訴え 小学生時代第19話(中野かなみ編4)

 次の日の朝、私は職員室で学年毎の先生との朝礼に参加していた。この朝礼の場で事務的な連絡や児童の情報交換、本日のスケジュールを話し合ったりする。

「他に何かある先生いらっしゃいますか。」

 学年主任の女性の先生が私たちに問いかける。私は意を決して手を挙げた。

「中野先生、どうぞ。」

「はい、6年生のとある児童のいじめについてです。」

 周囲がざわつく。一ノ宮先生は表情を変えず黙っていた。

「いじめ?それはどういうことですか、中野先生。」

 学年主任が私に詰め寄る。怯まずに私も言い返す。

「言葉通りの意味です。とある児童がいじめを受けておりましてその報告と、その対策についてお話したく思います。」

「とある児童とは誰ですか。」

「大安寺彩芽さんです。」

 「大安寺?」という疑問の声が周囲から聞こえてくる。それもそうだ。そもそも大安寺さんは私のクラスの児童ではない。他の先生方が不思議がるのも当然だ。

「中野先生、大安寺彩芽さんと言いましたか?確か大安寺さんはあなたのクラスの児童ではないはずですよね?」

「はい、そうです。」

「どの先生の児童でしたっけ。確か・・・・・」

「一ノ宮先生です。」

 私は一ノ宮先生にパスを渡した。これまでずっとうつむいていた一ノ宮先生も真顔を正面に向けてきた。

「中野先生はこのように言っていますが、担任の一ノ宮先生はどのようにお考えですか?」

 主任に問いかけられてもすぐには返事をせず黙っていたが、しばらくして口を開け、淡々と答え始めた。

「いじめはありません。中野先生はありもしないことを言っています。」

「ありもしないことではありません。」

 何を言っているんだ、この人は。怒りで大声を出してしまった。他の学年の先生方がチラチラとこっちを向く。主任に「中野先生落ち着いてください」となだめられ、私は声のトーンを落として話を続けた。

「一ノ宮先生はいじめを認識されていますよね。」

「いえ、認識していません。初耳です。」

「初耳じゃないはずです。前に3組の藤島さんと1組の水谷さんが大安寺さんのいじめについて話に来たはずです。」

「ああ、あのことですか。確かに話は聞きましたが、証拠もないですし、話を聞くにいじめの疑いはないと判断しましたので。」

「いえ、証拠はあります。大安寺さんの家に行き大安寺さん本人と話をしたのですが、大安寺さんがいじめを受けていたことを認めました。」

 一ノ宮先生は驚き、目が見開いたことがわかった。他の先生方も驚きを隠せない様子だ。

 でもどうしてだろう。一ノ宮先生はまるでいじめを無いと決めつけ、調査すらしたくないように見える。どうしてだ。いじめが発覚したら何か不都合なことがあるのだろうか。

「なので主任。早速いじめの対策に乗り出していただきたく―」

「主任。担任の私がいじめはないと言っているのです。いじめは私のクラスにはありません。」

 一ノ宮先生の声、そして言葉が私の提案をかき消した。何故一ノ宮先生は頑なにいじめを否定するんだ。私にはその理由が全くわからなかった。

「そもそもどうして担任でもないあなたが大安寺さんに会って話をしているのですか。」

「いや、担任でなくても話をするくらいは良いと思いますけど。」

「そんなことをしている暇があったら他にやるべきことがあるのではないですか?」

「そんな言い方はあんまりです。それに今の論点は大安寺さんのいじめについてであって、担任でない私の大安寺さんとの接触の是非ではありません。」

「まあ、そうですね。しかしいじめがあると今決めつけるのは早すぎると思いませんか。」

「そんなことはありません。大安寺さん本人がいじめを受けていると証言しているんです。」

「ではいじめをしていると疑われる児童の言い分は聞かなくて良いんですか?今わかっているのはいじめを受けたと疑われる大安寺さんの証言のみですよね?どうして片方の言い分のみで判断するのですか?」

「それは・・・・・」

 私は言葉が詰まってしまった。確かにその通りだ。その通りなのだが大安寺さんや藤島さんたちの雰囲気、顔の表情、気持ちを間近で見て触れてきた私には彼女たちが嘘をついていると思えない。主任や一ノ宮先生、他の先生方もこれをわかってくれたらきっといじめがあると納得してくれるはずなのに。私はもどかしい気持ちで押しつぶされそうになっていた。

「確かに一ノ宮先生の言う通りですね。中野先生の話を聞くとまだ片方の言い分しかありませんし、いじめがあると判断するには早すぎますね。」

 そんな、主任まで。周囲の先生方を見回しても主任や一ノ宮先生に同意する人たちばかりであった。この流れは非常にマズい。

「主任、あくまでも片方の証言のみですし、担任でない中野先生の言い分です。それに担任である私がクラスにはいじめがないと言っているのです。いじめはありません。もうこの話は終わりにしましょう。」

