落胆 小学生時代第21話(疑惑編2)

 この現状を受け入れられない私は、誰もいないしんと静まり返った廊下をトボトボと黙って歩いていた。昨日の私とみのりと中野先生の頑張りは何だったのだろう。昨日の大安寺の言葉と笑顔、そして私たちとの会話は何だったのだろう。頭と心がぐちゃぐちゃで体も重いし、今にも吐きそうだ。

 

「まあ、ドンマイだな。今日は黙ってそのまま帰ろうぜ。りんちゃんが待ってるからよ。美佳お姉ちゃん。」


 私はデュナミを睨みつけた。少し困惑したデュナミが話を続ける。


「おいおい、俺にイライラをぶつけても仕方ないだろ?それくらいわかるだろ。」


 こいつに正しいことを言われて更にイライラが増していく。私は再び黙って誰もいない廊下を歩き始めた。もう今日は帰ろう。明日中野先生に今日の出来事を話そう。


「なぁ、美佳。」

「話しかけないでって言ってるでしょ。」

「お前忘れてないか?」

「何を?」

「殺人の権利だよ。今こそ豊たちを殺る絶好のタイミングだろ。理由はわからんが先生どもは大安寺のいじめは無いと結論付けたんだ。つまり大安寺を助ける大人は学校にはいなくなったということだ。きっと豊は今以上に調子に乗って大安寺をいじめるだろうぜ。お前はそれで良いのか?」

「良くない。だから中野先生にもう一度言って―」

「お前さっきのヒアリング調査で担当した先生見ただろ。お前の話なんて聞く耳もってなかったじゃねぇか。これ以上この学校の先生に大安寺のいじめを訴えても意味ないよ。」

「そんなことない。中野先生なら何とかしてくれる。」

「何にもしてくれねぇよ。今日この場で、この調査でいじめは無かったことにされたんだ。中野はお前の話は聞いてくれるだろうが、その中野が何を言おうと何を叫ぼうと他の連中は何も聞いちゃくれねぇし、何も変えられねぇよ。」

 

 私は何も言い出すことができなかった。デュナミはまだ喋り続ける。


「だから大安寺を助けられるのはこの学校でお前しかいなくなったんだよ。先生どもは何もしてくれない。お前が豊たちの殺害を俺に命じれば大安寺は苦しみから、いじめから抜け出せるんだ。」


 悪魔のささやきが私の耳から入り、頭と心に広がっていく。確かにデュナミの言う通りか?先生たちは何もしてくれない、助けてくれない。大安寺を助けられるのは私だけ。人を殺害できる私だけだ。ここで豊たちの殺害をデュナミにお願いすればいじめの犯人である豊たちをこの世から消せて、大安寺を助けられる。言うか?お願いするか?


 そう思ったが私は我に戻り、頭を左右に振り、この悪魔のささやきを振り払った。


「それだけはない。絶対にないから。絶対に別の方法で大安寺さんを助けるから。あんたの力なんて借りない。」


 私はそう吐き捨て、黙って廊下を歩き始めた。


 こんなにしん静まり返った学校はとても不気味だ。皆下校してしまって誰もいない。私も早く家に帰ろう。もうすぐ玄関だ。


 そんな中歩いていると何かが近づいて来る気配がした。何だろう?デュナミ・・・・・ではないな。周りには誰もいないはずなのに。

 

 気にせず歩いていると突然、後ろから衝撃が加えられた。私は廊下の床に倒れこむ。後ろを振り向くとそこには豊たちとそして大安寺が立っていた。

「よう、藤島。お前余計なことしてくれたな。」


 凄い剣幕の豊が私を見ている。その豊の後ろには美山、和田、そして大安寺が黙って立っていた。

 私は豊をじっと睨みつける。


「何だその目は。むかつく奴だな。」


 豊が私の髪を掴み引っ張る。


「痛い、痛い。止めて。」

「旭、止めよう。先生に見られたらマズいよ。」


 美山の声かけに応じたのか、豊は私の髪を乱暴に放す。私は床に座り込んだままであった。


「大安寺さん、どうして『いじめられてない』なんて言ったの?昨日私やみのり、中野先生に言ったよね?『私は豊たちにいじめられてる』って。何で今日、ヒアリングの時にちゃんと言わなかったの?どうして?」


