動く気持ち 小学生時代第14話(行動編2)

「おじゃましまーす。」

 みのりが靴を脱ぎ、自分の靴を揃えて私の家へ上がった。そのままリビングへ行くとりんが学校から帰ってきており、テレビを観ていた。りんがこちらを向いて「お姉ちゃん、おかえり」と言うと、「あっ」と言う。

「みのりお姉ちゃんだ。いらっしゃい。」

 りんが笑顔でテクテクっと私たちに向かってきた。

「おじゃまします。りんちゃん。」

「今日はどうしてみのりお姉ちゃんがいるの?」

「今日ね、美佳と一緒に家で遊ぼうと思って。」

「そうなんだ。」

 みのりとりんがお喋りをしている間、私は台所へ行き、冷蔵庫からお茶を取り出した。お盆にそのお茶とグラスを2個置きお盆を持つ。

「あれ?グラスは3つじゃないの?」

「何であんたの分まで用意しないといけないのよ。」

 デュナミが馬鹿みたいなことを訊いてきたので小声で言い返した。

「それにあんたが勝手に物を持ったら私以外の人から見るとその物が勝手に浮いてるように見えちゃうでしょうが。」

「美佳どうしたの?」

 みのりが私に訊いてくる。どうやらりんはもうテレビに夢中らしい。

「何でもないよ。私の部屋に行こう。」

 私はお茶とグラスを乗せたお盆を持ってみのりと一緒に2階にある私の部屋へと向かった。

 部屋に入り私はテーブルにお盆を置き、グラスにお茶を2杯分注ぐ。1個のグラスをみのりに渡した。

「ありがと。」

 みのりはグラスを口元に運んだ。私も同じようにお茶を飲む。お茶を飲んだら少しは落ち着くかなと思ったけど全然で、気分はやっぱり晴れないままだ。

「それでさっきの話の続きだけど・・・・・」

「あー、みのりって私の家に来るの久しぶりだよね。実はさ、お父さんに新しいゲーム買ってもらったんだよね。一緒にやらない?」

 私はみのりを遮るように話を始めた。実はまだ心の準備がてきていなかったりする。みのりの気を別の方向に向かせて心の準備ができるまで時間を稼ごうと思っていた。

「このゲームがね、もう面白くて。きっとみのりも好きになると思うよ。今準備するね。」

「美佳とぼけないで。ごまかそうとしても駄目よ。家で話してくれるって約束だったよね。お願い、話して。」

 あー、やっぱり無理か。正直に今打ち明けるしかないな。みのりの顔は真剣だった。

「お前って意外と抜けてるよな。こんな小手先のごまかしで上手くいくと思ったの?だとしたら笑っちゃうぜ。」

 デュナミは笑っている。1番馬鹿にされたくない奴に馬鹿にされた。くそーむかつく。

「大安寺さんの話してくれるんだよね?」

 みのりはじっと私の目だけを見続けている。私は重い唇をゆっくりと開いた。

「・・・・・私のクラスの大安寺さんだけど、えーっと、その・・・・・」

「あーもう歯切れが悪いな。スパッと言っちゃってよ、スパッと。」

 みのりが苛立ち始めている。私は心に決めた。

「大安寺さんね、いじめられているの。」

 みのりは目を見開いて驚いている表情を見せた。そりゃクラスの子がいじめられていると言われたら誰だって驚くだろうな。最初は驚いた表情をしていたが、みのり表情は徐々に落ち着きを取り戻していった。

「それって本当?」

「うん、多分だけど。」

「多分?絶対じゃなくて?」

「私はしっかりといじめられてるところは見たことはないから。でも雰囲気とかでわかるんだよ。」

「どうしていじめを見てないのにいじめがあるって思うの?」

「大安寺さんがある子たちと朝下駄箱近くの廊下で一緒にいるのをよく見るの。その時大安寺さんはある子たちに怯えているようだったし。それに昼休みの時なんだけど、ある子たちと大安寺さんがよく時間差で教室に入ってくるのよ。大安寺さんが教室に入ってからちょっとしてある子たちが教室に入ってきたり、ある子たちが教室に入ってからちょっとして大安寺さんが教室に入ってきたりするの。これが頻繁にあるのよ。」

「なるほど、確かにそれはちょっと気になるね。」

「うん。大安寺さんの感じからしてその子たちとつるむことはありえないと思う。だから変だなっと思って。」

「ふーん。」

 その場に沈黙が続く。この空気がとても重たい。みのりは今何を考えているのだろう?私にしか見えないデュナミも同じ部屋にいるが珍しく茶々を入れず、壁に寄りかかって座っている。そして、この沈黙を破ったのはみのりだった。

「さっき美佳さ、『私はしっかりといじめられてるところは見たことはない』って言ってたけど、これってどういう意味?しっかりとしたいじめの現場は見たことないけど、それっぽいところは見たことあるってこと?」

