疑惑編

ヒアリング調査 小学生時代第20話(疑惑編1)

 私はみのりと中野先生と一緒に私がヒアリング調査する教室へと向かっていた。後ろにはデュナミもいる。


「何だかドキドキしてきたぁー。何訊かれるのかなぁ。緊張するわ。」


 何でお前が緊張してるんだよ。緊張してるのは私の方。これから先生とマンツーマンでヒアリングされるんだから。

 中野先生に連れられてヒアリング調査を行う教室へやって来た。そこには既に一ノ宮先生やヒアリングを行う他4人の先生、そして大安寺彩芽、豊旭、美山麗子、和田幸香もそこにいた。私と同じ今日のヒアリング対象のメンバーだ。これからの調査に緊張しているのか誰も一言も喋らずに立っている。しかし、豊の口角は少し上がっていていた。

 

「美佳、頑張ってきてね。」

「うん、ありがとう、みのり。」


 私は4人の児童メンバーと対面する。誰も何も喋らず、沈黙が私たちを包み込んだ。


「では今からヒアリングをしたいと思います。皆さんそれぞれ担当の先生と一緒に教室へ入ってください。」


 1人の先生が沈黙を破った。今から始まるようだ。若い男の先生が私に近づいてくる。この先生がどうやら私の担当らしい。


「藤島さん、では行きましょうか。」

「はい。」


 私はうなずき、その男の先生について行く。


「美佳。」


 ついて行く途中で心配そうにみのりが私に話しかけた。


「大丈夫。心配ないよ。遅くなると思うから、今日はみのりは先に帰ってて。」


 そう言い残して私はその男の先生について行った。先生の隣にはデュナミがいる。こいつこんな時も私について来る気かよ。イライラする気持ちを抑えて教室の中へ入る。教室に入る前に他のメンバーが連れて行かれる様子を見たが、豊の担当はどうやら一ノ宮先生らしい。


 教室に入ると私は椅子に座らされて、先生は教室の扉、窓を全て閉めた。先生は全て閉め終わったことを確認すると、私の目の前に椅子を置き座った後に、話を始めた。


「では、早速ヒアリングを始めたいと思います。良いですか。」

「はい。」

「はーーい。」


 私と同時にデュナミが笑顔で返事をする。お前が返事しても意味ないから黙ってろ。横目でデュナミを睨みつけた。


「どうかしましたか?」

「いえ、何でもないです。」

「そうですか。大方の話は一ノ宮先生や中野先生から聞いています。藤島さんは豊さんたちが大安寺さんをいじめているところを目撃したと聞いていますが、どこで目撃したのですか。」

「6年生の最初の頃、教室で豊さんたちが大安寺さんをからかったりするところを見たことがあります。それと中庭で豊さん、美山さん、和田さんの3人が大安寺さんをいじめているところを見ました。大安寺さんに訊いてもらえればわかります。彼女もその時にいじめられていたと言うはずです。」

「なるほど、教室と中庭ですね。その時豊さんたちや大安寺さんは何か言っていましたか?」

「教室の時は私は話かけてもいないので特に何も。中庭の時は私が『何してるの?』と訊いた時、大安寺さんはずっと黙っていたままでしたが、豊さんは『ただ遊んでいるだけだ』と言っていました。」

「では豊さんたちは大安寺さんをいじめていた訳ではなくて、本当にただ遊んでいただけではないのですか。教室で見たからかいもただふざけ合っていただけなのでは?」

「違います。」

「しかし豊さん本人が『遊んでいただけ』と言っているのであれば、本当に遊んでいただけだと思うのが普通だと思いますが。」

「そんなはずありません。」


 私は思わず大きな声を出してしまった。いきなりの大声だったので先生もビクッとなっている。


「まあまあ、落ち着いてください。わかりました。他の先生との情報共有でこのことを言ってみます。少し教室で1人で待っていてくださいね。」


 そう言い残して先生は教室を後にした。廊下から数人の声が聞こえてくる。どうやら同じように廊下に出た先生同士で話し合っているようだ。これが中野先生が言っていた『先生方が集まって児童の話を纏めて、確認し合う』というやつだろうか。待たされている時間が非常に長く感じられて居心地が悪い。居心地が悪いのは広い教室に私だけではなく、デュナミもいるからではあるが。


「なぁ、美佳?」

「学校では話しかけないでって言ってるでしょ。」


 デュナミが私が教室で1人であることを良いことに話しかけてきた。学校では話しかけない約束を本当に守る気ないなこいつ。


「今は俺たち2人きりだから良いだろ?お前、この調査で大安寺のいじめが教師どもに認知されると思うか?」

「当り前じゃない。大安寺も私と同じで先生とマンツーマンの状態。そんな状態なら豊たちを意識しないで何でも喋ることができるでしょ。そして私の証言もあれば先生たちもようやく大安寺のいじめを認めてくれるはずよ。」

