第4話「超凡でごめんあそばせ」とニヤつかれた。
さやめが学園の特待生で待遇受けまくりとか、そんなに馬鹿げた話を信じること自体があり得ないと思っていた。それなのに、まともに顔を上げられないままで授業が始まって数分後、そんな馬鹿げたコトを目の当たりにしてしまう。
『Ik ben blij om hem te zien.』
「え? んん? 今なんて言ったんだろ……たくみ、今の理解出来た?」
「レイケが言った答えのことか? それならさっぱり分からん。あの子は優れ過ぎてるから俺らには分からないんだよ。もしかしてレイケを狙ってるのか?」
「レイケって、さやめのことだよね? 何でレイケ?」
「あぁ、だって留学先でも特別な成績をおさめたとかで、その名前を貰ったかららしいけど。さやめ? 呼び捨てにしているけど、どういう関係?」
逆に質問されてしまうなんてどうしよう。なんて答えればいいんだろ。怪しい関係でもないし、ただのハトコであって単に妹として俺がそう見ているだけなんだけど。
「え、あっ……」
「ん? どうしたの、たくみ?」
俺に質問しておきながらすぐに青ざめた顔で顔を背けてしまった。何だろう? 俺の背後で何か恐ろしいモノでも見たかのようだ。
「Je bent een dwaas van?」※あんた、バカなの?
「んんん? ハ、ハロー?」
背後から外国語が聞こえてきた。そしてこの抑揚のない声はさやめだろう。
「それは英語。私のは……とにかく、どうしてあんたはそうなの? 不真面目な人はここでは許さないんだけど、それも理解不能? そういうことならあの場所も譲らない。反論は?」
「ば、ば……バカにすんなよ! 俺はこう見えても真面目で優良で優等生だった……気がする。だからこそ転入出来たのであって、これは俺の実力なんだよ! さやめこそ偉いからって偉そうにするなっての!」
「優良で優等生? あは、あははっ……! 何も知らないんだ。知らないままだとバカでいられるものね。うん、晴馬くんはそれでいいよ。その方が扱いやすいし」
「な、何を言うんだよ! お、俺を扱うだとかお前のくせに!」
「はい、そこまで。今は授業中。反論は後でじっくり聞かせてくれる? 反論出来るものならね」
「うぐぐ……」
反論の余地なしと読まれている辺りも腹が立つものの、何も言えない。
妹なのに! 妹のくせに!
「災難だったな、晴馬。しっかし、驚いた。いきなりお前の後ろにいたのはマジでビビった。あの子が成せる技といえば技なんだけどな。よく分からないけど、因縁の関係らしいってことは理解した。あんな綺麗な髪色で可愛い子はそういないしな。一目惚れなんだろ? 分かる、分かるぞ!」
「ち、違う! 何であいつに惚れなきゃいけないんだよ! あいつはそんな高嶺の花みたいな存在じゃ—―」
『晴馬くぅん、わたしが何なのぉ? お花? お高い~?』
またしても前の席のたくみと話をしている最中に、コイツが割り込んできた。何なんだコイツ。
「ちょ、調子に乗るなよ? 俺は今日が初日なんだぞ。初日の転入生には優しくするのも優等生の役目だろ? それをしてこその特別扱いだ。違いはないはずだ!」
「フフ……それは違う。わたし、超凡。キミは平凡。全てにおいて優れているわたしと、そうではないキミ。そんなキミをわたしが全て面倒を見るとか、それは役目でも何でもない。反論は?」
「な、無い」
「そういうこと。だから、ごめんね? 晴馬くん」
「い、いいよ。そういうことなら……」
「チョロ……チョロ馬くん、お昼奢ってあげようか?」
「いらない! お、俺は彼らと食べる」
咄嗟にたくみとカイの方に視線を合わせ、相槌を打ってもらおうと見つめたのに、彼らが無反応で泣きそうだった。さすがに初日に友達呼びと、友達扱いするのは無理があったかもしれない。
俺のことを上から見つめるさやめ。彼女への古びたイメージがあっという間に風化していく。今の姿がさやめであり、昔のは果たしてそうだったのかさえ確かめることが出来ない。
「授業を真面目にって言う割に、さやめこそ歩き回っているじゃないか。それはどういうことなの?」
「だって、超凡ですもの。ごめんあそばせ」
