深まる疑惑 小学生時代第22話(疑惑編3)
「いじめが無かったってどういうことですか。」
私は朝、昨日行われたヒアリング調査の結果を一ノ宮先生から聞かされ、驚きを隠せずにいた。一ノ宮先生たちが出した結論が大安寺さんへのいじめは無かったというものであったためである。
「どういうことって言われても、言葉通りの意味ですよ。昨日の調査で私たちは大安寺さんへのいじめは無かったと結論付けたんです。それをお伝えしただけですよ。」
一ノ宮先生は淡々と受け答えをする。自身へのいじめの告白の時の大安寺さんの表情、雰囲気、そして彼女の気持ちを思い出すとその淡白さに苛立ちを覚え始めた。
「そんなはずはありません。ちゃんとヒアリングされたんですか?」
「私は大安寺さんの担当では無かったのですが、大安寺さんのヒアリング担当であった先生がおっしゃるには大安寺さんは『私はいじめは受けていない。豊さんたちとは友達です。』と答えていたそうですよ。」
「そんな。・・・・・藤島さんから中庭の件について話はありませんでしたか?その話について豊さんたちや大安寺さんはどのように答えたんですか?」
「ああ、その中庭の件ですけど、私が担当した豊さんは『ただ中庭で一緒に遊んでいただけ。』と言っていましたよ。他の児童を担当された先生方もそれぞれ担当の児童が同じことを言っていたとおっしゃっていました。大安寺さんもそうです。豊さん、美山さん、和田さん、そして大安寺さん、あなたがいじめの加害者そして被害者だと疑っている皆が口を揃えて『いじめは無い』と言っているんです。皆同じことを言っており、言い分に相違もありませんし、矛盾もありません。どこにいじめを疑う余地があるのですか?」
「でも、・・・・・でも私が大安寺さんの家に行った時、彼女は『いじめを受けている』と、そう言ったんです。なのに昨日の調査の時に逆のことを言うのはおかしいじゃないですか。」
「おかしいのは中野先生の方ではないですか?」
「どういうことですか?」
理解できない一ノ宮先生の言い分に私はとっさに訊き返した。今にも溢れ出てきそうな怒りや悔しさをグッとこらえながら。
「大安寺さんだけではなく豊さん、美山さん、そして和田さん皆が『いじめは無い』と言っているのに、どうしてそれを信じないのですか?」
「では、私が会いに行った時、何故大安寺さんは『いじめを受けている』と私に言ったんですか?どうしてそんな嘘を言う必要があるんですか。」
「そう言わないといけないような雰囲気だったのではないですか?中野先生は結構グイグイいくタイプですし。」
「そんなこと・・・・・。それに藤島さんもいじめを見たと言っていますし―」
私が喋っている途中、一ノ宮先生が強引に強い口調で私の話を遮った。
「それが勘違いだったと言っているんです。藤島さんは豊さんたちが大安寺さんを囲っている状況を見て大安寺さんがいじめられていると勘違いしただけなんですよ。実際、藤島さんは大安寺さんが豊さんたちに危害を加えられている状況を見た訳でも無いですよね?」
「では一ノ宮先生のクラスでアンケートを取りませんか?匿名のアンケートです。もしかしたら藤島さん以外にいじめ現場を目撃したり、いじめがあると思っている児童がいるかもしれません。」
「しつこいな。これまでずっと言ってきたことを理解していなかったんですか?いじめは無かった、これが調査の結論です。ですので、アンケートを取る必要もありません。そもそもそんな時間も無いですし。こんなことに口を出している暇があったら、もっと別にしないといけないことがあるんじゃないですか?」
「こんなことって言い方は、・・・・・ひどいです。いじめで苦しんでいる児童がいるのに。」
「ですからいじめは無かったんですよ。わかりましたね?」
私の体の隅々まで落胆と絶望が包み込む。自分のクラスの児童の問題であるにも関わらず何もしてくれない、何も助けてくれないと実感した。どうして?昔の一ノ宮先生はこんなア感じでは無かった。大学時代、教員になれることが決まった一ノ宮先生は『子どもたちのために尽して、立派な先生になります』と言っていたのに。とてもキラキラ輝いていた。それに憧れて、一ノ宮先生に憧れて私も学校の先生になったんだ。それなのに、今、目の前にいる彼女から昔の面影を感じることはできなかった。昔抱いた憧れの彼女と目の前の現実の彼女のギャップに頭と心がこんがらがっている。
「楓さん、変わりましたね。」
ボソッと言った私の一言に一ノ宮先生はすぐさま反応した。
「私は変わっていませんよ。あと、学校で楓さんは止めてくださいね。」
私にしか聞こえない声で言い、一ノ宮先生は自分の教室へ向かうために手荷物の準備をして職員室の出入り口へ歩いて行った。
私は黙って一ノ宮先生の歩く姿を見ているだけだった。
◆◆◆
「いじめは無かったって先生に言われたの?」
私は学校の廊下でみのりと昨日のことについて話していた。みのりは朝会った時からずっと心配していたようだ。何も言わず帰ってしまったので無理はない。
