証言1 小学生時代第17話(中野かなみ編2)
私は藤島さんと水谷さんを引き連れて大安寺さんの家に向かって歩いていた。学校から出てもう20~30分ぐらい経っただろうか。大安寺さんが住むマンションにやって来た。名簿に記載の住所によると大安寺さんが住んでいるのは4階らしい。私たちはエレベーターに乗り、4階へ向かった。
エレベーターを降り、私はまた大安寺さんの家の住所とにらめっこをする。403号室だな。だからエレベーターを降りて右に行く必要がある。私は右に歩き出し、藤島さん、水谷さんも後ろからついて来た。
ここか。403号室へやって来た。表札には『大安寺』と書かれている。間違いない。ここが大安寺さんの家だ。藤島さんと水谷さんを見ると少し緊張しているようにも見えた。
私は1回深呼吸し、インターホンを押した。
しばらくして、女性の声が聞こえてきた。
『はい、どちらさまでしょうか。』
「私、森薗小学校の6年生の教師をしております。中野と申します。大安寺彩芽さんにお会いにやって参りました。彩芽さんはいらっしゃいますか。」
『学校の先生だったんですね。今開けますね。』
ガチャ。目の前のドアが開く。ドアから30代ぐらいの女性が出てきた。恐らく大安寺さんのお母さんだろう。
「彩芽さんのお母さんでいらっしゃいますか。」
「はい、そうです。先生がわざわざありがとうございます。でも一ノ宮先生ではないのですね。」
「えっ、はい。一ノ宮は今少し忙しく、代理で私がやって参りました。」
「そうでしたか。こちらの2人は?」
「えーっと、彼女が藤島さんで彩芽さんと同じクラスの子です。そして彼女は水谷さん、私のクラスの学級委員長を務めている子です。」
「そうなんですね。今日はどのような御用件で?」
「彩芽さんが最近よく休んでるという話のこの2人から伺いまして、心配だなと思いやって参りました。彩芽さんに何か変わったところはございませんか。」
「そうだったんですね。変わったところ、・・・・・以前と比べて少し表情が暗くなったとは思いますがそれ以外は特に。本人は体調が悪いとだけで、学校も特に問題ないと言っておりますし。あ、すみません。長く立ち話をさせてしまいまして。どうぞお入りください。」
「お邪魔いたします。」
私たち3人は家の中に入り、リビングにある椅子に座ることになった。
「今、お飲み物持って来ますね。」
「お構いなく。」
リビングを少し見渡したが、綺麗に整理整頓されている。いや、止めておこう。あまり人の家の中をジロジロと見るものじゃない。
しばらくして、大安寺さんのお母さんが私たち3人分のお茶を持って来てくれた。
「ありがとうございます。」
私はお茶を口に運ぶ。さっきのお母さんの話だと大安寺さんは親には学校での出来事や特にいじめについて言っていないようだ。本人が言っていないのであれば大安寺さんに断りもなく親に言うのはよした方が良いだろう。でもお母さんは大安寺さんのお休みをどのように考えているのだろうか。
「あの、おばさん。彩芽さんに会わせてくれませんか。」
藤島さんか唐突に喋り出した。中々急に話を切り出す子だな。でも藤島さんたちが切り出して進めてくれた方がお母さんに怪しまれず話は進むかもしれない。それにダラダラと世間話や学校について話してもあまり意味がない。今日の私たちの目的は大安寺さんからいじめの証言を訊き出すことだ。
「わかりました。今、彩芽を呼んできますね。」
「差し支えなければ私たちも彩芽さんのお部屋について行ってもよろしいでしょうか。」
「は、はい。構いませんよ。」
大安寺さんのお母さんについて行き、大安寺さんの部屋へ到着した。お母さんがドアをノックする。
「彩芽、先生とお友達が来ているわよ。」
「誰?」
大安寺さんの声だろうか。少し警戒しているようにも聞こえた。
「中野先生と、お友達が藤島さんと水谷さんという子たちよ。」
そうお母さんが呼びかけたがすぐには返事がない。しばらくしてドアが開き、1人の女の子がゆっくりと顔を出す。
「大安寺さん。」
藤島さんが小さい声でボソッと言った。
私は大安寺さんに向けて笑顔を作る。
「こんにちは。私は1組担任の中野です。知ってるかな?今日はちょっとお話があって、同じクラスの藤島さんと、私のクラスの水谷さんの3人で来たの。お部屋でお話させてくれないかな?」
大安寺さんは警戒して私たちをドア越しでジロジロと見てきている。もしかしたらこのままドアを閉められて『帰れ』というようなことを言われるかもしれない。緊張が走る。
「少しで良いの。お願い。」
藤島さんがお願いする。それが効いたのか大安寺さんは「いいよ」と小さい声で言い、私たちを招き入れてくれた。
「お母さん、では少しお部屋の中でお話させていただきますね。」
「はい、わかりました。よろしくお願いします。」
お母さんにはリビングに戻っていただき、私たち3人は大安寺さんの部屋に入った。女の子らしい部屋でぬいぐるみとかも置いてある。ってまたジロジロと部屋を見てるじゃないの。部屋じゃなくて目の前の大安寺さんに集中しないと。