 待って。それは駄目だ。私は約束したんだ、大安寺さんを助けると。昨日大安寺さんの部屋で藤島さんと水谷さんの前で約束したんだ。こんなところであきらめてたまるか。

「待ってください。ではこうしましょう。『いじめ防止対策推進法』に基づきいじめの調査をしましょう。大安寺さんがいじめを受けているという話を本人から直接、教師である私が聞きました。私は『いじめの事実があると思われる』と考えます。ですので、いじめの調査を実施し、適切な措置をとるようにしましょう。お願いします。」

 周囲は静まりかえっていた。奇妙な目で私を見つめる先生もいる。私は変なことを言っただろうか。いや言っていない。正しいことを言ったまでだ。どうしてそんな目で私を見てくるんだ。私ははがゆい気持ちでその場に立っていた。

しばらく沈黙が続く中、学年主任が語りかけてきた。

「わかりました。ではいじめ対策チームの先生方にヒアリング調査を行っていただき、いじめ被害者と疑われる児童以外の話もヒアリングしましょう。関係児童の都合もありますが、いじめを受けた疑いのある大安寺さん、そしていじめをした疑いのある児童、そしてそのいじめと疑われる現場を目撃した児童を集めて、児童たちの話の聴き取りを行いましょうか。中野先生、それに担任の一ノ宮先生も、それでよろしいですか。」

「はい、わかりました。」

 私は主任に返事をする。その後しばらくしてから一ノ宮先生も「それで結構です」と返事をした。

本来考えていたプロセスとは異なったが、あの流れの中で何とか他の先生方を巻き込んで大安寺さんを助けるにはもうこれしかない。もう既に大安寺さんや藤島さんの力を借りないといけないとは、助けるなんて啖呵を切ったのに情けなさすぎる。

私はいじめ加害者である、豊旭、美山麗子、和田幸香の3人、そしていじめ現場を目撃した人物として藤島美佳の名前を挙げた。

 主任や一ノ宮先生が関係児童たちに都合を聞くと全員今日の放課後は都合が良いとなり、早速放課後にヒアリング調査が実施されることとなった。この調査で全てが明らかになる。そうすればきっと大安寺さんを助けることができる。私はそのように確信していた。


 放課後、私は藤島さんに会いに3組の教室へ向かった。教室には藤島さんと水谷さんが真剣な表情で椅子に座っていた。私が教室の入り口から入ろうとすると、藤島さんたちが私に気づき、駆け寄ってくる。

「中野先生、どうなっているんですか。私、今日一ノ宮先生と学年主任の先生にこれからいじめの調査に協力してほしいと言われたんですけど。」

「藤島さん、水谷さんごめんなさい。私が力不足でまだ他の先生方からいじめ対策のための協力をしてもらえる状態になっていないの。」

「そんな。」

「本当にごめんなさい。」

「先生、止めてください。顔を上げてくださいよ。」

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。昨日この子たちはあんなに頑張ってくれたのに私ときたら他の先生方を説得することもできず、またこの子たちに頑張ってもらわないといけなくなるなんて。

「あの先生。今日私が受ける『ヒアリング』って何ですか。一ノ宮先生が『ヒアリング調査をしたい』と言っていたんですけど。」

「藤島さん、よく聞いてね。今から藤島さんが受けるのはいじめの有無を確認するためのヒアリング調査なの。藤島さんと水谷さんは大安寺さんから直接いじめの告白を聞いたからいじめがあると思っているし、私もそう思っている。でも他の先生方はそれだけではまだいじめが本当にあるかどうか疑問に思っているの。」

「どうして。」

「他の先生方はいじめ加害者、つまり豊さんたちのことだけど、彼女たちの言い分を聞く必要があると言っているのね。彼女たちの言い分もしっかりと聞いて最終的な判断をしようとしているの。その判断をするための調査がヒアリング調査なのよ。いじめ加害者の豊さんたち、そして目撃者の藤島さんからお話を聞いてその話を基にいじめが本当にあったかどうか先生方が判断するの。今回は被害者の大安寺さんもヒアリング対象になっているんだけどね。」

「全員一か所に集められて先生が話を聞くんですか?でもそうしたらちゃんとした証言が取れないんじゃ。」

「大丈夫。それぞれ別室で複数の先生方があなたたち1人1人個別でヒアリングするのよ。」

「中野先生もその先生の1人なんですか?」

「私は、その・・・・・立候補したんだけど外されちゃって。ごめんなさい。『あなたはこの案件に関わりすぎているから、児童の話を客観視できないだろう。別の先生がヒアリングすべきだ』って言われちゃって。ヒアリング調査は一ノ宮先生と4人のいじめ対策チームの先生方が行うわ。」

