魔物
部屋を出ることの出来ない叶はただ、ベッドの上で蹲っていた。
ミナも居なくなってしまったし、神出鬼没のエドワードがいつ来るか分からないという恐怖もある。
アンも居ない。
ただ、一人きりの部屋。
ショールは完成させてしまった。
もう、毛糸は無い。
せめて何か本があれば蝋燭の明かりを頼りに読むことが出来るのに、この部屋ときたら聖書すらない。
聖書は良い。
果てしなく長い物語のように何度でも読み返せるし、読むのにとても時間が掛かる。何よりも世界中のベストセラーだ。これを読んでいる間だけは一人ではないという錯覚を感じられる。
つまり聖書とは心の支えなのだ。たとえ信仰心がなくとも。
せめて一本の長い糸があればと思う。
そうすれば果てしない作品が作れるのに。
一人の闇は退屈だ。
だからと言って眠ってばかりいることは出来ない。
怖い。
一人きりの闇はただ怖い。
闇の中から何かぬぅっと魔物でも出てくるのではないかと恐ろしくさえ思う。
これではまるで子供だ。溜息を吐く。
いつもならミシンを動かしたり刺繍をしたりと何かと気を紛らわせることが出来る。
けれどここには気を紛らわせるものが無い。
本も無い。
素数を数えたが113まで数えたところで分からなくなってやめてしまった。
羊を数えても眠れない。そもそも日本語で羊を数えることは意味がないなどどうでもいい雑学が浮かんでしまう始末だ。
結局叶はベッドの上に蹲って天井からいつ得体の知れない何かが現れるのかと怯えていることしか出来なかった。
「カナエ」
突然の声に叶は飛び起きる。
「は、はいっ」
「……眠っていたわけではないのか」
エドワードは小さく呟く。
「人の子が何を食うのかは分からぬが、晩餐だ。来い」
彼はそれだけ言うと歩き出す。
「部屋から出ていいの?」
「私が居る。問題ない。私はお前が逃げようなどと愚かなことを考えないのであれば出歩くことも構わないと考えているが、どうもこの城は人の子と相性が悪いらしい。ミナの許可が下りるのを待て。あれは過保護だ」
エドワードは国王にはとても見えないと叶は考える。どこかの用心棒のようだ。きっと厳重な警備が必要な博物館などの特別展に居る警備員は彼のように無表情で不機嫌そうで恐ろしい雰囲気を醸し出しているのだろう。
「エドワード様は普段は何を食べるんですか?」
「私は特に食事を必要としない。習慣として摂っているだけだ」
彼は淡々と答えながら複雑な道を眉一つ動かさずに進んでいく。
食事をしない生物などありえない。
叶には彼が何かを隠したいように思えた。
「ここが食堂だ。食事はここで行う。人の子に合わせたつもりだが、お前の故郷のことは何ひとつ知らぬ。不満があれば料理人に言え」
彼はそう言って、使用人らしき男が引いた椅子に腰を下ろす。その丁度向いの席に座るようにミナが促した。
テーブルには得体の知れない生物の丸焼きや生の果物が並べられていた。
「……これ……何?」
「蠍の素揚げだ。人の子はこういったものを食べるのではないのか?」
「わ、私の国では食べません」
多分。いや絶対。叶は考える。
日本には蠍食文化は無かったはずだ。
「こ、これは?」
「甲虫の油揚げだ。ふむ、お前の国ではこのようなものは食べないのだな。下げろ」
エドワードは後ろに控えていた使用人らしき男に声を掛ける。
「だから私は申し上げましたのよ? 遠い異界からいらしたカナエ様が甲虫を召し上がったりなどはなさらないと。エドワード様、桃の砂糖漬けなどは妥当かと思いますが?」
「甘いだけのあれがか」
エドワードは考え込むような仕草をするが、表情からは何も読めない。
「確か……クレッシェンテの伯爵が持ってきたものがあっただろう。保存食だったが一応、人の子の食べ物だ。持って来い」
エドワードが別の従者に声を掛ける。
叶の前から蠍や甲虫が消え、桃の砂糖漬けとチーズと蜂蜜が並んだ。
「これはどうやって食すのだ?」
「……えっと……調理とか無しならそのままほんとにかぶりついたりとかでいいと思います」
栄養バランスは全く考慮されていない。とりあえず食料といった雰囲気だ。
