証言2 小学生時代第18話(中野かなみ編3)
私は真剣さを伝えるために、そして大安寺さんに本当に心を許してもらえるように彼女の顔をじっと見つめ、彼女の目を見て喋り始めた。
「大安寺さん、あなたは豊旭さん、美山麗子さん、和田幸香さんの3人からいじめを受けている。これで間違いないのね?」
「・・・・・はい。」
「答えられる範囲で良いんだけど、いじめの内容はどんなの?悪口を言われたりとか?」
「最初はからかわれたりでしたが、どんどんひどくなっていって、今では、その・・・・・殴るとか蹴るとか、です。私辛くて。」
「言ってくれてありがとう。それで十分だよ。」
大安寺さんはとても辛そうな表情で絞りながら声を出していた。そしてやはり私の考え通りだった。いじめはエスカレートしていっていた。藤島さんと大安寺さんの言い分も一致している。『からかわれた』という点だ。いじめの信憑性はより増す方向になったと言えるだろう。その『からかい』は藤島さんが見ているのだから他のクラスメイトも見ている可能性が高い。匿名のアンケートを実施すればより多くの証言を得ることができるかもしれない。
そんなことを考えていると、藤島さんが大安寺さんと話をしていた。
「あの、大安寺さん。私が中庭で見たやつもいじめを受けていたんだよね?」
「・・・・・うん。」
「その、ごめんなさい。あの時ちゃんと言うべきだったよね。本当にごめんなさい。」
「いや、いいよ。その、しょうがないよ。あの子たちもいたし。」
大安寺さんが自分のいじめを打ち明けてから少しではあるけど穏やかな雰囲気に包まれていた。藤島さん、水谷さん、そして大安寺さんも和やかに話をしている。大安寺さんにも時折笑顔が見られた。後はこの笑顔がずっと続くように頑張るのが私たち教師の勤めよね。
「あの、皆お話し中にごめんね。大安寺さん、あなたのいじめを学校の他の先生方に言いたいんだけど良いかしら?」
そう言うと大安寺さんの表情が曇る。やはりいじめを公にするのは気が進まないようだ。でも私はここで引き下がることはできない。この子を助けるためにもこれは必要なことと心に言い聞かせる。
「大安寺さん、確かに他の先生方に言うのはためらいがあるかもしれない。でも他の先生方に言うことで私だけじゃなくて色んな先生に協力してもらってあなたを守ることができるの。もちろん担任の一ノ宮先生も。そして対策チームの先生方でちゃんといじめの対策をするわ。」
「・・・・・わかりました。」
良かった。これで大安寺さんをちゃんと守ることができる、そう思った。そして1つ疑問が浮かぶ。
「大安寺さん、もしかしてこのことを御両親は知らないのかしら?」
「はい。」
やっぱりそうだったのか。今日お母さんと接した感じでは知らないだろうと思っていたが。
「どうして言わなかったの?」
「心配かけたくないし。」
「そう。このことは御両親には言わない方が良い?」
「・・・・・その、言わないでほしいです。」
「そんな、何で?」
藤島さんが驚いた声を上げる。私は藤島さんを落ち着かせてから大安寺さんに話を続ける。
「わかった。御両親には言わないわ。約束する。」
黙りながらコクっとうなずく大安寺さんを見て、私は笑顔を見せた。
「北堀さんにはどうする?」
水谷さんが聞き覚えのある名前を言う。北堀?ああ、私のクラスの北堀麻衣さんか。どうして北堀さんの名前を出すんだろう?
