第3話「責任を取れ」と彼女は発した。
「あら? 晴馬くん、もしかしてこの子に触れてしまったのかな?」
「はぁ、まぁ……、手を握って廊下に連れ出しただけなんです。そんな触れるとかって大げさなことでも無くて……って、どうして先生が照れているんですか?」
怒っている謎な女子を尻目に、お姉さん先生は何故か顔を赤くして、俺のことをチラチラと気にしている。
「大胆な子は嫌いじゃないよ? でもね、それはまだ早いと思うんだ。どうせならお姉さんを連れ出して欲しかったなぁ」
何言ってるのこの人? 先生を廊下に連れ出すとか、それは何かがおかしい展開になる。
「さっきから無駄なことを言って、ワタシから逃れようとしても逃すまいぞ! き、貴様は何なんだ? 何故暴挙に出た? 言い訳を述べろ!」
「言い訳? 理由って意味かな? その前にもう少しだけ待っててくれるかな。キミの名前を教えて欲しいんだけど――うぷっ!?」
名前を聞こうとする俺に、お姉さん先生は人差し指で口に当てて来た。
「ふふ、それは駄目だよ晴馬くん。この子の名前を聞いてしまったら、触れるよりももっと先に進んでしまうよ? 彼女はそうやって過保護に育てられた女子なのだもの」
察するに、男子に触れられたら求婚の意味。名前を名乗るのは授けると同じだから、その時点で男子に身を捧ぐって意味? それはいつの時代の話なのだろうか。
それにさっき言っていたことも気になる。なぜ学園の男は媚びるのかと。
「そ、そんなバカな!? それが嘘か本当かは分かりませんけど、名前の知らない女子に文句だけ言われてしまうと男がすたるんです! だから名前を教えてもらいます! キミの名前を名乗って欲しい」
「き、貴様……ワタシを愚弄するのか! そ、それとも責任を取るとでも言うんだな? 責任を取るのならば、名乗ってやる! 貴様に全てを預けるしか生きる道は無い」
余程の時代劇マニアなのか、何とも気になる武士言葉だ。もしかしなくても、この先生といいこの子といい……個性的過ぎる女子が集まっているのか?
「責任が何なのか分からないけどいいよ。教えてくれるとこの先はスムーズに進むだろうし」
「あああ……やっぱり晴馬くんは選んじゃうのね。うんうん、さすがだね。彼女が言っていた通り!」
何がやっぱりなのでしょう? そして彼女って誰かな。お姉さん先生は思いきり頷いている。
「良かろう。ワタシは、
さやめみたいに外国風でもない黒髪セミロングな見た目のこの子は、名前も普通だった。恐らく、古いしきたりか何かでもあって、それを彼女なりに守っていたんだろう。
「じゃあ、円華さん。これからよろしく」
「呼び捨てで構わぬ。晴馬、貴様はワタシから逃れられぬ」
「え、あ、うん……」
名前を聞いたら何かが劇的に変わって、それこそ言葉遣いも変化すると思っていたのに違ったみたいだ。きっと先生の言った通り、過保護な女子だったのだろう。
「じゃあ、俺も教室に戻りま—―」
「晴馬くん、これからが大変だよ? 新しく外から入って来た男子は格好の餌食……じゃなくて、的になるのだけれど、早くも的に当ててしまった。だからこそ、お姉さんにその身を委ねて任せて欲しいんだよね」
「えーと、俺が何ですか? 何かに選ばれたとか、選ばれる運命になっていたのですか?」
俺は思わず、お姉さん先生の顔をジッと見つめてしまった。
「て、照れるなぁ……私は確かに教師だけど、お姉さんでもあるし……晴馬くんにならいいんだよ?」
「な、何がですか?」
「分かってるくせに~! 好きってことだよね? 妹じゃなくて姉の方が甘えられるものね。うんうん、分かるよ。今は先生無理だから、彼女に甘えてみたらどうかな?」
「飛躍しすぎです……好きとかそんな気持ちじゃなくて、何で俺がよく分からないものに選ばれたのかを聞きたいだけで、それで彼女というのは誰の—―」