「ふむ、人の子の食事は理解できぬな。ミナ、明日の朝までに叶の食料を確保し、料理人に調理法方を覚えさせろ」
「はい」
返事をしたミナはすぐに闇へと溶け込んだ。
「お前を見る限り人の子は甲虫や蠍は食さぬようだが、お前の祖国では何を食す?」
エドワードは単純に好奇心を示しているように見える。
「えっと……お米とか、お肉とか、お魚とか、果物とか野菜とか……虫以外を」
叶は答えながら、目の前の桃の砂糖漬けに手を伸ばした。
そういえばずっと何も食べていなかった。
きっと柔らかくなっている桃はそれほど胃に負担にはならないはずだ。
「参考になった。だが、この甘いだけの果物で人の子は生存できるのだろうか」
「普段はバランスよくご飯とお味噌汁とお魚と煮物とか、そんな食事です」
答えながら叶はエドワードを見る。
彼は何を食べるのだろうか。
食事は習慣だと言っていたが、生物が生きるためには何かを食べてエネルギーにしなければならないはずだ。
「私の顔に何かついているか?」
「いえ、エドワード様は何を食べるのかと思って」
「お前が気にすることではなかろう。まずは自分の食料を確保しろ」
「は、はい……」
目が怖い。
叶は思う。
きっとエドワードの瞳は視線だけで人を殺してしまえる。
そんなはずは無いと頭で理解しながらも視線に怯えてしまう。
晩餐はまともな食料が無いだけではなく、恐ろしい彼と同じ席でまともに食べ物など食べれそうに無い。
叶は酷く憂鬱な気分になった。
「人の子は眠らなけれ身体が持たぬらしいな。もう休むと良い」
エドワードは叶に部屋に入るよう促しそう言う。
「エドワード様は眠らないのですか?」
「私は人の子とは違う。この夜の国で眠りを必要とはしない。ごくまれに嗜好として楽しむことはあるが、特に必要というわけではないな」
エドワードはまた、考え込む仕草をした。
これは彼の癖なのか、それとも考え事をしているのかは叶には分からなかった。
「エドワード様」
「なんだ」
「私はここで何をすれば良いのでしょうか」
「今は休むと良い」
「いいえ、これから、ずっと」
彼は国から出さないと叶に宣言した。
「特にお前がしなければならないことはない。ただ、お前がこの国にいることで、この国は永久の呪縛から解放されると予言を得た」
「永久の呪縛?」
「この国の民はこの国から出られない。国境が檻のようになっている」
エドワードはそれだけ言って黙り込んだ。
「檻とはどういうことですか?」
「お前は知らぬほうが良い」
彼はそれだけ答え、叶をベッドに押し倒す。
「眠れ。眠らぬのであれば……魔物が来るぞ」
「え?」
「この国は魔の巣食う国だ。月明かりの無い時間は他国ではヒルというものらしいが、わが国にそれは無い。人の子に味方するものは無いと思え」
魔物は日本の妖怪とどう違うのだろうかと叶は思う。
だが、怖いことには変わりは無い。
「あ、あの……ど、どんな魔物が出るんですか……」
幼い頃から祖母によく聞かされていたような怪物に実際に遭遇するなどと言うことはあるのだろうか。
「……興味を持つとは……。まぁいい。人の子の肉を喰らうものや血を絞り取るもの、死を予告するものから、些細な悪戯をするだけのものまで幅広い。特に、お前のような若い娘は狙われやすいぞ」
エドワードは淡々とそう言い、眠れと叶の額に手を置いた。
「お前が眠らねば私は執務に戻れぬ」
「どうして?」
「ミナを外に行かせてしまった。お前を見張るものが居ない。お前に逃げ出されては、国が滅びるかも知れぬ」
「……逃げませんよ。こんな広いお城からどうやって逃げるんですか? この高さから落ちたら多分運に関係なく即死できますよ」
確か人が死ぬのに必要な高さは七階建てビルの高さだ。けどここはもっと高い。
「眠れ。人の子の眠りには興味がある」
彼は眉一つ動かさずに言う。
「眠れません」
「何故だ」
「晩餐の前にたくさん眠りました」
「そうか。それは残念だ」
エドワードは叶を抱き上げた。
「仕方ない。来い」
「え?」
「執務室にお前の椅子を用意させよう」
抱きかかえたままゆっくりと歩き出すエドワードに叶は慌てだす。
