もう抜け出せない 小学生時代第12話(美山麗子編3)
家に帰り、スーパーで買った夜ご飯を食べた私は部屋で椅子に座りながらスマホでゲームをしていた。明日も同じことを繰り返すのかと思うと憂鬱だ。そんな憂鬱さを忘れるように私はゲームに没頭していた。
ゲームをしていると突然ゲームの演出とは関係なく振動した。どうやら誰かからメッセージを受信したようだ。誰だろう。ゲームアプリを落としてメッセいーじを見てみると差出人は真里菜からのようだ。
『今、部屋にいるんでしょ?ちょっとお話しない?(‘ω’)』
絶対今日のことだ。正直あまり話したくないし、話すこともない。とりあえず返事だけはしておこう。
『何で?』
『今日のことで話があるの。窓を開けて出てきてくれない?』
やっぱり今日のことか。今日の大安寺の惨状を見て真里菜と話す気分になれない。
『嫌』
ちょっと素っ気なかったかな。でもこれくらいしないと真里菜は引き下がってくれないし。良心はちょっと痛むけど、仕方がない。
『お願い。君だけが頼りなんだ。私はいじめを止めたいの。力を貸して。ちょっとだけでも良いの。話をさせて。』
真里菜からまたメッセージが来た。全然引き下がらないな、こいつ。いじめを止めたいという気持ちは本物なんだろう。今日のはひどい体たらくだったけど。でもいじめを止めるために真里菜とこれから協力するのは良いかも。私はいじめ加害グループにいていじめ主犯格の旭の傍にいるから少なからずいじめの情報や証拠を入手できる。それを真里菜に教えていじめを止めるための材料にしてもらおう。私と真里菜の関係性は多分旭も知らないと思うし。我ながらナイスアイデアだ。
そんなアイデアのひらめきと同時に旭のある言葉が頭をよぎった。
『にしてもむかつくな、あいつら。せっかく良いところを邪魔しやがって。次邪魔してきたらただじゃおかねぇからな。』
今日体育館裏で旭が口走った言葉だ。真里菜と協力するのは良い考えかもしれない。だけどそうすると真里菜に危険が及ぶんじゃないのか。いじめを止めようと行動する真里菜の姿が旭の目に留まって、次は真里菜に危害を加えるんじゃないのか。それは絶対に駄目だ。
そんなことを考えながら私はスマホの画面をじっと見つめる。もう私じゃどうすることもできないところまで来ちゃったのかな。何とも言えない気持ちがあふれてきた。
そんな私ができることは何だろう?それはきっと真里菜を危険から離すことだと私は考えた。そうだ、そうに違いない。真里菜に危険が及ばないようにしないと。そのために真里菜にはっきりと言おう。嫌われても構わない。もう旭と関わろうなんて馬鹿な真似はしないようにきつく言うことが私にできることなんだ。
『いいよ』
私はメッセージを送って、真里菜と話をすることにした。
私は、真里菜のせいで大安寺が必要以上に苦しめられたこと、何もせずただじっとしていれば良いということ、真里菜では何もできない・変えられないということを真里菜に向かって言った。こんなことを言うのは本当に辛かった。だんだんと落ち込んでいく真里菜を見るのも辛かった。何もできないのは私の方なのに、偉そうなこと言える人間じゃないのはわかっている。でもこうするしかない。こうでもしないと真里菜は引き下がってくれない。そう思ったんだ。
私はひとしきり喋った後、一方的に話を打ち切り、カーテンを閉じ窓を閉めた。最後にもう一押し。このメッセージを送って完了だ。
『もう私や旭に関わらないで。』
私はいつの間にか涙を流していた。罪悪感が私を襲う。でもこれで良いんだ、これが正しいんだと自分に言い聞かせた。そうしないと大声で泣いてしまいそうだったから。
「真里菜、ごめんね。」
そうつぶやいて、私は部屋の電気を消し、早々にベッドで眠りについた。
次の日、学校に着き、上履きに履き替えて廊下に出ると既に旭と真里菜がそこにいた。私を待っていたのだろうか。
「よう、麗子。」
「うん、おはよう、旭。それに幸香も。今日は早いのね。」
「まあね。」
旭はずっと下駄箱のところから出てくる子たちを見ている。ある女の子が出てきて私たちと目が合った。大安寺だ。見た感じ顔には目立った傷は残っていないようだ。良かった。・・・・・いやいや良くない、良くない。何を考えているんだ私は。
旭は大安寺に人差し指でこっちへ来いと合図を送っている。大安寺はそれに気づき警戒した様子でそろりそろりと私たちのところへ向かってきた。大安寺がやって来ると旭は笑顔で話しかけた。