「そうなんですか。」

 藤島さんがしょんぼりしている。水谷さんは「大丈夫?」と藤島さんに声をかけていた。

「私はその調査で何をすれば良いですか?」

「藤島さんが私に伝えてくれたことをそのまま言ってもらえればそれで良いのよ。豊さんたちが大安寺さんをからかっていたり、朝に下駄箱近くて集まっていたこと、そして中庭での出来事、そのまま言えば良いの。そのヒアリングではちょくちょく先生があなたたちから話を聞いては廊下に出て、先生方が集まって他の児童の話を纏めて矛盾があるかどうかを確認する時間があると思うけど、気にせず普段通りで大丈夫よ。」

「わかりました。あと先生今日変なことがあったので聞いてくれますか。」

「もちろん。何?」

「今日、教室に来る大安寺さんを廊下に立って待っていたんですけど―」


◆◆◆


 私は昨日のこともあり廊下で大安寺が来るのを待っていた。豊たちは既に教室にいるが大安寺はまだ来ていない。昨日は学校へ来ると言っていたので絶対に来るはずだ。廊下でずっと待っていると目の前から女の子がゆっくりと歩いてくる姿が見えた。大安寺だ。私は自然と笑顔になる。

「おはよう、大安寺さん。学校に来てくれ―」

 大安寺からは何も返事がない。私を見ても何1つ表情を変えず、無言のまま私の隣を1歩1歩ゆっくりと通り過ぎて行った。

 えっ、どういうこと。どうして何も喋ってくれないの。もしかしてまだ私に心を許していない?いや、そんなはずはない。昨日はあんなに楽しくお喋りしたんだ。いじめから助ける約束をみのりと中野先生とでしたからそれなりに信頼してくれていると思うのだが。

 私は大安寺さんを追って教室へ入ると信じられない光景が目に入った。大安寺が豊、美山、和田の3人と喋っているのだ。何で、どうして。

 私はいてもたってもいられずこの4人に近づいた。

「ねぇ、何してるの?」

 私が低いトーンで豊たちに話しかけると、朝の会前で喋ったりふざけたりしていたクラスメイトたちが一瞬にして静かになった。周りの視線が私たちに向けられる。

「何って、ただ喋ってるだけだよ。それ以外に何してるように見えたの?」

 豊がニヤッと笑い、私を睨みつけながら威圧する。こんなところで怯んでたまるか。

「私が訊いてるのは何であなたが大安寺さんと喋ってるかってこと。」

「馬鹿かお前、それは前にも言ったよな。私たちは友達なんだよ。ちゃんと覚えてる?」

「嘘。」

「嘘じゃねぇよ。じゃあ、彩芽に訊いてみる?なあ、彩芽。私たち友達だよな?」

 違うよね。昨日も言ったけど私は豊たちから逃げない。あなたを助けるって約束したよね。勇気をもって『違う』と言って。

「・・・・・友達です。」

 えっ。今何て言った?大安寺は今「友達です」って言ったのか。聞き間違いだよね。

「ほら見てみろ。本人が友達って言ってるんだ。もう難癖つけてくるな。」

「嘘。そんなはずない。わかった、あんたたち大安寺さんを脅して無理矢理言わせてるんでしょ。そうでしょ。」

「てめぇ、いい加減にしろ。」

 豊が私を突き飛ばし、私は近くにある机にぶつかり床に倒れこんだ。「美佳ちゃん大丈夫?」という真里菜の声が聞こえる。

「お前さぁ、いちいち私たちに突っかかってくるなよ。ウザいんだよ。」

 豊、美山、和田がクスクスと笑っている。大安寺は私と目を合わせず下を向いていた。

 何かがおかしい。昨日いじめを告白した大安寺とは別人みたいだ。いったい何がどうなってるの。昨日の大安寺はどこに行ってしまったの。私は何もできずただ倒れこんだ床の上で座っているだけであった。


◆◆◆


「こういうことがありまして。」

 何それ。大安寺さんが豊さんたちと一緒に喋っていた?それは百歩譲って良いが、気になるのは大安寺さんが豊さんたちのことを『友達』と公の前で言ったことだ。どうしてそんなこと言ったのだろう。昨日は大安寺さんを含めいじめに立ち向かう雰囲気だったのに。

「先生、その、大丈夫でしょうか。」

 藤島さんが心配そうにしている。ここは私が元気づけないと。

「藤島さん、大丈夫よ。大安寺さんはもしかしたら豊さんたちが近くにいたから強く言えなかっただけかもしれないわ。さっきも言ったけどヒアリングでは全員個別で話を聞くの。だから大安寺さんも豊さんたちとは引き離されて話を聞かれるのよ。そうしたらきっと本当のことを言ってくれるはずよ。」

 これが私のできる精いっぱいの励ましであった。これからヒアリング調査が始まる。「頑張ってね」と水谷さんも藤島さんを励ましている。

 私はこの調査が成功することを祈るばかりであった。

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