「あ、あの、私、重いので降ろして下さい」
「お前程度で重いなどと言っていては国王は務まらん」
無表情の彼は視線で黙れと告げるようだった。
こうなれば叶はもう何も言えない。
彼女はすぐに諦めた。
昔から諦めることばかりが得意な自分に嫌気が差す。
現に今も、目の前の彼に折れて自分はここに居る。
叶はただ、書類の上でペンを走らせているエドワードをぼんやりと眺めていた。
「魔物が恐ろしいか」
不意にエドワードが口を開いた。
「……はい」
叶は頷く。
「何も知らねば恐ろしいかも知れぬが、知ってみれば案外恐ろしくは無いかも知れぬぞ」
「え?」
「恐怖は未知から生まれる」
彼は淡々と話ながらも書類に視線を落とす。
「二ール、この予算案は立て直せ。それと、これとこれは却下だ」
エドワードは不機嫌そうに書類の束をニールという男に渡す。
それは彼のもともとの性格なのか、本当に現在不機嫌なのか、それとも不機嫌そうに見えるだけで本人は何も感じていないのかが読めない。
ただ、彼の姿は叶には恐ろしく感じられる。
「望……」
望が居ない。
ただそれだけで途方もなく不安。
「ミナは戻ったか」
「いえ、それが国境の船を捕らえるのに苦戦しているようで」
「そうか。近頃は他国の船はこの辺りに近づかぬな」
エドワードはまた考え込む仕草をした。するとニールがエドワードの耳元で何かを囁く。
エドワードは静かに頷き、叶を見た。
「カナエ」
「は、はいっ」
「怯えるな。部屋に戻るぞ」
「お仕事は?」
「今終わった。私も眠りを楽しむ程度の時間の余裕はある。尤も、固まって動かないことに楽しみがあるとも思わぬが」
叶はぼんやりとエドワードを見た。
彼にとって眠りとは固まってじっと動かないことを指すのかと思うと少しばかり不思議な気がした。
「目は閉じるの?」
「人の子はそうするのか?」
「眠ると夢を見ます。一日の出来事の整理をするために人は眠るそうです」
「ほう。人の子は興味深いな。では今日からお前が眠るときは私も共に眠ることにしよう。人の子の睡眠は理解できぬが、お前と居ればそれに近いものを体験できるかも知れぬ」
「え?」
「カナエ、眠るぞ」
叶は心の底から驚いた。
ああ、この人はきっと顔に出ないだけで中身はとても好奇心旺盛な子供と同じなんだ。
そう感じて、叶は微かに笑う。
「お前は、とても表情が変わるな」
「エドワード様は全く変化がありませんね」
「そうか? ふむ、もう少し変化をつける努力をするべきだろうか」
「はい」
怖かったはずのエドワードはそれほど恐ろしくは無いのかもしれない。
叶は少しだけそう、期待した。
エドワードは当たり前のように叶のベッドの中に潜り込んできた。
叶は驚きつつも逆らうことはできない。
彼に少しばかり人間味を感じたとしても恐ろしいことには変わりない。
「あ、あの……」
「なんだ」
「ち、近いです……」
「別に良かろう。お前は私の妻だ」
なにも問題は無いと彼は主張した。
「で、でも……」
「はっきり言え。お前は意志が弱い」
エドワードの言葉は叶にぐさりと刺さった。
まるで不安のすべてを見透かされているようで、縋るものもなくただ広い海へと放り出されるような心境だった。
「……私には人の子のことは分からぬ。だが、お前は私が話に聞いた人の子とは大分違うようだ。私の聞く人の子は狡猾で野蛮な掠奪者である一方で脆く儚い愚かな生物だ。お前はどちらかと言うと脆い部類にあるようだが、それとも違うようだ。私には理解できぬ」
エドワードはそう言葉を紡ぎながらも叶を抱き寄せた。
「人の子はこのように振る舞うのであろう?」
「え?」
自分の手のひらを包み込む大きな手のひらに叶は驚く。
冷たい。
人肌のぬくもりが感じられないそれに驚く。
まるで人形のようだ。
「人の子は、時に抱き合い互いの感触を確かめあうものだと聞く。私は、人の子を知りたい」
「エドワード様は人間ではないのですか?」
「……ああ」
エドワードはそれ以上なにも言わない。
「カナエ、もう眠れ。お前が眠らぬと言うのなら喰うぞ」
「え?」
「……どうやら私は妻でさえ美味そうだと感じるらしい」