 大安寺は黙ったままだ。


「黙ってたらわかんないよ。何とか言ってよ。」

「まだわかんないのか。」


 豊が言葉を放った。その言葉で一瞬辺りが静まり返る。


「お前本当に馬鹿だな。そんなの口裏を合わせてたからに決まってるでしょ。」

「口裏を・・・・・合わせてた?」

「そうだよ。しっかりと口裏を合わせて、何を訊かれても私たちは同じように答えられるようにしてたの。言い分を一致させて怪しまれないようにするためにね。おかげでまんまと騙せたよ。本当に馬鹿な奴らだよな。」

「でも、ヒアリング調査を行うって聞いたのは今日でしょ。しかも今日の午後。口裏合わせる時間なんて無かったじゃん。」

「前々から口裏合わせをしておいたんだよ。」

「前々から?」

「そう。麗子と幸香とは前からで、彩芽とは昨日口裏合わせしたけどな。」

「何で、何でそんなこと出来るのよ。」

「お前知ってるだろ?私のお母さんは有名な教育評論家だぞ。いじめの調査の仕方なんてもちろん知ってる。私はお母さんから事前に訊いておいたから、口裏合わせができたって訳。」


 何もかも豊の策略通りってこと?私の中で怒りがふつふつと込み上がってくる。同時に悔しさも溢れ出てきた。


「私、このこと先生に言うから。」


 豊はそれを聞いて笑い始める。笑い声が廊下中に響き渡り、私の耳に入って頭を揺さぶる。


「そんなことしても無駄だよ。先生たちはもういじめは無かったと決めちゃったから。私たちが口裏を合わせていたなんて言っても証拠も無いし、ただのお前の負け犬の遠吠えにしか過ぎないんだよ、バーーカ。」


 私はその場でうなだれる。悔しくて、こいつが憎くてたまらない。そう、今ここでこいつを殺してしまいたい程に。


「じゃあ、私たちもう帰るけど、次変なことしてみろ。ただじゃ済まさねぇからな。皆行こう。それじゃあね、藤島さん。」


 そう言い残して豊たちは私を通り過ぎて行った。その中に大安寺もいる。


「どうして大安寺さんは豊に従ったの?昨日のこと、あれは何だったの?」


 通り過ぎる大安寺に問いかけるが、黙ったままだ。代わりに豊が口を開く。


「それは彩芽が『私と』友達だからさ。お前らとじゃない。それだけだよ。」


 ニヤッと笑い、豊たちはゆっくりと廊下を歩いて行った。何も喋らずただ廊下に座り続ける私。そんな私に悪魔がささやく。


「あんな最低な奴らとっとと殺っちまおうぜ。お前ならそれができるんだからよぉ?」


 私は無言のまま立ち上がり歩き始めた。そんなこと必要ない。他に何かきっと方法があるはず。自然とあふれてくる涙を拭いながら私は玄関へと向かった。

 玄関を出ると校門にはみのりが立っている。どうやら私を待っていてくれたようだ。


「美佳、どうだった?あとさっき豊たちが大安寺さんと一緒に学校から出て行ったんだけど、どういうこと?」


 みのりに話しかけられても口を閉ざしたままうつむいている。


「美佳?どうしたの?何かあったの?」

「ごめん、みのり。ずっと待っていてくれて悪いんだけど、今日は私1人に帰るね。」

「えっ?美佳。どういうこと?待って。」


 みのりの呼びかけにも応じず、私は暗がりの中を一心不乱に走って学校を後にした。

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