「うん。先生たちはいじめは無いってことにしたんだって。」
「そんな。大安寺さんはどうしていじめを受けているってちゃんと言わなかったんだろう?」
「口裏を合わせたんだって。」
「えっ、何?口裏?」
「豊たち、大安寺さんと口裏を合わせていじめが無かったように先生たちに説明したんだよ。」
「はっ?何それ?どういうこと?」
「昨日教室から出て帰る途中に廊下で言われたの。『口裏を合わせて先生に怪しまれないようにした』って。」
「それじゃあ、あいつら全員で先生たちを騙して、本当はいじめがあるのに無いことにしたってこと?そんなの許せない。先生にこのことを言おう?」
「そうしたい。けど、信じてくれるかな?」
「もちろんだよ。『昨日の調査は間違いで、本当は豊たちは嘘をついていました』ってちゃんと先生に言えば信じてくれるよ。そうと決まれば早速先生に言いに行こう。」
みのりは私の手を掴み廊下を走りだした。昨日の豊の『先生に言っても無駄』という言葉が頭をよぎり、私の心は不安でいっぱいだった。けど、私の手を握るみのりの手の力強さがその不安を薄めていくような感覚を覚えた。
職員室に向かう途中、私たちの前から一ノ宮先生が歩いて来るのが見えた。丁度良い。一ノ宮先生に昨日、豊たちが口裏を合わせて嘘を言っていたことを話そう。そんなことを考えていると、みのりが先に一ノ宮先生に話しかけていた。
「一ノ宮先生、お話があるんですけど。」
「あら、水谷さんに藤島さん。どうしました?もうすぐ朝の会が始まりますよ?」
「そんなことより、大事なお話なんです。昨日のいじめ調査ありましたよね?いじめは無かったと美佳から聞きました。でもそれは違うんです。」
「違う?どういうことですか?」
「本当はいじめはあるんです。豊さんたちが口裏を合わせて怪しまれないように嘘をついていたんですよ。もう一度調べてもらえればわかり―」
「口裏を合わせて嘘をついた証拠はあるんですか?」
一ノ宮先生はみのりが喋り終える前に口を挟んだ。
「証拠?」
「そうです。水谷さん、証拠も無いのに変な言いがかりをつけて先生たちを混乱させるのは止めてください。」
「証拠はあります。昨日、美佳が豊さんから直接聞いたと言っています。そうだよね、美佳?」
「う、うん。」
みのりに少し圧倒されながらも答えた。一ノ宮先生は続けて口を開く。
「本当に豊さんはそんなこと言ったのですか?そんなことありえないと思うのですが。そもそも自ら嘘を告白して何になるんですか?」
「そんなの、・・・・・わかりません。でも確かに、私に言ったんです。昨日の調査は無効です。お願いします、もう一度調査を―」
ふと先生の顔を見ると目線が私たちでは無く、私たちの後ろに向けていることがわかった。
「おはようございます、豊さん。」
振り返るとそこには豊が立っていた。いつも私が見る不敵な笑みをしながら。
「やあ、おはようございます。先生に藤島さん、そして水谷さんも。話が少し聞こえてきたんですけど、昨日の調査が無効とか何とかって。それってどういうことですか?」
「水谷さんたちが『昨日あなたが調査の時に口裏を合わせて嘘をついた』と言ってきたんですが、本当ですか?」
「そんなこと言う訳ないじゃないですか。そんなこと言って何になるんですか?私昨日先生に言いましたよね。『いじめは無い』と。大安寺さんも同じことを言っていたじゃないですか。」
「それは口裏を合わせて嘘を言わせたからでしょ。」
私は大声で豊に怒鳴った。しかし豊はひるまず、顔色変えず余裕の表情をしている。そして大嫌いなニヤッとした笑みをこぼした。
「口裏なんて合わせてないよ。」
「昨日、私に言ったじゃない。口裏を合わせて、先生に怪しまれないようにしたって。」
「あのさ、意味わからない言いがかり止めてくれる?凄く嫌な気分になるんだけど。そもそもあんたにそんなこと言ったところで良いことなんて無いのにする訳無いじゃん。そうですよね先生?」
豊が一ノ宮先生の方に目線を向けた。私も後を追って先生の顔を見る。
「その通りですね。普通に考えてそんな訳ありません。藤島さん、気持ちはわかりますがいじめはあなたの勘違いだったんですよ。それでもうこの話は終わったんです。」
「終わってなんかないです。クラスの皆にも訊いてみてくだ―」
「藤島さん、もうすぐ朝の会を始めますので教室に戻りなさい。水谷さんも。」
一ノ宮先生は私たちを置いてゆっくりと歩き、教室へ向かって行った。同じく豊も先生の後について行く。一瞬であるが私と目が合い、その時の豊の勝ち誇ったような顔が私の頭に焼き付く。みのりも暗い表情をしており、相当落ち込んでいるようだ。『教室に戻ろう』とみのりに声をかけようとした時、私の頭の上から声が聞こえてきた。
「一ノ宮と豊はグルだな。間違いない。」
そこには空中で腕を組み、うつ伏せになっているデュナミがいた。グル?確かにそうかもしれない。私の中で疑惑が深まっていった。
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