宣誓
その日は盛大な祭りが行われた。
人の子の花嫁が、国中に歓迎されたことを示す祭りだった。
日光に耐性のある種族は擬似太陽に興味を示し、一日解放されることになった城内でおそるおそる擬似太陽の観察をしている。
叶がハンターの一族であるということに怯える者も居るが、逆に喜ばしいことだと言う者も居る。
叶は象徴的な意味で、これ以上無い喜ばしい花嫁だとミナは言っていた。
「カナエ、大丈夫か?」
人混みで見世物になるのは疲れただろうとエドワードは叶の顔色を確認するようだった。
「はい。さっき、精霊族の女の子に花飾りを貰ってしまいました」
花飾りを見せながら答える。城には無い種類の花はおそらく彼女がこの城に来る前に用意してくれた花なのだろう。
「それはいい。祝福の花飾りだ」
エドワードはやわらかく笑んで叶の頭に花飾りを付けた。
「私にとっては不思議な人ばかりですが、とても興味深いです」
「それは良かった。お前がこの国に留まってくれるのが嬉しくて堪らない」
エドワードの手が頬に触れ、叶は赤くなるのを感じる。薄明かりの中だとしても、彼の容姿はとても整っていて美しい。それに今日は顔色も良く、いつも以上に美しく見えた。
「まだ、祭りを見たいか?」
「え?」
「いや、お前さえ良ければ、庭園で薔薇をと思ってな」
彼はとても優しく笑んだ。
エドワードは庭園が好きだと叶は思う。時間を見つけては、必ずと言っていいほどに頻繁に誘ってくれる。
そして、叶もまたその時間が好きだった。
「はい、是非」
「そうだ、アンにもこの花飾りを見せたいわ」
近頃は姿を見せないあの老女を思う。
できることなら彼女とも仲良くしたい。ここでの暮らしは長いものになるのだから。
「カナエ、アンはもう居ない」
エドワードはどこか気まずそうに口を開いた。
「え?」
「お前の世話係を変えたことを言っていなかったな。今はリジーという娘がミナの手伝いをしている」
「どうして? 急に……」
「故郷が恋しくなったと言っていた」
彼が嘘を吐いていることはすぐにわかった。
けれども、自分も隠し事がある。
彼の嘘は自分に対する気遣いだとわかってしまったので、叶はそれ以上追求しないことにした。
「そう、でも、そうね。異世界の娘の世話に嫌気が差したなんてなんて思われてなくてよかった」
「まさか。誰もそのようなことは考えぬ。誰もがお前を歓迎しているのだから」
彼は急に手を引いて抱き寄せた。
「空を飛ぶのは好きだろうか」
「え?」
質問の意味を理解できずに思わず聞き返した。
「ミナに聞いた。飛んだらしいな」
叶は目を見開く。
まさか、エドワードもも空を飛ぶのだろうか。
「高いところは苦手です」
「それは残念だ。飛んだほうが速いのだが」
「……私は、飛べませんから」
エドワードの細い腕に抱きかかえられて飛ぶのは怖い。途中で落とされはしないかと不安になる。叶には翼がないのだから、落とされてしまって重力に負けて地面に叩きつけられるだろう。高さによっては怪我では済まない。
「私がお前を落としたりするとでも思うか?」
「そ、それは……思わない、けど……」
頭の中で高さと衝撃の計算を始めようとしたことを咄嗟に誤魔化す。
「では、私に全て委ねろ」
彼は叶を抱きかかえる。見た目よりもずっと逞しい身体をしているのだと実感させられた。
「食事は、足りているのか?」
「エドよりはたくさん食べています」
「私は、別に食事を取っているからな」
「そろそろ何を食べているか教えてくれたっていいんじゃないですか?」
彼の食事風景をちゃんと見たことがない。彼は食事の席で叶の食べ物を観察しているだけだ。
「だめだ」
お互い、秘密がある。
おそらくは、お互い気づいている。
けれど、しばらくは知らない不利を続けよう。
「怖いか」
「少し」
「私を信じろ」
力強い言葉はすんなりと受け入れられる。
「もう少し、このままで居たいのだが……」
「重たいでしょう?」
「軽すぎるくらいだ」
彼は笑って、それから庭園に並べられた椅子を見た。
「そこに座ろう。今夜は星も見られるな」
珍しい。厚い雲が跡形も無い。
「私の居た世界とは星も違うみたいです」
どこが違うかと訊ねられて答えられるほど天体に詳しくはない叶でも、どこか違和感を覚える程度には星の配列が違った。
「私の居た世界では、どこに居ても空がつながっているからと言って別れを惜しむのですが、ここは空もつながっていないみたいで少し寂しいです」
「すまない」
エドワードは本当に申し訳なさそうな表情をする。
「謝らないで下さい。今、幸せなんですから」
心の底からそう、信じている。その気持ちを彼に伝えたい。
「エドが私を必要としてくださっていることが嬉しくて堪りません。これからもどうかお傍に置いてください」
「当然だ」
彼の手が肩を抱き、頬に触れる。
それが嬉しくて堪らない。
「私の傍を離れることは許さん。いや、違うな。傍にいて欲しい。お前の命の炎が絶える時まで」
「はい、きっと」
嬉しい。こんなにも嬉しいことはない。
「お前の命が絶えるその時まで、何よりもお前を一番に想うことを誓おう」
ゆっくりと唇を重ねられる。エドワードの冷たい唇から叶の体温を奪われて、それがひとつになっていくようなそんな感覚だ。
「私の后は生涯お前一人だ」
「男の人のその言葉だけは信じるなという家訓ですが」
叶はからかうように言うが、エドワードは真剣な眼差しで叶を見つめた。
「では、この命で誓おう。もし、誓いを破れば私の命はそこで絶える」
「よろしいのですか? そんなことを言って」
「ああ。我が一族と、この薔薇に誓う」
青い薔薇を一輪手折り、叶の頭に挿す。
叶は頬を赤く染め、彼と視線が重なる。
そして、自然と、引き寄せられるように、再び唇が重なった。
それは確かに、永遠の愛の誓いだった。
貴方が私の栄光の 高里奏 @KanadeTakasato
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