中野かなみ編

実行 小学生時代第16話(中野かなみ編1)

「さっきの話、先生に詳しく聞かせてくれる?」

 さっきまで一ノ宮先生と話していた児童2人に私は話かけていた。というのも彼女たち2人の話がとても気になったからだ。

 私は一ノ宮先生の2つ隣の席に座っている。彼女たち2人と一ノ宮先生が会話をしていた時、私と一ノ宮先生の席の先生がちょうどいなかったので彼女たちの声や表情を遮るものがなかったので彼女たちに耳を傾け、様子を伺うことができた。

 彼女たちを見るに嘘をついているようには見えなかったし、もっと詳しく話を聞いてみる必要があると思った。

 私は藤島さん、水谷さんの話をしっかりと聞いていた。話を聞きいていると彼女たちが勇気を振り絞って職員室まで来て先生に話にやって来たことを感じ取ることができた。何とかして彼女たちの力になってあげたい。

「―ということなんです。」

 藤島さんが全てを話し終えたようだ。話し終えた藤島さん、そして隣にいる水谷さん、2人とも顔が真剣だった。

「なるほど。確かに気になるわね。しっかりと調べる必要があるかも。」

「そうですよね。」

「一ノ宮先生は何て?」

「確かな証拠がないし、忙しいからとういことで相手にしてくれませんでした。」

「・・・・・そう。確かにこれといった証拠はないわね。何か言っても、何もしていなかったとはぐらかされちゃうかも。」

「でも先生から豊さんたちに話を訊いたりすることはできませんか。」

「うーん。藤島さんはこのいじめがどれくらい進んでいるかわかる?」

「どれくらい進んでいるっていうのはどういうことですか?」

「つまり、今のいじめが悪口やからかったりするレベルで終わっているのかそれとも豊さんたちが大安寺さんに暴力を振るったりするレベルにまでなってしまっているのか、わかる?」

「えーっと、その、暴力を振るうレベルにまでは行っていると思います。」

 一瞬藤島さんが戸惑っているように見えたけど気のせいかな。

「そう、もう重篤な状態にまでなってしまっているのね。中庭の人目につかないところに一緒にいたことがそれを裏付けているのかも。」

「じゅうとく?」

「ああ、重篤(じゅうとく)っていうのは非常に重いって意味ね。つまりかなりひどいいじめにまでなっているってこと。いじめっていうのはね、徐々にエスカレートしていくものなのよ。最初はからかったりちょっかいを出したりすることから始まって、悪口を言われたりするようになって、暴力に発展していくの。昔、豊さんたちが大安寺さんにからかったりするところを見たことはある?」

 少し考え込んだ後、ハッとした顔をして喋り始めた。

「6年生の最初の頃、豊さんが大安寺さんをからかったりしているところは見たことあります。休み時間にたまにしていました。」

「教室でしていたの?」

「はい。」

「誰か止めようとはしなかった?一ノ宮先生は?」

「・・・・・誰も止めようとはしませんでした。一ノ宮先生もです。もしかしたら一ノ宮先生は知らないかもしれないです。からかっていたのが休み時間の時で先生が教室にいなかった時でしたし。」

「なるほど。恐らくそれが今の大きないじめに繋がっているのね。比較的軽微、つまりからかうといった軽いいじめの時に注意していれば未然に防ぐことができたかもしれないわ。どうして止めようとしなかったの?」

「えーっとそれはからかっていたのが豊さんでしたし、その―」

 藤島さんの表情がどんどんと曇っていくことに気づいた。ちょっと詰め寄りすぎてしまっただろうか。すると隣にいた水谷さんが少し怒った感じで私に言った。

「先生。美佳にそんなに言ってくるの止めてください。私たちは先生に助けを求めに来たんです。先生のお説教を聞いたり、いじめの知識を聞きに来たんじゃないんです。」

 水谷さんは本当に歯に衣着せぬ物言いをする子だな。私のクラスの学級委員長だからよく会話するけど、本当に小学生?って言うくらいしっかりしてるし、ハキハキと喋るし、話も理路整然としている。たまに私も圧倒されちゃうくらいだし。

「ごめんなさいね。そんなつもりじゃなかったんだけど。藤島さんの話を聞くにいじめはかなり重たい状態まで進行している。そんな状態の中で私1人が豊さんたちに『いじめをしているのは本当?』とか『いじめは止めなさい』と言っても逆効果になる可能性が高いと思うの。豊さんたちが先生に密かにいじめをばらされたと思って大安寺さんをもっといじめてしまうことになってしまうかもしれない。」

「じゃあどうすれば良いんですか。」

「大安寺さんから直接証言してもらうの。『私は豊さんたちにいじめられています』っていうことを本人の口から言ってもらうの。そうすればクラスメイトの藤島さんのお話も信憑性は高くなるし、一ノ宮先生も納得する。他の先生方も動いてくれると思うわ。」