「おはよう、彩芽ちゃん。何で怯えてんのさ。そんな怯えなくても良いじゃん。私たち友達でしょ?」
大安寺は黙っている。いや、怯えない方が無理があるでしょ。昨日、あんなことしたんだから。しかも友達って。よくそんな言葉口にできるな。
「あっそうだ。今日は放課後に3階と屋上を繋ぐ階段の踊り場に来てね。友達との約束だよ。麗子と幸香もね。」
旭は大安寺をおいて歩きだした。私と幸香も後を追う。大安寺は私たちが少し歩いてから私たちを追うように歩き始めた。
やっぱり今日もやるのか。今日も気が重くなりそうだ。そんなことを思いながら教室へ足を踏み入れた。
長かった学校も終わり放課後となった。今日は3階と屋上の間の踊り場だったな。席を立った時、旭がやって来た。
「麗子。一緒に行こう。」
「・・・・・うん。わかった。」
私と旭が話をしていると幸香もニコニコしながらやって来た。
「2人ももう行くの?一緒に行く。」
「ああ、そうだね。」
低いトーンで旭が言い、私たちはランドセルを背負って教室を後にした。
踊場へ向かっている途中、旭と幸香は話をしているようだったが私は黙って考えていた。今日は何をするんだろう、あまりひどいことじゃないと良いなとかそんなことをだ。にしても旭は毎日よく飽きないな。そんなに楽しいのかな。
「ねぇ、麗子。」
「えっ、何?」
急に旭に話しかけられたからちょっと裏声になってしまった。
「そんなびっくりすることないじゃん。今日さ、軽めにしてあげようと思うんだよね。」
「そうなんだ。」
「さすがに昨日はやりすぎちゃったと思うんだよね。だから今日は休憩日って感じ?アメとムチを使い分けないとね。」
これまでにアメ要素がどこにあったんだよ。本当に今日は軽めなのかな。だとしたらちょっとは、本当にちょっとは安心かも。私はそんなことを思いながら歩いていた。
今日の旭の舞台である踊り場は3階と屋上の間のところにあるため滅多に人が来ない場所だ。放課後となったらなおさらだ。屋上と踊り場を繋ぐ階段のところで待っていると階段を登ってくる音が聞こえる。踊り場に現れたのは大安寺だ。
「やあ、彩芽ちゃん。」
旭が1段1段階段を降りてゆっくりと大安寺に向かっていく。大安寺はじっと黙ってその場に立っている。
「今日も来てくれたんだね。ありがと。昨日は悪かったね。ひどいことしちゃってさ。でも彩芽ちゃんも悪いのよ。邪魔な奴ら呼んじゃうから。」
大安寺は黙っている。ごめん大安寺。心の中でつぶやいた。
「だからさ。謝って。謝ったら今日はこれで解散。明日からも楽しくやっていこう?」
不気味な笑顔だ。楽しいのは旭だけだろ。
すると小さな声が私の耳に入ってきた。大安寺の声だ。
「嫌。」
「ん?何て?」
旭がすぐに訊き返す。
「嫌って言ったの。私呼んでないもん。だから謝らない。」
「はぁ?」
ヤバい。旭が激怒寸前だ。ていうかもうキレてる。
旭は大安寺の髪を掴み荒々しく言葉を発した。
「てめぇ、調子に乗りやがって。いい加減にしろよ。」
旭は大安寺を倒し、体を蹴り始める。今日は軽めにするんじゃなかったの?私は恐怖を感じた。
「あは。もっとやっちゃえ。調子乗りをけちょんけちょんにしちゃえ。」
幸香が煽る。そんなこと言わないで。もっとひどいことになるから。
「素直に謝れば良かったのに。本当に馬鹿な奴だ。馬鹿でどうしようもないお前に、こんな凄い私が毎日のように構ってあげてるのにふざけやがって。」
ゴミ、カスというような悪口を言い続けながら旭の暴力が、そして幸香の笑いと煽りが続く。私は無理矢理笑いを出しながら早く終わってと祈るしかなかった。
そんな時、階段を登る音が聞こえてくる。誰?振り返るとそこには2人の女の子がいた。
確か名前は今泉と古木だったかな。同じクラスの子だ。いやいやそんなこと考えている場合じゃない。いじめ現場を見られた。ヤバい。
旭も気づき、大安寺を蹴るのを止め、すぐさま今泉と古川の元へ近づいた。2人は怯えている。
「おい。何でここにいる?」
2人はすっかり怯えてしまって黙り込んでいる。すると旭は壁に拳をたたきつけて2人を威嚇した。
「あのさぁ。黙ってたら何もわかんないだろ。何とか言えよ。」
「いや、・・・・・あの。忘れ物を取りにきて。帰ろうとしたら、音が聞こえて。何かなと思ったから。」