俺にニヤつく女にはもう何も言えない。言うのもバカバカしいとさえ思えた。来たばかりの俺に歯向かう力を失わせる女なんて、コイツくらいなもの。さやめにはなるべく関わらないように学生するしかない。
「晴馬~メシ行くだろ? 行こうぜ!」
「カイだけ? たくみは? というか、行くならさっき助けてくれても良かったじゃないか」
「たくみは彼女と食べるから無理。さっきは、アレだ。俺には無理だった。レイケに目を付けられたくなかった。まぁ、でも良かったじゃんか?」
「何がイイって?」
「レイケに選ばれたってことがだよ。あの子は数少ない男連中にも容赦なかったし、相手にすらしていなかった。当然だけど、俺らはまともに口を聞いたことなんてないんだ。それがどういうわけか、晴馬が来た途端に心を開いた。ただならない関係ってことなんだろうなってすぐに分かった」
「アレで心を開いたとかって、それは違うよ。関係は何も無いし、特別でもないのは見てて分かると思うけどね」
「それなのにファーストネームを呼び捨てって、ずっと好きだったとか?」
さやめをずっと好きだったとか、それは何ともおかしな答えを出してきた。好きか嫌いかなんて、そんなことじゃない。ただのハトコで普通に妹扱いの女子なだけだ。呼び捨てにそんな特別な想いは無い。
「す、好きじゃないよ。あんな偉ぶった女にそんな想いを抱く方がバカだし」
「まぁ、いいや。学食行こうぜ!」
「うん。案内よろしく」
学食と言うと俺の前の高校では、主に男連中が行列を我先にと進んで人気パンをゲットしていたものだった。ここの学園では同じ光景が見られるのだろうか。そういうのもある意味で楽しみだ。
しかし自分のイメージはさやめの姿と同様に、呆気なく崩れ去るものだと知ることとなる。
「あ、あれ? 学食は?」
「ん? ここだぞ」
「や、学食ってもっと殺伐とした光景が繰り広げられているはずじゃ……」
「晴馬は普通高校から来たんだったか? だとしたら、驚いてもおかしくないな」
広がる光景は俺の知識のソレではなく、どこかのガーデンテラスみたいな広々としたスペースに、思い思いのままに女子たちが優雅にメシを……ではなく、ティータイムを楽しんでいるように見える。
「行列は? 殺伐とした取り合いはどこに?」
「取り合う必要はどこにもないぞ。まだよく分かってないだろうけど、学園都市の中じゃ物はそこら中にあるし、売り切れることが無いしな。驚いた?」
「あ、あぁぁ……そ、そんなことはないよ。学園が普通じゃないってことは先生とかさやめとか、寮とかで分かったし。あ、そう言えば聞きたいことが山ほどあるんだけどいい?」
「山ほど答えられないけど、何だ?」
「円華って子のことなんだけど、あの子はどこか旧家の令嬢か何かなの? 俺に手を掴まれて、名前を聞かれただけで何かの責任を負わせるとか言ってたんだけど、どういうことなのかなって」
前から学園にいる男子たちなら、もしかしたら事情とかを知っている。そう思って聞いてみることにした。これも早くにフレンドリーな関係を築くチャンスだと思えた。数が少ない男子と親睦を深めることはきっと俺の為になるはず。まずは席近の友達から味方を得たい。
「碓氷はお嬢だよ。旧家かどうかは聞いてないけどな。所謂箱入りって奴だから、それこそ同じくらいの男と触れ合うとか名前を呼び合うとかって、そんなのは今まで無かったと思う。まさか、それもすでにやっちゃった?」
「やっちゃった……それで実は大変なことになりそうな気がして、どうすればいいのかなと」
「碓氷はある意味で、レイケより大変だな。でも晴馬は選ばれたんだから、何とかなるだろ!」
「だから選ばれたって何が? むしろそれを知りたい! 教えてくれないかな? 選ばれたってことの意味を」
初日にして俺を追い込むなんて、そんな学園生活は送りたくない。それもこれも全てさやめのせいだ。そう思えたら、学食テラスにいるありとあらゆる女子たちですらも、急に気になって来た。
それこそさっきから妙に見られている気配が自分にはあるし、視線の先の女子に文句でも言いたい。
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