子は、まるで赤子のように泣きじゃくろうとしていた。しかしそれは学園生活に破滅をもたらしそうだったので、すぐにこの場から連れ出して事なきを得た。
「はぁっはぁっ……危ないなぁ。ほぼ女子だらけの学園で明らかに年下男子をいじめるとか、それはあらゆる女子から目を付けられることを意味しているし、というか、キミは何? 何で俺が兄者なの?」
「ですですっ! わ、わたし……じゃなくて、僕は晴馬さんを一目見て兄者にしたいと思ったのですっ!」
「一目見てって、いや待って? 何で俺の名前知ってるの? 名乗ってないよ? それで、キミ……」
見ず知らずの年下男子に名前を知られているという事実。これはもう、さやめにいろんな意味で狙われているということを理解した。選ばれたことの意味も、恐らくそう言うことなんだろう。
どう見ても後輩。しかし、見た目はあまりにも華奢すぎる。もしやこの学園では高校生に限らずなのだろうか。丁度、中学時代のさやめのように小さくて、何とも守ってあげたくなる女の子にも見える。
「はいですっ! ぼ、僕は、
「女の子みたいな名前だね。キミ、下級生なの? 何で俺の名前を知っているか教えてくれるかな」
「はい、あの……僕は—―」
『晴馬ー! おーい! どこ行った? いるなら手を上げて顔を見せてくれ』
「あ、そう言えば置き去りにしていたんだった。ごめんね、クラスの友達が俺を呼んでるから俺は行くよ。名前は後で聞かせてくれるかな……って、あれ?」
気づいたら謎の年下男子が目の前から消えていた。名前すらも聞けないままでいなくなるなんて、あの子は幻だったのだろうか。
「お、いたいた。問題なかったか? 何やら女子に言い寄られていたっぽいけど」
「言い寄られてなんかいないよ。よく分かんないけど、年下男子が俺のことを兄って呼んで来ただけで」
「年下男子?」
「うん。小さい男子だったから、下級生か中等部とかの男子なのかなと」
「男子は俺らの学年以下はいないはずなんだけどな。まぁ、いいや。晴馬と合流出来たし、教室に戻ろうぜ」
「そ、そうだね。戻ろう」
やはりアレは幻なのか。よく分からないけど、あまり気にしていても良くないということで、気にせずに教室に戻ることにした。
「あ、悪い。俺、トイレに行く。晴馬も行くか? 場所知らないだろ」
「そういえば確かに。じゃあ、よろしく」
カイの後をついて行きながら廊下を進むと、やはり女子たちからの隠れ視線は俺に来ていて、どうにもおさまらない。こうなるとやはり寮に帰る前に、さやめに一言強く言っておく必要があると思った。
「男子トイレはここだけしかないんだ。だから、間違っても女子の方には入るなよ? 入ったら始末されるぞ。まぁでも、晴馬だったらレイケに言えば許されるかもな」
「始末って……そ、それにさやめにそんな優しい気持ちは無いよ。あいつは俺の敵だし」
「……ってことで、廊下で待っとく」
「ありがとう」
緊張感が継続しすぎたせいで、同時にトイレを出ることが出来なかった。その間に、廊下ではカイが誰か女子と話をしているらしく、出るに出られない状態だった。
「は? 泉……お前、何その格好?」
「違うし。カイには関係無いだろ。これはわたしが好きでしていることなの! す、好きな人に近づく為なら何でもするし……」
「へぇ? 好きな奴が出来たのか? どんな奴だよ。俺の学年の奴か? そんな男みたいなラフな服装とか、そんな姿で歩いてたらお前、レイケに目を付けられるんじゃないのか?」
「いいだろ別に! 兄だからってわたしに命令すんな! ムカつく」
「兄だから言うんだろうが! 俺が許す男じゃないと説教しまくるぞ?」
こ、これは出て行っていい口喧嘩なレベルなのかな。出て行かないと午後の授業に遅れて、さやめに何て言われるか分からないじゃないか。
「あ、あのーそろそろ出ていいかな? カイ、そろそろ午後の……」
「わわわっ! あ、兄者じゃないですかっ! し、失礼しましたー!」
「あれ? 君は……って、すごい速足だな。あの年下男子はカイの弟か何か?」
「弟? いや、そんなのはいないけどな。今の奴は何て名乗っていた?」
「確か榛名泉って」
「あいつ……旧姓使いやがった。全く……ってことは、晴馬なのか?」
「俺が何?」
「いや、何でもない。気にしなくていいよ」
幻じゃなかった。どうやらカイとは何かの関係がありそうな年下男子だったようで、それも口喧嘩をしていたということは、部活か何かの活動で文句を言っていたんだろう。てっきり女子の誰かかと思っていたのに、年下男子の泉くんだったようだ。
午後の授業にギリギリ間に合うように教室へ戻った俺たちは、無事平穏に自分の席へ着いたはずだった。しかし俺だけ何故か、お姉さん先生に呼び出しをくらってしまい、急いで教室に戻った努力をかき消されていた。
「晴馬くん。お姉さんに何か言いたいことあるよね? 言ってみて」
「い、いや、あの……何でしょうか?」
「人目が気になるなら特別指導室に行こうか。そこなら二人きり……じゃないけど、今よりはマシになるよ?」
「そこでお願いします」
教員室に呼ばれて対面式に話をしたまでは良かった。やはりと言うべきか、学園の先生はほぼ女性のみだということを身に染みて思い知らされた。俺は何かのカリスマだと思われているのかというくらいに、視線を独占していた。
「雨洞くんとテラスに行ったのでしょう? そこで何をしたのか聞かせて欲しいな」
「へっ? 普通に会話して食事をしましたけど、な、何か問題でも?」
「本当ですか? 晴馬君は素直で正直な男の子のはずなんだけどなぁ。女子たちに押し迫った事実はないのかな?」
「そ、そそ……それは無いです!」
この学園は女子へ口頭注意をするだけでも呼び出し指導をされるのか。これは恐ろしいことだ。
「じゃあ、美織の手の甲に口づけをしてくれる?」
「はっ? 俺はどこかの国の騎士でしたっけ?」
「ある意味ではそうとも言えるかな。晴馬君は騎士になるの。もちろん、学園女子たちのね。その意味も兼ねて、先生に誓って欲しいな。女子に威圧的な行為行動を起こさないってね! さぁ、晴馬くん」
何かがおかしい。いや、俺がおかしいのかな。テラスではカイが俺の動きを止めていた。もしかしなくても、今注意されていることに直結されているのだろうか。
とりあえず、お姉さん先生をまずはどうにかしないとダメかもしれない……。
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