第間章 一瀬彩女の独白  ―一瀬 彩女―



 私の名前は一瀬彩女。一瀬財閥のお嬢様で、生涯を一瀬財閥に捧げる事を決定づけられた存在。

 生まれた時から生きる意味を押しつけられ、そのための教育も嫌と言う程叩き込まれた。

 そんな私だから、なんとか自分を保とうと必死だったんだと思う。

 親に塗り固められていく『一瀬彩女』と言うレッテルに必死に抗って、少しでも自分の自分らしい姿を追い求めて――私はこういう性格になった。

 お父さんは私に僅かばかりプライベートの時間を与えてくれていたので、その時間だけはせめて精一杯遊んで、精一杯楽しもうと。幼い頃からそう決めていた。


 そんなある日。

 家の近所に、新しい家が出来た。

 超が付くほどの豪邸に住んでる私だけど、土地自体はそれほどいい場所というわけでも無く、少し歩くと普通に住宅街があるのだ。

 その住宅街の一角に、新しい家が出来て、新しい家族が引っ越してきた。

 苗字が真崎だという事は表札を見ればすぐに分かったけれど、その一家はどこにでもいる普通の家族の様で、特に私もお父さんも気にも留めていなかった。


 でも、その後私が何となく近所の公園を通りかかった時に偶然その真崎の子供を見かけた。引っ越しの時に一瞬だけ顔を見かけていたので、顔は直ぐに分かった。帝王学の一環で人の顔を覚えるのは得意だったのだ。

 第一印象は、「なんか暗そうな子だな」という程度。でも、その印象は直ぐに塗り替えられる事になる。

 なんとその子は、公園のベンチに座って一人でゲームをやっていたのだ。

 一人でゲームをやるなら家でやればいいのに。私はその違和感が気になって、その子に話しかけてみる事にした。


「キミ、どうして公園でゲームしてるの?」


 その子は私の目を一瞬だけ見て、すぐにゲームの画面に視線を戻した。そして、ゲームの続きを遊びながらぼそりと答えた。


「母親が、公園で遊びなさいって言うから」


 母親、という言い方が気になった。その子は、この年頃なら誰でも使っているであろう『お母さん』とか『ママ』とか、そう言った呼び方を全くしなかったのだ。


「そんなに怖いお母さんなの?」


 思わず立ち入った事を聞いてしまう。聞いてから少し後悔したけれど、その子は嫌な顔一つせずに淡々と答えた。


「怖くない。そうしろって言うから聞いただけ」


 その言葉に、私は衝撃を受けた。

 この子は多分、親に言われるがままに生きる事が、正しい事だと思い込んでいるんだ。

 親に敷かれたレールに沿って生きる事を余儀なくされ、それでも自分の出来る範囲で自分らしさを探している私にとって、その子がどれだけ損をしているのかは身に染みて理解出来た。

 私は、この子にも自分を持って欲しいと思った。


 ――だから、連れ出した。

 手を引いて、私の知る自由な世界を見せてあげようと思った。

 内容は何でもよかった。とにかく私の知る遊びを、片っ端から教えていった。

 その子も最初は渋々ついてきただけだったが、途中から少しだけだけど笑ってくれるようになった。


 それからも毎日公園に顔を出して、その子を見つけるとゲームをやめさせて色々な所に連れ回した。

 そんな日々が、一か月ほど続いた。

 彼は少しずつ私に心を開いてくれるようになって、私も段々と彼の好きな事も分かって来たので、調子に乗って行動範囲をどんどん広げていった。

 ――それが、私の間違いだった。


 私が歩行者用の横断歩道を渡った時、信号は赤に変わりかけていた。

「走れば大丈夫」なんて言って、先頭を切って走り出した私の後ろから付いてくる彼が横断歩道を渡るときには、信号は完全に赤に変わっていた。

 甲高いブレーキ音が私の後ろから鳴り響いて、振り向いた時には――もう遅かった。


「定理君!」


 ――私が連れ回したその子は、私の目の前で車に跳ね飛ばされた。


 結果的には、後遺症が残るような大きな怪我は無かったらしい。

 脳や神経にも損傷は無く、一月も入院すれば完治すると医者は言っていた。

 彼の両親に私の両親が頭を下げているのを尻目に、私は病院のベッドで横になっている彼に縋り付く様にして泣いていた。


「ごめん……ごめんね定理君……」


「気にしないでよ。そんな大した怪我じゃないって」


 彼は私を気遣ってくれたけど、私の気はどうしても収まらなかった。

 良かれと思ってやった私の行動が、結果的に彼を傷つけてしまった。しかも、一歩間違えば死んでいたかもしれないのだ。

 愚かな私の間違いで、一人の人間の人生を台無しにしてしまう所だった。

 もう二度とこんな目には遭いたくない。同じ思いはもう二度としたくない。

 その日、私は誓った。

 この先何があっても彼を守る。彼の生涯を、あと一歩で全て奪ってしまう所だった私の――せめてもの贖罪として。

 

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