『うっわ……来て早々に美織センセーにも迫るとか、女に飢えた餓鬼?』
全く気付かなかったどころか、後ろにソイツが立っていたことですらも予想していなかった。そしてやはり、先生の言う彼女とはコイツのことだった。
「さ、さやめ……い、いつからそこに?」
「ずっといたけど? はるって、昔からそうだ。目の前の可愛い女子にばかり夢中になって、後ろに誰がいるかなんて全く気にしない。変わってない、変われよ本当に!」
「や、女子って、目の前にいるのは年上の先生……」
「はい? 今なんと……?」
「い、いえ、お姉さんしかいませんでした。何でもないです」
さっきまでの表情はどこかに消え、指をボキボキと鳴らしながら冷たい瞳で微笑む先生の姿がそこにいた。
「――で?」
「や、あの……誤解をしていると思うんだけど。それにさやめの方こそ、美織お姉さんに何を言ったんだよ? 俺はまだこの学園に来たばかりで何も知らないって言うのに、知っているなら教えてくれてもいいじゃないか」
「何を?」
「だから……」
「選ぶって意味なら、そのままだし。はるは、妹……姉も含めて見境がない。そのことを美織センセーに教えてあげただけ。何か間違ってる? 反論なら聞かないけど」
「くぅっ……何も言えない」
「話は終わり。美織センセーは教員室に急いで。わたしは晴馬を教室に戻しときますから」
「そ、そうね。調月さんお願いね。それじゃ、晴馬くんは彼女の言うことを絶対聞いてね! 逆らったりしたら駄目だよ」
さやめってもしかして、偉いのか? よく分からないけど。
「何だよその態度! 何なんだよ、さやめ。お姉さん先生よりも偉そうにして! お前はどういう—―」
「わたし? はるの妹。別に何でもない。でも強いて言えば、トップ。特待生。学園におけるあらゆる待遇を受けられる存在って言うと、おバカなはるでも気づく?」
「特待生は分かるっての! 何だよ、何をしたんだ。さやめごときが学園のトップ? ただの妹なのに!」
「はぁ……変わらない。はるのパパさんとママさんが嘆く気持ちも分かる。あまり優しくしたくないけど、気を付けな? ここは今までいた生ぬるい高校とは別世界。元が女子だけで作られて来た学園。はるごときが培ってきた女子への無駄知識なんか、何の役にも立たない。さっきの円華への態度を見て理解。女子なめんなよ? 妹も姉もあんたみたいな甘えの兄貴にどうにかされる女子はいないんだかんな?」
な、何なんだ。俺の両親が何だって? そもそも女子をそんな目で見てもいないし、甘えるつもりも無いのになぜこうも叩きのめされなきゃならないんだ。
「な、何でさやめはそんななんだよ……」
「……どうしてこういう態度を取るかって?」
「それ以外に無いだろ」
「教えない。悔しい気持ちがあるなら、わたしに近付いてみれば? 少しは距離を縮められるかもよ?」
「むむ……い、妹のくせに! お、お前に近づくだって? い、いいだろう! 俺だって変わるつもりでここに来たんだ。さやめに負けてたまるかよ。さ、さっきは気配に気づくことが無かったけど、俺もお前に同じことをしてやるからな! 覚悟しとけよ!」
「強気に出たけど、表情が追い付いてない。言い訳は分かったから、教室に戻ってくれる? はる一人のせいで、授業が始められないから」
「へっ? お、俺だけの為に?」
「他に誰がいるとでも?」
「や、それを言うならさやめも……」
「呼んできたのはわたし。呼ばれているのは、はる。理解した?」
「あ……」
色んな意味で選ばれたということを理解して、なるべく顔を見られないように教室に戻った。他の男子は目も合わしてくれなかった。一部女子は相当睨みを利かせている事だけは、自分の記憶に焼かれていた。
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