「・・・・・そんなに上手くいくか?俺さ、ここの教師ども、どうも当てにならないと思ってるんだよねー。」

「どういうことよ?」

「この前の一ノ宮もさっきの男の先生も『いじめが無い』という前提で話を進めている気がしねぇか?確かこのヒアリング調査ってさ、中野が言うにはお前含めた関係児童の話を聞いてからいじめがあったかどうかを判断するんだったよな?」

「・・・・・そうね。」

「じゃあ、あの男教師おかしくね?『豊さんたちは大安寺さんをいじめていた訳ではなくて、本当にただ遊んでいただけではないのですか』って何でお前に問い詰めるんだよ。まるでお前に『いじめは無かった』と言ってほしそうな言い方だったよな?」


 言われてみれば確かにそうだ。その発言はいじめがあったかどうかを訊き出す質問ではなく、いじめは無かったと認めさせるような言い方だった。でもどうして?


 私が考えていると担当の男の先生が教室へ入り、私の目の前に座った。


「その、・・・・・どうでしたか?」


 私が恐る恐る口を開く。


「さっき他の先生方と話したのですが、豊さん、美山さん、和田さんの3人はいじめをしていないと言っているようです。」

「そんな。」

「そして大安寺さんもいじめを受けていないと言っているようです。」


 それを聞いて、私は驚きで何も声が出てこなかった。大安寺がいじめを受けていないって言っているのか。そんなの嘘だ。だって昨日、いじめを受けていることを認めたばかりじゃないか。いったいどうなっているんだ。


「ふーん、なるほど。これは面白くなってきたな。」


 デュナミがニヤりと笑いながら言う。何も面白いことなんて無いよ。何言ってるんだこいつは。イライラがまた溜まっていく。


「私がさっき話した教室や中庭のやつはどうですか?」

「それは他の先生に伝えて、今それぞれの児童に訊いてもらっています。なのでもう少しで結果がわかると思いますよ。」


 教室のやつはまだしも中庭の話をされたらきっと本当のことを言うと思うし、豊たちと大安寺とで何か言い分に違いが出てくるはずだ。そうすればいじめの疑いがあるんじゃないかと先生たちも気づくはずだ、私はそう信じていた。

 

「藤島さん、失礼だけど、もしかして君の勘違いなんじゃないですか。他4人はいじめが無いと言ってますし。」

「そんなはずはありません。」


 私は先生の言葉をスパッと切るように言い返した。そこからずっと沈黙が続く。


「何か飽きたなぁー。まだ終わんないのかよ、これ。あと、今日のバライティ番組までには帰れるよね?俺楽しみにしてるんだよね。」


 こいつ鬱陶しいな。飽きたのならお前だけさっさと帰れよ。ていうか悪魔のお前がバライティ番組楽しみにしてるんじゃない。

 緊張とイライラの中、教室の扉をノックする音が聞こえる。1人の先生が扉の前に立っていた。どうやら私の担当の先生を呼びに来たらしい。

 先生は足早に教室を出て行った。

 

 再び教室に沈黙が訪れる。デュナミは誰かの机の上に座り、あくびをしていた。


 しばらくして先生が教室へ戻ってきた。先生は真顔で席に座る。


「どうでした?」


 私は食い気味で先生に訊いていた。


「藤島さん、結論から言いますとね、豊さん、美山さん、和田さん、そして大安寺さん全員『ただ遊んでいただけ』と答えたそうです。それぞれの先生からの話を聞くに皆さんの言い分も一致しています。つまりいじめは無かったということです。なので藤島さんはきっと勘違いをしているだけだと思いますよ。」

「そんなはずありません。何かの間違いです。もう1度ちゃんと訊いてみてください。」

「藤島さん、気持ちはわからないでもないですが、今日のヒアリング結果を総合的に判断して、私たちは『大安寺さんのいじめは無かった』と判断しました。第一大安寺さん本人が『いじめは無い』と言っているんですよ。」

「嘘。」


 私は予想だにしなかった結果を聞かされてうなだれていた。そんな馬鹿な。何がどうなっているんだ。頭と心がぐちゃぐちゃになる。


「大安寺さんと豊さんたちはタイプが違いますよね。本当に友達だと思いますか?」


 私は先生に荒々しく疑問をぶつける。


「ああ、それですけど、大安寺さんのヒアリングを担当した先生が言うには『大安寺さんは後ろ向きな性格を変えたくて、活発な豊さんたちと仲良くなった』と答えているそうです。豊さんを担当した一ノ宮先生も同じことを言っています。なので彼女たちは本当にお友達なのではないですか?」


 嘘だ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。


「そんなはずない。」


 私は立ち上がり大声で叫んだ。自分でも息が上がっていることに気づく。


「藤島さん、遅くなる前に帰りましょう。今日はヒアリング調査に協力してくれてありがとう。また明日、さようなら。」


 頭が真っ白になった。私はランドセルを背負い、無言のまま教室を出て行った。

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