エドワードの表情はまったく読めないので、それが冗談なのか本気なのか食欲的な表現なのか性的な表現なのか叶には判断できなかったが、一瞬彼の瞳がぎろりと光ったように思え、恐怖した。
「私が怖いか」
「……はい」
「素直だな」
大きな手がふわりと髪に触れた。
「安心しろ。お前を殺したりはしない。殺させたりもしない。お前は国にとって唯一の希望だ」
冷たい手だった。
けれどもそれは酷く優しい感触だった。
恐ろしいはずなのに、それを求めたくなる。
不思議な感触だった。
「眠れ。私も眠ってみたい。夢とはどのようなものだろうか」
「夢はいつだってめちゃくちゃでへんてこりんですよ。自分ってこんなこと考えてるのかなってたまに凹んだり笑ったりします」
「ほぅ。それは興味深い」
一瞬、エドワードが笑ったように見えた。
けれども叶はすぐにそれを否定する。
そんなはずはない。
だって彼は人形のように表情を変えないのだから。
叶は自分にそう言い聞かせ、瞼を閉じる。
刹那、ふわりと抱きしめられた。
「エドワード様?」
驚いて彼を見上げれば、目と鼻の先にその美しい顔があった。
「叶、傍で見ると、中々愛らしい顔をしているのだな」
「え?」
「中々私の好みの造形であることに今気がついた」
「あ、あの……」
「やはり私はこの世界で一番の強運の持ち主らしい。お前を手に入れたのだからな」
ふっと、彼が笑った。
今度は本当に笑ったのだと確信できた。
エドワード・カオス・ファントム三世がこんな表情をできたなどと誰が信じるだろうか。
叶はその笑みに視線を奪われた。
「ゆっくり休め。明日は、お前にもう少しまともな食事をさせられるようにとミナが苦労した結果が分かる」
そう言う彼はどこか子供のようだった。
「エドワード様って、結構悪戯っ子だったりします?」
「さぁな。ほら、早く眠れ。喰うぞ」
「そう言われてすぐに眠れません」
「そういうものか?」
「そういうものです」
頬に触れた手は冷たい。
滑らかな肌は陶器のよう。
美しいとはこの人の為の言葉かもしれないと感じさせる、しなやかな身体。
「はやく眠らないと夢魔に襲われるぞ」
「そ、それは嫌です」
「では、休め」
まるで子供を寝かしつけるようなしぐさで、彼は叶の背を優しく撫でた。
心地好いリズム。
それは彼の言葉とは違う。
とても優しいリズムに、ゆっくりと眠りの波が訪れた。
夜は魔物の時間だから早く寝なさいと、祖母は口癖のように言っていた。
叶の祖母は拝み屋だった。
祈祷師とでも言うのだろうか。僧や巫女とはまた別の存在だった。
祖母は小さな叶に悪霊の話や妖怪や魔物の話をした。小さな叶には祖母の話に出てくる鬼はとても恐ろしいもののように感じられた。中でも叶が一番恐ろしかったのは人の血を啜る鬼の話だった。そうして彼らに備えろと、普通じゃない訓練をさせた。つまり、魔物の類いとの戦い方を教えようとしていたのだ。
今思い返せばそれは有名なドラキュラ伯爵の話を作り変えた祖母の創作だろうが、当時の叶には蝙蝠や狼に変身すると言うそれが恐ろしく、夜、部屋のクローゼットの中からそれらの怪物が出てくるのではないかと怯えていた。
闇は恐ろしい。
なにも見えない。
その空間で一人きりにされると言うのはとても不安なことで、絶望的に気持ちが塞ぎこむ。
一点の光もない暗闇の中で、叶はぽっかりと目を覚ました。
すぐ背後に人の気配がする。
ゆっくりとした呼吸音。しかし心音は無い。
そして、自分を捕らえる蝋人形のような温もりの無い腕の存在に気づく。
「エ、エドワード様?」
確か眠る前に彼が居たはずだと思い返す。
「目覚めたのか。どうやら私には眠りは訪れなかったらしい。お前は夢を見たのか?」
彼はどこか形式的にそう訊ねた。
まるでこうしなければいけないと言う教科書でもあるかのように。
「祖母の夢を見ました」
「ほぅ」
「人の血を啜る鬼、ここでは魔物と呼ぶのでしょうか。それに怯えていたのを思い出しました」
「血を啜る魔物は恐ろしいか」
「……はい。でも、しっかりと信仰を持っていれば襲われないと祖母は言っていました」