「入れてくれてありがとうね、大安寺さん。」
大安寺さんは黙ったまま、コクっとうなずいた。そのままずっとうつむいている。しんとした無音の時間が流れ、私たちに重苦しい雰囲気が包み込む。いきなり過ぎるかもしれないけど話を切り出すか。
「さっきも言ったけど今日は少しお話があって来たの。学校のことでなんだけど。」
黙り込んでいた大安寺さんの顔がピクッと動いた気がした。
「大安寺さん、学校で困っていることない?」
「・・・・・どうしてですか?」
大安寺さんが重たそうな口を開いた。
「いや、藤島さんと水谷さんから聞いたんだけど最近よく学校を休んでいるって聞いて、何かあったのかなと思って。」
「学校を休んでいるのはただの体調不良です。だから何にもないです。」
「本当にただの体調不良?」
「はい、体調不良です。」
「本当に?他に何か理由があって学校を休んでるってことはない?」
「何にもありません。」
「本当に?私たちは大安寺さんの味方だよ?」
「しつこいです。何にもないって言ってるじゃないですか。お母さんに言ってやっぱりもう帰ってもらうようにします。」
「いや、ちょっと待って。」
マズい。ここで帰ったら何も聞けず終いだ。何とか訊き出す、いや最低でも話は続かせるようにしないと。
「大安寺さん、実は私たち今日は大安寺さんのいじめについて聞きに来たの。」
唐突に藤島さんが喋り始めた。『いじめ』という言葉が出て来た時、明らかに大安寺さんの顔の表情が変わったのがわかった。
「大安寺さん、豊さんたちにいじめを受けてるよね。違う?」
「・・・・・受けてない。いじめなんてそんなのないから。早く帰って。」
「帰らない。大安寺さんが本当のことを言ってくれるまで帰らないから。」
「私は本当のこと言ってる。いじめなんて知らないし、受けてない。」
「じゃあ大安寺さんにとって豊さんたちって何?朝たまに下駄箱近くで話したりしてるの見るし。あと、前に中庭で豊さんたちと一緒にいたよね?あれは何だったの?」
「・・・・・豊さんたちは、その、友・・・達。一緒にいるのは、・・・・・話したり遊んだりしてるからで。」
「嘘。」
藤島さんが凄い剣幕で立ち上がった。水谷さんは驚いた表情をしている。そういう私もびっくりしているのだが。藤島さんは大安寺さんを見つめている、というよりはむしろ睨みつけているような感じがした。
「本当のことを言ってください。お願いします。」
深々と頭を下げた。それにも私たち2人は驚く。藤島さんどうしちゃったの?私は大人であり、教師であるにもかかわらずあたふたしてしまっていた。藤島さんは頭を下げながら喋り始めた。
「私たちクラスの皆が誰も豊たちを注意しなかったから、見て見ぬふりをしてしまったから大安寺さんを苦しめてしまって本当にごめんなさい。豊たちが大安寺さんをからかい始めた時に本当は止めるように言うべきでした。でもできませんでした。豊たちが怖かったから。何か注意したら何をされるかわからなかったから。でももうあの子たちから逃げるのは止めます。大安寺さんもそうだと思う。本当のことを言うと豊たちにまた何かされると思っているから本当のこと言えないんだよね?だとしても言ってほしい。私は大安寺さんを助けたいんです。豊たちから逃げて、何もしないで大安寺さんがこれ以上苦しむのを放っておくのは嫌なんです。私やみのり、先生たちが絶対に助けになります。お願いします。」
「お願いします。」
涙声の藤島さんに続いて水谷さんも頭を下げた。
「お、お願いします。」
私もすかさず頭を下げる。
しばらく頭を下げていると大安寺さんの声が聞こえてくる。
「わかりました。」
私は頭を上げた。そこには涙目なり、袖で涙を拭いている大安寺さんがいた。もしかしたらさっきの藤島さんの言葉が心に届いたのかもしれない。これで大安寺さんから真実を聞けるかもしれない、そういう思いで胸が高鳴り始めた。
藤島さんも袖で涙を拭き、座って話を始めた。
「ありがとう、大安寺さん。さっきの話に戻るけど、大安寺さんは豊たちからいじめを受けているんだよね?」
質問を投げかけて再度、しんとした沈黙の時間が生まれた。藤島さんも、水谷さんも、そして私も息をのむ。実際の時間にしたら大した時間は経っていないと思うが、その沈黙の時間が私にはとても長く感じ、息苦しい。そんな息苦しい空間を破ったのは大安寺さんの小さな声であった。
「うん、そうだよ。」
私は水中で息を我慢し続け、ようやく呼吸できるようになったような感覚を覚えた。大安寺さんは今間違いなく自分がいじめを受けていたことを肯定した。間違いない。大人であり、教師である私が証人だ。やはりいじめはあり、藤島さんと水谷さんが言っていたことは正しかったんだ。私は教師としてこの子を助ける必要がある。私は信念に駆られ始めた。
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