不安
先祖から受け継がれた責任を表すその部屋の中でエドワード・カオス・ファントム三世は蝋燭の炎を眺めていた。
「人の子は不便だな。このようなものが無ければなにも見ることが出来ないとは」
揺らぐ炎は指で触れると消えてしまいそうだ。エドワードはただ、なんとなくその炎を指先で突く。
「ええ、まったく」
アンが答えた。
アンはもう七百年も王家に仕える立派な使用人だった。
「何故エドワード様の花嫁が人の子なのでしょう」
「さぁな。だが、私はカナエがきっとこの国に希望を齎すだろうと思う」
「エドワード様はカナエ様を愛していらっしゃるのですか」
アンは少しばかり侮蔑を込めた訊ね方をする。
アンは人の子を好いてはいないことをエドワードは知っている。彼らは脆く弱く穢れている。人の子は常に掠奪者だと考えているのだろう。
「さぁな。私はあれをどう扱えば良いのか分からぬ。人の子はどのように過ごすのだろうか。カナエも環境が変わったばかりで戸惑っているだろう。アン、できる限りあれの力になってやってくれ。私はもっと人の子を知りたい。そして、あの国を滅ぼす。憎き魔女の国を」
海を渡った東にはこの国から太陽を奪った憎き民族がいる。先祖から引き継がれた恨みの蓄積が国を動かす力となった。
「ええ、もちろんですとも。あの女狐のせいで贄を入手できなくなったのですから。我々は世界を統べるにふさわしい種族です」
アンは力説する。しかしエドワードは蝋燭に視線を戻した。
国の長としては、他国の民族を憎むべきだと理解している。しかし、エドワード個人としては、好奇心を刺激される。彼らがなにを考え、どのように生きて死ぬのか、それを知りたい。
「何故、我が花嫁は人の子なのだろう。私は、何故自分の妻を美味そうなどと考えてしまうのだろう」
エドワードは炎を見つめ、幼き少女を想う。
彼女のことをなにも知らない。
歳も祖国も家族も友も。彼女がなにを食べ、なにを考えるのかさえ知らない。
「アン」
「はい」
「お前は眠ったことはあるか」
「それはもう随分昔の話ですがございます。あれほど無駄な時間もありませぬでしょうに。特に人の子には」
人の子の寿命は短い。
クレッシェンテの女神の祝福を受けた一部の人間や、諸国の統治者、龍の祝福を授かった者、高き魔力を持った者を除けば人の子などエドワードが呼吸するほどの時間で人生を終えてしまう。
「カナエもまた、消えてしまうのだろうか」
「人の子の寿命は短いですからねぇ。そう、長くはこの地に居られないでしょう」
アンは静かに答える。
どうやら我々と人の子では流れる時間が違うようだ。
エドワードは視線を窓に移した。
丁度この部屋からカナエの部屋の窓が見える。
いくつかの炎が揺らぐ部屋。
カナエは今、なにをしているのだろうか。
ふと、そう考えた彼は自分を不可解だと感じた。
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