叶が答えれば、エドワードの手がゆっくりと離れていく。
「そうか」
彼の声と共に、燭台に灯りが点った。
ゆらりと揺れる炎にエドワードの青白い顔がぼうっと浮かび上がる。
それはまるで怖がる叶を面白がって望が見せた古い吸血鬼映画の演出のようだった。
「失礼します」
突然の女の声に叶は飛び上がりそうになったが、次の瞬間姿を現したミナに安堵する。それは彼女が今のところ叶の敵ではないようだと言うことを認識しているからである。
「チョウショク、と人の子は呼ぶようですが、食事をお持ちいたしました」
ゆらりとテーブルの上に皿が現れる。
紅茶の香り。
アールグレイだろうか。それに大量のベーコンとソーセージ、フライドポテトとグリーンピース。
胸やけがしそうだと叶は考えた。
「これはなんだ?」
「豆、ですね。どうも人の子は緑の物を食べたがるようです。私には理解できない感覚ですが」
「あ、ありがとう……」
折角彼女が用意したのだ。食べないわけにはいかないと、叶は起き上がる。
「折角だ。私も頂こう。ところで、これは一人分の量か」
「文献によると」
「人の子は随分食べるのだな」
エドワードは考え込むしぐさをし、それから叶を見た。
「存分に食え」
「は、はい」
「申し訳ございません。本日の商船には卵が無く、手に入れることができませんでした。本来ならばこの上に焼いた卵が乗るようですが本日はこちらでお許し下さい」
「じゅ、十分です」
カリカリのベーコン。巨大なソーセージ。大量のフライドポテトとグリーンピース。これではチャレンジメニューではないかと叶は思う。
外国人ってすごい食べるのかなあと思いつつもフォークと小皿に手を伸ばした。
「ミナ、食事が終わったらカナエを浴室に連れてってやれ。人の子は我々以上に湯浴みが好きだと聞く」
「はい。カナエ様、食事の量は足りますでしょうか?」
「えっと、ちょっと、ううん、かなり多いです……」
ここは正直に答えるべきだ。
叶は溜息を吐いた。
「まぁ、では晩餐の際には量を調節致します」
ミナはエドワードに紅茶を注ぎながら答える。
エドワードは興味深そうにソーセージをフォークでぐさりと刺し、被りついた。
「……肉か」
「はい。こっちもお肉です」
ベーコンを指す。
「それは見た目で理解したが、人の子は奇妙なものを食うな。ウィリアムは生肉を貪っていたか。生肉は食わぬようだ。人の子は不可解だ」
エドワードはグリーンピースを口に含みすぐに吐き出す。
「これは酷い。人の子は不可解だ」
彼はもう一度「不可解だ」と繰り返す。
「子供の嫌いな食べ物ランキングの常に上位を占めていますからね。グリーンピースは」
叶はベーコンを口にする。ギトギトのそれは日本で食べたものよりずっと味が濃く感じられた。
「改善点は量の他はいかがでしょうか?」
「生野菜が欲しいです」
「生野菜、と言われますと?」
「トマトとか、レタスとか……こっちにあるかは分からないけど……」
栄養が偏る。
昨日は桃とチーズだった。今日はベーコンとポテトとグリーンピースか。
「パンかご飯は無いですか?」
「パン?」
「小麦をこねて発酵させて焼いたもの、ですかね」
叶の回答に二人は首を傾げた。
「ああ、森羅の人の子が食べるあれでしょうか」
「ハウルの人の子が食べるあれか」
二人の意見は食い違った。
「晩餐の席に両方用意させよ」
「かしこまりました」
「人の子は不可解だ」
彼はそう呟いて闇の中に融けて行った。
「あ、いなくなっちゃった……」
「エドワード様は執務に戻られました」
「ミナは、ここに居てくれますか」
「え?」
「……一人で居るの……寂しくて……」
「では、晩餐の件はアンに頼んできますので少々お待ち下さい」
ミナが闇に消える。
ふわりと、一匹の蝙蝠が現れた。
「きゃっ」
チスイコウモリだろうか。
鼻が豚のように潰れた蝙蝠は不気味で恐ろしく感じられる。
「ミ、ミナ! ミナ!」
ミナを読んでも返事は無い。
怖い。
部屋を出ようと扉に近づくが、扉は固く閉ざされて開かなかった。
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