 嘘。みのり鋭すぎるでしょ。私はグラスを手に取りお茶を飲む。さっきより飲むスピードが明らかに速くなっていた。

「そうなんだね。」

 みのりがボソッと言う。

「えっ。いや私まだ何も言ってないけど。」

「お茶飲むスピードが速くなったから図星突かれたのかなって思って。」

 この子名探偵過ぎる。みのりには隠し事はできなさそう。

「お前わかりやすいなー。今のは俺でもわかったぞ。お茶飲むスピード急に速くなっちゃって。滑稽だったなー。」

 デュナミも口を開く。お前は黙ってろ。

「うん、みのりの言う通りでそれっぽいところは見たことある。それは―」

 私はいつの日か見た中庭での出来事をみのりに話した。大安寺があの子たち3人に囲まれて怯えていたこと、あの子たちの1人に遊んでいただけとはぐらかされたこと、覚えている限りのことを話した。

 本当はデュナミが見た大安寺のいじめについても話をしたかった。でもそれは私が直接見た訳じゃ無い。あくまでもデュナミから聞いた話だ。悪魔から聞きましたなんて言えるはずもない。このことは黙っておくことにした。悪魔とはいえ証人がいるのに話ができないのはもどかしい。

「なるほどね。」

 話を聞きながらみのりはお茶を飲み干し、グラスを机の上に置いた。私もグラスに少し残っているお茶を飲み干す。

「私は今の話も含めて先生にちゃんと言うべきだと思う。何か変わるかもしれないよ。」

「うん。そうしたい気持ちはあるんだけど。」

「あるんだけど?」

「相手が悪いの。」

「相手?大安寺さんをいじめてる子ってこと?」

 私は黙ってうなずく。名前を言ってしまおうか。でもこれ以上みのりを巻き込みたくないし。

「言って。」

 みのりが切れ味の良さそうなスパッとした声で言った。

「ここまで来て教えないはなしよ。言って。」

「えーっと、・・・・・美山麗子、和田幸香、それと豊旭。」

 私が豊の名前を出した時、みのりの表情が少し変わったような気がした。さすがのみのりも豊の名前を聞いたらヤバいってなるのかな。

「知ってるよね、豊旭って子。」

「うん知ってるよ。あの豊旭でしょ。父親も母親も有名人の。その子自身の話もよく聞くよ。いつも上から目線で、態度も横柄で、それに性格は超きついから皆から怖がられてるんでしょ。」

「そう、その豊旭。」

「確かに相手が悪いかも。でもだからって何もしないのは良くないと思う。直接言って駄目だからこそ先生にしっかりと言うべきだよ。」

「う、うん。でも先生に言ったことがばれたら豊に何されるか。」

「大丈夫、私も一緒について行ってあげるから。2人なら問題ないでしょ。それに美佳に何かあっても友達の私が守ってあげるから。豊なんて全然怖くないよ。」

「やだ、イケメン。好きになっちゃいそう。」

 と言ったのは私ではなく黒フードの方だ。何勝手に惚れてんだこいつは。そう思いながら私はジド目でデュナミを見つめていたが、ハッとしてみのりに言った。

「北堀さんには何て言おう。」

 今日みのりが家にやって来てこんな話をし始めた発端は何を隠そう北堀さんだ。北堀さんの耳には入れておいた方が良いと思うけど、どうだろう。

「北堀さんにはもう少し経ってから言った方が良いかも。先生が何とかしてくれるってわかってからの方が北堀さんも安心すると思うし。」

 みのりはそう言った。確かにそうかもしれない。下手に何でもかんでも話すともっと北堀さんを心配させてしまうだけかも。いじめの犯人が悪い意味で有名人の豊ならなおさらだ。先生の助けが確定してから話すことは正しいことだろう。

「それじゃ明日早速、一ノ宮先生にこのことを言おう。放課後に一緒に職員室ね。」

 明日か、今日は緊張して眠れそうにないかも。

 しばらく喋った後、再度明日の約束をして、私はみのりを玄関まで見送った。笑顔で「バイバイ」と言い、手を振る。玄関扉が閉まった後、私の握りこぶしに力が入っているのがはっきりとわかった。

「なかなか肝の据わった奴だな。」

「うん。凄い子だと思う。私の自慢の友達だし。」

 普通に会話しちゃってる。りんには、・・・・・聞かれてないようだ。良かった。でもこいつと初めて意見が合ったかも。

「にしてもお前の今日の滑稽っぷりと言ったらとんでもなかったな。すぐ顔の表情に出るし、仕草にも出るし。ごまかし方も雑。キングオブ雑だよ、あれは。あんなのでごまかせる訳ないじゃん。結構ポンコツなんだな、お前って。あとさ、何で俺の存在をあの肝っ玉イケメン少女に言わなかったんだよ。実は私には強い味方がいますって言えば良かったのに。いざとなったら豊を殺れますってさ。」

「そんなこと言っても信じてもらえないわよ。馬鹿じゃないの。しかも今日の私の粗を見つけてはグチグチ言って。もう知らないから。」

 やっぱりこいつとは馬が合いそうにない。私はあふれてくる怒りを抑えながらリビングへと向かって行った。

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