「そうですか。じゃあ、大安寺さんに会いに行きましょう。」

「えーっと、ただごめんなさい。今日は私は行くことができないの。この後会議があって。明日なら行くことができるわ。藤島さん、一緒に行きましょう。水谷さんも行ける?」

「はい、もちろんです。」

 私は藤島さん、水谷さんと明日一緒に大安寺さんの家に行くことを約束し、2人を職員室入り口まで見送った。職員室入り口で2人は私に「ありがとうございました」と言い、藤島さんが質問をしてきた。

「あの、先生って会議多いんですか?」

「うん?多いと言えば多いかな。どうして?」

「一ノ宮先生も会議だったので。」

「あー、なるほどね。私はそんなに多くないけど、一ノ宮先生はちょっと忙しいかも。藤島さんたち6年生は今年卒業でしょ。それの対応とか、あとは色んな委員会の取り纏めもやってるから。」

「そうなんですか。」

 私は藤島さん、水谷さんと別れた後、自分の席に戻った。

大安寺さんがすんなり証言してくれれば良いけど。一抹の不安がよぎる。藤島さんの話からすると大安寺さんは豊さんたちに非常に怯えている可能性が高い。慎重に訊き出す必要があるな。

 話に出てきたいじめ加害者である豊旭、美山麗子、和田幸香。私は6年生の児童名簿の3組の児童名欄にある彼女たちの名前を見ながら思いにふけていた。特に私たち教師の中でも豊旭はかなり有名な女の子だ。なにせ御両親が凄い方たちだ。そんな子をクラスの児童にもつ一ノ宮先生も大変だなと少し思ったりする。

 いやいや、そんなこと考えている場合じゃない。今日の仕事と明日のことに集中しないと。今は何時だ?マズい、もうこんな時間か。私は急いで会議が行われる場所へと向かうために職員室を出た。


 次の日、自分のクラスの帰りの会が終わり教卓前に立っていると水谷さんが駆け足で私のところまでやって来た。

「先生、早く美佳と一緒に大安寺さんのところへ行きましょう。今日美佳から聞いたんですけど、今日も大安寺さんは学校を休んでいるそうです。なので3人で大安寺さんの家に行きましょう。」

 目を見開て私を見つめてくる。早く早くと私を急かしていることがひしひしと伝わって来る。そんなに急がなくて良いのに。にしても大安寺さんは今日も学校を休んでいるのか。やはり心配だ。

「わかってるよ。3組に行って藤島さんを呼んでこようか。」

 私は水谷さんは藤島さんを迎えに行くために教室を出て3組の教室へ向かった。到着すると帰りの会を終えた一ノ宮先生が教室から出てきて鉢合わせる。

「あら、中野先生。どうしたんですか。」

「楓さ、・・・・・いえ一ノ宮先生。こんにちは。藤島さんいますか。」

「藤島さんですか。はい、いますよ。藤島さん。3組の中野先生と水谷さんが来てますよ。」

 「はい」という藤島さんの声が聞こえる。にしても危なかった。いつもの癖で一ノ宮先生を『楓さん』と児童の前で呼ぶところだった。

 私と一ノ宮先生は同じ大学のサークルの先輩後輩だ。一ノ宮先生が先輩で私が後輩。大学時代、私は一ノ宮先生を楓さんと呼び、仲良くしてくださった先輩の1人だ。普段学校外でも楓さんと呼んでいる。しかし今、ここは学校で、教師という立場。下の名前で呼ぶなんて児童たちに変に思われてしまう。自重しないと。

「中野先生。今日は藤島さんに何かご用ですか?」

「えっ、あ、はい。」

 さすがに3組の児童たちがまだたくさんいる中で大安寺さんのいじめについて言うのは憚られる。どうしよう。

「学級だよりで学級委員長の私のことを先生が取り上げるらしいんですけど、その時に親友の美佳の話を参考にしたいんですって。そうですよね、先生。」

「えっ、うん。そうそう。そうなんですよ。」

 水谷さん、ナイス返し。でもやっぱりこの子本当に小学生?起点利き過ぎでしょ。

「そうでしたか。」

 一ノ宮先生も納得したようで、笑顔で私の横を通り過ぎ、教室を出た。その時、私の耳元で私にしか聞こえない声でボソッと言った。

「頑張ってね、かなみちゃん。」

 あーーー、さっき言い間違えかけたことばれてる。恥ずかしい。私は徐々に顔が火照っていっているのがわかった。

「お待たせしました。先生どうしたんですか?」

 藤島さんが私の姿を見て疑問を投げかけてきた。こんな小さな女の子に察せられてしまうとは。ますます恥ずかしくなってきた。

「いや何でもないよ。早く行きましょう。」

 私は悟られないようにごまかし、私たち3人は大安寺さんの家に向かうために歩き始めた。

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