今にも泣きそうな今泉が怯えながら答えている。古川は既に泣いてしまっていた。
「お前ら2人さ。これ誰かに言ったらどうなるかわかってるよな。私のお父さんの力でお前たちなんてどうとでもなるんだぞ。わかってるよな?」
「わかる。わかってます。」
とうとう今泉も泣いてしまった。旭は舌打ちをして話を続ける。
「ここで見たことは誰にも言わない。そうすればお前たちには何もしない。約束だぞ。わかったな。」
2人は泣きながら首を縦に振っている。「言いません、約束します。」今泉が泣きながら旭に言う。
「言ったな。約束するってお前が言ったんだからな。それで約束破ったら人間として最悪だぞ。わかるよな?」
人をいじめているお前がよく言うよ。本当に旭は怖い。このやり取りを見てやっぱり思う。
「じゃあ行って良いぞ。あとお前ら2人、ちゃんと泣き止んでから下校しろよ。泣いているところを先生に見られたら、『どうしたの?』とか訊かれるからな。お前らもできる限りこのことを誰にも訊かれたくないだろ?約束破りたくないもんな?」
「はい、はい」と言いながらうなずいている。泣いていた2人は手で涙を拭い、足早でこの場から立ち去って行った。
旭がこちらを向き口を開く。
「何てことないね。はぁー、今日はもう飽きちゃった。私たちもう帰るね。じゃあね彩芽ちゃん、また明日。行くよ、2人とも。」
私と幸香は旭に従ってついて行く。大安寺は相変わらず黙って下を向いていた。
私はただ黙って歩き続ける。旭はこれからもずっとこんなことを続けていくつもりなのか。私たちも来年は中学生。中学でも同じことを?私はこれからも旭と一緒にこんなことを続けないといけないの?それは嫌。言うなら今しかないかも。いじめをやり続ける限り今日や昨日の真里菜たちのように誰かに見られる危険がある。それを旭にちゃんと言えば、たとえあの旭でもいじめのやる気をなくしてくれるかもしれない。確かに旭は頭が良いからあの手この手で言い返してくるけど、いつか絶対に言い返すこともできない状況になってしまう可能性だってある。旭もそんな危険なことをしてまでいじめを続けたくないよね。もう今日の今しかない。勇気を出すんだ私。
「ねぇ、旭。これからも大安寺のいじめって続けるの?」
「何?麗子、急に。それにあれはいじめじゃなくて大安寺と遊んであげてるだけだから。ね?幸香。」
「・・・・・うん。そうそう。」
いやいや、どう見てもいじめだよ。何言ってるの。
「でも、たとえそうだとしてもね、見る人によってはいじめに見えちゃうかも。今日や、昨日のようにさ、誰かに見られて誤解されちゃマズいじゃない。だから、その・・・・・殴ったりするのは止めた方が良いんじゃないかなって。」
「何?私に文句でもあるの。」
あからさまに旭の表情が変わる。ここでブチギレられたらお終いだ。
「いや、そうじゃなくて。誰かにチクられて旭の立場が悪くなるんじゃないかなと思ってさ。私は心配してるのよ。」
「麗子は心配性ね。でも大丈夫、私は特別だから。それにさっきも言ったけど私にはお父さんがついてるから。」
特別だからとかお父さんがついているとか、それって答えになってないよ。それにしても怖い笑顔だ。私は旭の表情を見て思う。
「いや、でも・・・・・」
「何?私が信じられないの?麗子と私は友達だよね。友達の言ってることが信じられないって言うの?どうなの?ねぇ?」
「そんなことないよ。信じてるよ。うん、信じてる。ごめんね、変なこと言っちゃって。」
「・・・・・わかれば良いのよ。信じてくれてありがとう。確かに麗子の言う通り心配しちゃうのはわかるわ。でも私がいる限り大丈夫よ。私は特別だから。幸香も私のこと信じてくれるよね?」
「えっ、・・・・・もちろん。友達だもん。」
急に振られたからか幸香が戸惑っている感じが伝わってきた。旭がニヤッと笑う。
「じゃあ、私も2人のことを信じるわ。私とずっと一緒にいてくれることを。友達だもんね。私、信じてるから。」
この時私は背筋が一気に凍りつくのを感じた。それと同時にもうここから抜け出せないことがわかってしまった。幸香はどう思っているのだろう。横を見ると幸香は笑顔だった。この笑顔が本物なのか偽物なのか私にはわからなかった。
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