「北堀さんも心配してたの。大安寺さんが学校を休みがちになっているのを。北堀さんには『いじめを受けているけど先生たちが何とかしてくれる』って言う?」
「大安寺さんと北堀さんはお友達なの?」
私が我慢できず2人の会話に割って入る。大安寺さんはうなずいた。
「はい、私と麻衣ちゃん、北堀麻衣ちゃんは小さい時からお友達です。」
「そうなのね。北堀さんにはまだいじめについて言ってないの?」
「はい。」
「北堀さんにもまだ言わない方が良い?」
「まだ、その心の準備ができていないので、もう少し時間が経ったなら良いと思います。」
「わかった、ありがとう。それじゃあ、大安寺さんが良いと思った時に私が北堀さんに言うわ。その時が来たら教えてね。」
「わかりました。」
「明日は学校に来る?」
私はこれまで潜めていた質問を投げかけた。いじめを御両親や北堀さんに伏せておきたいのであればそろそろ学校へ行かないと怪しまれるだろうし、このまま休み続けて勉強がおろそかになることは教師として見過ごす訳にはいかなかった。
「でももし厳しいようだったら無理はしなくて良いのよ。」
とは思いつつもフォローは入れておく。やはり1番重要なのは児童の意思と安全だからだ。
「明日は学校行きます。これ以上お母さんやお父さんを心配させたくないし。」
「本当!良かった。」
私だけでなく藤島さんにも水谷さんにも笑顔があふれる。
ふと腕時計を見ると結構時間が経っていることに気がついた。そろそろ帰らないと。藤島さん、水谷さんも早く帰らせてあげないとね。
「大安寺さん、私たちそろそろ帰らせていただくわね。」
「はい、わかりました。」
「何かあったら先生にいつでも言ってね。」
大安寺さんから心なしか笑顔を見ることができた。藤島さんと水谷さんも「私にも何でも言ってね」と大安寺さんに言ってあげている。もう彼女は大丈夫だろう。私たちは大安寺さんと最後少しだけ話をして、部屋から出て、大安寺さんのお母さんに挨拶をして帰ることにした。
「彩芽はどうでした。大丈夫でしたでしょうか。」
お母さんが心配そうに話しかけてくる。それもそうだ。教師が直接家に、しかも児童2人を連れてやって来て、そして結構長い間自分の子どもと部屋の中で話し込んでいたらそうなるだろう。心配させないようにしないと。
「はい、大丈夫でした。彩芽さんの元気な顔を見れて安心いたしました。この子たち2人も安心してまして、最後は和やかに彩芽さんとお話することができました。」
「そうですか。それは良かったです。」
「彩芽さんも体調は良さそうで、明日は学校に行くとのことでした。」
「本当ですか。ありがとうございます。」
お母さんの顔にも笑顔が見られた。その笑顔を見てこれまでの緊張がほぐれていくのを感じた。
マンションを出た私たちは学校へ向かっていた。藤島さんと水谷さんの家はこことは反対方向らしく、家に帰る途中で学校を通るとのことだった。私も荷物とかが学校に残っているため、学校まで一緒に行くことになった。
「先生、今日はありがとうございました。」
「私も、ありがとうございました。」
突然立ち止まった藤島さんと水谷さんが私にお礼をしている。
「いえ、私は何もしてないわ。藤島さんと水谷さんのおかげよ。2人が大安寺さんの心を動かしたの。こちらこそ大安寺さんを助けてくれてありがとうね。」
2人は顔を見合わせて「えへへ」と照れくさそうにしている。
「今日のことは明日、私から他の先生方に言います。何かあったらまた助けてもらうかもしれないけど良いかな?」
「はい、もちろんです。」
2人が元気に答えてくれた。純粋で思いやりがあって、行動力があって、そして賢いこの子たちならきっと大安寺さんとうまくやっていけるだろう。私はその手助けをしてあげないと。
「あと先生、話変わるんですけど、今日一ノ宮先生を呼ぶ時に楓さんって言ってました?」
ギクッ、ばれてる。さすが水谷さん、逃さず聞いていたか。
「楓さん?」
藤島さんが不思議そうな顔をしている。
「そう、今日ね中野先生、一ノ宮先生を楓さんって呼んでたの。」
「いやいや、呼んでないから。いや、確かに呼びそうにはなったけど、ちゃんと『一ノ宮先生』って言い直したから。」
「普段は一ノ宮先生のこと楓さんって呼んでいるんですか?」
「ま、まあ、その、・・・・・教師になる前に知り合いだったからね。大学の先輩後輩だったし。」
「だから楓さんって呼んでいるんですね。」
うぅー、恥ずかしい。ニヤニヤされてる。これから絶対に学校で『楓さん』と呼ばないように気を付けないと。
私たちはさっきまで重たい空気の中にいたとは思えないくらい笑って喋りながら学校へと歩いて行った。
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